第2話 迷い

次の日から一番乗り争いに

茅野さんも参戦するようになった

俺も彼女もエレベーターを使わないので、階段でたまに一緒になった

特に会話は無く、挨拶程度だった

無表情な俺にいつも笑顔で対応してくれた

彼女の仕事は主に雑務

在庫管理、書類整理やコピーなどが多かった

それでもどんな仕事も真面目で一生懸命に取り組んでいた

重い荷物を持つ場面も見られたが、心配ご無用と言わんばかりに軽々と運んでいた

時々失敗して落ち込んだり

間違えてあたふたしたり

同僚に声をかけられては愛想良く笑ったり

いつでもどんな時も笑顔の印象だった

目が離せなくなっていた

気がつくと彼女を目で追っている自分がいた

ふとした瞬間、目が合うとまるで体を電流が入った矢で射抜かれたような不思議な感覚に陥った

直接やり取りする事はあまりなくて

まともな会話すらせず数ヶ月が過ぎた

いや、小さな職場だ会話する機会はいくらでもあったはずだった

だけど彼女に話しかけるには何故か凄く勇気がいった

心拍数が上がって、うまく声にならなかった

女の人に免疫がないわけじゃない

それなりに経験だってある

他の人なら気軽に話せるのに

それほどに神聖な女性だったんだ

年齢は?

生まれた場所は?

趣味は?

好きな食べ物は?

家族は?

彼氏は?

いろいろな事が気になってしまっていた

普段他人にはあまり関心が無いのに何故か彼女の事は、知りたかった

その度に梨花の事を思い出しては、自分に言い聞かせる日々が続いた

俺には梨花がいるじゃないか

しっかりしろ


梨花との出会いは、小学校の頃

ボーイッシュだった梨花とは男友達同様

サッカーや野球をしたり、くだらない話で盛り上がったり、運動能力も頭の出来も同じくらいだったので、テストの点や、体力テストの記録で競ったり、、、

時にはお互いの家庭環境の相談したり

ずっと親友のような関係だった

突然だった

高校の卒業式に梨花から告白された

嬉しかった

高校を卒業しても、このまま親友で居られると思っていたし梨花とは疎遠にはなりたく無かった

それから、月に一回〜二回会う関係が続いていた


久しぶりに梨花に会おう

約束を取り付けて

連休に実家に帰る事にした


電車で一時間程の場所にあった

久々に実家の玄関の前に立ち

インターフォンを押す

出て来たのは四つ歳上の兄貴だった

「よう、久しぶりだな、元気だったか?」

次に母が現れた

「連絡もしないで、突然来るんだから」

迷惑だったかな?

でも、一応息子だし

「…用事があってこっち来たからちょっと寄った」

「親父に挨拶してもいい?」

返事を待たずにさっさと家に入った

一目散に仏間に入り、仏壇に手を合わせた

そこには、厳格な表情の父が俺を見据えて居た

写真撮る時くらいは、笑えばいいのに

俺の家は、両親共に厳しくて四つ年上の兄は優秀で、俺がいくら頑張っても認めては貰えなかった

運動も勉強も兄には勝てなかった

母も父も口癖のように

「お兄ちゃんはもっと良く出来た」

と、言った

いつの間にか、努力するのを辞めてしまった

父は、俺が専門学校入学したちての頃に他界してしまい、奨学金制度の活用とアルバイトの日々で何とか卒業する事ができた

母は、長きに渡り専業主婦だったため、金銭的な援助は期待出来なかった

兄はそれほど苦労せず、大学まで卒業させてもらったように思う

当時は特に兄貴ばかり…

という思いばかり抱いていた

俺は劣等感の塊だった

今だに引きずっている

小さい男だよ、俺は


長居はせずに梨花との待ち合わせ場所に向かった

母は、

「もう行くの?」と、声を掛けたが

「また、今度…」

と、言って立ち去った

実家は既に居心地の良い場所では無くなっていた


梨花は約束の十分前には到着していた

後ろから声をかけた

「久しぶり」

振り返り、笑顔になる

「元気だった?」

数ヶ月会っていない間に髪が肩まで伸びていた、髪色も少し明るくなっていた

ずっとショートカットのイメージだった梨花が女らしくなっている事に内心驚いた

ファミレスに入り、昼食を取りながらお互いの近況を報告し合う

梨花は、高校卒業後から福祉の仕事についていた 最近になって、資格もとったらしい

いずれはもっと上の資格も目指すと嬉しそうに話す

おばあちゃん子だった梨花は心から楽しんで仕事をしている様子だった

その様子に安堵する

店を出た後、ぶらぶらと散歩した

懐かしい同級生の話やテレビの話題

会話は尽きる事は無かった

主に話すのは梨花で、俺は聞き役だったけど楽しい時間だった

いつの間にか薄暗くなり、電車の時間もあったのでそろそろ解散という流れになった

梨花が俺のジャケットの裾を掴み

上目遣いで

「もう、帰るの?」

その姿は可愛かった

数ヶ月ぶりの再会

次に会えるのはいつだろう

電車を遅らす

もしくは明日の始発で帰る覚悟をした


気兼ね無く何でも話せる存在

やはり梨花は俺にとって、大切な存在だと再度認識した

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