第6話 希望

目を合わさず

会話もしない

そんな日々が続いた

私は、最初から幸せになる事を拒絶していたのだと思う

愛されたいと願いながら

愛されていた事実に目をつぶり

愛されないと嘆き悲しみ

自ら悲劇のヒロインを選択した

長年一緒にいてくれた真一は

愛の言葉は言ってはくれなかったけれど

ちゃんと私を隣に置いて

私が望めば妻にだってしてくれたかもしれない

いつか、私の存在が本命の想い人以上になる日を望んでいたのかも知れない

そんな事を考えた

もう、過去には戻れないけれど

大切なのはこれからだ

これから、私はどうしたい?


私が望んでいたのは

"愛"だった

愛されたいとずっと願っていたけれど

本当は心から誰かを愛したい

でも、もう35歳だ

私にそのチャンスはあるだろうか?

不安と恐怖がおそう

でも、今のままは嫌だ

こんな自分は嫌だ

前を向きたい

前へ進みたい


真一とは、別れる覚悟を決めた

「いままでありがとう、元気で」

「…心春も」

長年一緒に居てくれた感謝を伝えて

家を出ることにした

真一は、すんなり納得してくれた

お互い、幸せになろうね


なぜだろう

こんな思い切ったことが出来たのは

新しい棲家で再スタートだ

不安とか絶望感よりも

理由はわからないけれど

ワクワクしていた

窓を開ける

空気を入れ替える

新しい風を入れる

母の放った呪いの言葉を解き放つ事にした

深呼吸する

「お前はブサイクだから、誰からも愛されない」

は、もう終わり

「私は、人を愛したいし、愛されたい」

残りの人生を悔いの無いように生きて行きたい

引越しはほぼ完了して、小さな食器棚をほんの少し移動しようとした時だった

思ったより重くて、バランスを崩し、腕を少し擦りむいてしまった

大したことは無かったので、それからすっかり忘れていた

ある日の事、会議室でプレゼン用の資料を準備していたら、藤田君がやって来た

藤田くん用の資料を本人に手渡ししたその直後、手首を強めに掴まれた

突然の事で、ビックリしてしまった

藤田君は先日怪我した傷口を見て、驚いた様子で

「何?これ?」

答えようとした直後、岸崎さんと社長が来たので、慌てて手を離し、飛び散った資料を拾った

うっかり自分でやった怪我だったんだけれど、すぐにそう言え無かった事

藤田君の反応に戸惑ってしまった

掴まれた手首が熱くて

ドキドキした


ある日、藤田君は体調不良でお休みした

心配で心配でたまらなかった

自分の中で藤田君の存在が大きくなっている事、確信してしまった

年甲斐も無く…

そんな思いをかき消した

例え、叶わなくてもドキドキしたり、ワクワクしたり、こんな気持ちになれる人に

出逢えた事って、素敵なことじゃないかな

この地球で

この世界で

この日本で

そんな感情を抱ける自分に気がついた

誰かを想い、一喜一憂する自分がいる

生きてるって、実感した

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