彼女の推し活

虫十無

1

『今日は推しの誕生日』

 その言葉とともにケーキの写真がSNSにアップされる。映り込むのは彼女が描いた推しの絵一つ。それになんとなく違和感を覚えながらも原因はわからない。

 彼女とは数年前のジャンルで知り合った。SNSで繋がって、当時は何度もコラボカフェとかそのジャンルの展覧会とかに一緒に行った。メインジャンルは二人とも変わってしまったけれど、SNSでは繋がったままでいる。彼女が私のことをどれくらい覚えているかはわからないけれど、SNSで繋がってリアルで会った人が少ない私からするとなんとなく見てしまう人の一人だ。

 彼女が一年くらい前からはまっているのが今日彼女の推しの誕生日らしいそのジャンルだ。けれど私はそのジャンルの名前を知らない。もしかしたら私の見ていないときに名前を出しているのかもしれないけれど、私は見たことがない。彼女がそのジャンルについて誰かと話しているのも見たことがない。ただSNSに二次創作を描いたり書いたり今日みたいに記念の日にケーキの写真を上げたりといった推し括をしているということしか知らない。


 彼女と会ってみようか。そもそも私のことを覚えているかわからないけれど。彼女は友人の多いタイプだったから。

 けれど覚えていてくれたなら、近況報告として彼女の今のジャンルのことを聞こう。そうすればこの違和感の原因もわかるかもしれない。


 ああ、そうか。唐突に気づく。彼女が私と同じジャンルにいたとき、彼女は無理のない範囲で、それでいてできるだけ多くのお金を公式につぎ込むタイプだった。グッズの実物を見ると理性がはたらかないから事前に使える金額を現金で用意するような、そんなタイプだった。そしてそうやって集めたグッズは一つ二つを写真に写りこませるような、そんなSNSの使い方をしていた。

 それなのに今のジャンルでは公式へのお金が見えない。見せないようにしているのかもしれない。何か変わるようなことがあったのかもしれない。けれどそれにしてはテンションが変わらないように思う。

 それについても何かわかるだろうか。


「久しぶり」

「久しぶり、元気だった?」

「うん、SNSで見てるよ。そっちも元気そうだね」

「今流行りのあのジャンルにいるんでしょ? 公式からの供給がすごいって噂の」

「そうそう、そっちは? 私ちょいちょい見てるのにそういえばジャンル名すら知らないなって思って」

「ああ、『あいたし』のこと? ちょっとはまっちゃってね」

「あいたし? 調べてもいい?」

「いいけど何も出てこないと思うよ。私が二次創作したくて作った架空の作品だから。しかも作品名もほぼ出してないからね」

「へえ、そうなんだ。そういえば前バズってたやつでそういうの見たことあるかも」

「うん、そういうのから着想を得てね、メインのストーリーは大雑把に練ってそこから二次創作してるの」

「それで交流したら面白そうだね」

「交流はしないよ。一人で作り始めたら解釈が固まってきちゃって、交流したら解釈違いで死んじゃうかもしれないなって思ったから」

「そうなんだ……」

「うん、でも最近私だいぶ楽しくなってきてね。なんかだんだん実在してるような気がしてきてね」

「いやでも作ったのあなたなんでしょ?」

「そうなんだけど、でも最近のメインストが私の好みの方向じゃないんだけどそれもいいなって思えてきて。最初のころのメインストは二次創作できる幅を持たせながら私の好みのストーリーとして作ったはずだったの。それなのに最近は独り歩きしてるような気がして、でもそれも面白くて、楽しくて」

 そういう彼女の目はどこか遠くを見ていた。

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