第3話 葛藤
次の日から茅野さんとは、余り関わらないようにすると決めた
何の能力も無くて根暗で劣等感の塊のような俺とはもともと生きてる次元が違う
茅野さんは華やかで生き生きしててキラキラしてる
別世界の住人だ
そう自分に言い聞かせた
同僚の岸崎(先輩)が突然こんな事を言い出した
岸崎は、一年上の先輩で社内で俺がもっとも親しくさせてもらっている人だ
テレワークが主で、週に二〜三日位は出社してくる
「茅野さん、いいよなぁ」
つい聞き耳をたててしまう
「元気な笑顔ででもなんかミステリアスで、色気もあってさ」
むむっ
「でも、彼氏いるってさ」
…………
……そりゃいるでしょうよ
美しくて聡明で笑顔が可愛いくて
他の男がほっとくわけ無いでしょ
家に帰ると容姿端麗で
優しくて頼もしい歳上とかの彼氏がいて
おかえりのハグなんかして
イチャイチャしながら一緒に夕食作って
イチャイチャで甘々な夜を過ごすんでしょうよ
彼氏は無条件であの笑顔を毎日見れるのか
他の誰も知らない、彼女の表情を唯一見れる存在か
………
彼女は、大切にされて、何不自由なく暮らして幸せに生きているでしょう
自分に言い聞かせる
その一方で胸に何かがチクリと刺さった
朝に会社に着くと
本日の一番乗りは、茅野さんだった
窓は全開になっていて
「あ、おはようございます、今閉めますね」
一番の笑顔
換気していたようだ
窓を閉め終わると
オフィスにある観葉植物の世話をせっせと行い始めた
俺は普段気に掛けた事は無い
あったっけ、こんなのって感じだ
空気が入れ替わって、気分も爽快になった気がした
茅野さんからは、いつもほのかに花の香りがする
特別な会話する訳では無い
同じ空間にただ居て
その存在を認識している
ただ、それだけなのだけど
気がつくと
朝の数分間の二人きりの時間が俺にとって特別な時間になった
ある日、朝からだるくて少々頭痛がしていた
その微妙な変化に茅野さんは気づいて声を掛けてくれた
「藤田さん、大丈夫ですか?」
俺はさらっと大丈夫と返答する
その後、そっとスポーツドリンクの差し入れをくれた
そんな気づかいが嬉しかった
心がほんのりと暖かくなった
そんな日々が続いたある日
オフィスに向かうと鍵は既に空いていて
人が居たような気配はするのに
誰の姿も見えなかった
いつもみたいに換気されていないし
社長が先なら、バタバタと騒がしい物音がするはずだ
疑問に思いながら、自席に荷物を置いてサラッと社内を見渡すと
給湯室で物音がしたので様子を見に行ってみた
そっと給湯室を覗き込むと茅野さんがいた
ヤカンを火に掛けながら、泣いているように見えた
俺は声も掛けられず、ただ呆然と見ていた
やがて、俺に気づくと
ハッとしたように
「あ、おはようございます、コーヒーですね?今入れますから」
笑顔を取り繕ってはいたけど
確実に泣いていた
彼氏と喧嘩でもしたのかな?
その日から、また彼女の存在が俺の頭を占めて行った
あの日以来、泣いている様子は見えなかったが、あれから彼女の笑顔がどことなく無理しているようにも見えて、何か抱えているんじゃないかと妄想して、何かの力になれないか、なんて思っている自分もいて
思考回路がショート寸前だった
プレゼン会議のため、会議室へ向かった
茅野さんがひと足先に資料準備をしていた
「藤田さん、早いですね」
「これ、今日の資料です」
茅野さんから、会議の資料を手渡されたその時、彼女の左腕に傷を見つける
まだ、新しい傷だった
思わず、彼女の左手を掴んでしまった
「なに、これ?」
飛び散る資料
驚き、慌てる彼女の表情
やってしまった
その後、他のスタッフが、会議室へ入って来た
慌てて資料を広い、平然を装った
彼女の事が気になって仕方ない
もう俺は限界に近かった
深い深い深呼吸をする
頭を冷やせ
冷静になれ
自分が今すべき事は何だ?
自分のしたい事は何だ?
この感情は何だ?
焦り?
使命感?
まるでとても長い間
この瞬間を待っていたような?
とても不思議な感覚に陥っていた
遠い遠い昔の
誰かの
懐かしい声が聞こえた気がしたんだ
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