第8話 望まれた結末

「そろそろ、降参してくれない?もうすぐタイムアップの時間だよ」


 彼は、戦いの最中、話だした。

 もう諦めろとそのような目をしていた。

 勝ち目などそちらには何一つないのだと。

 これ以上戦うのは無駄なことだと。


「そんなことするわけないだろ」


 当然、断られた。


 時間が経つにつれて、両者共に動きは、鈍くなっていた。ダメージが徐々に蓄積されているのだ。それでも、尚どちらも、倒れなかった。1度倒れてしまえば、もう行先は決まってしまう。

 犯人らは、交互にヒットアンドアウェイし、こちらのリズムを崩すかのように攻撃している。だからこそ、体力的には温存できていたし、窮地にまで追い込まれていないのだ。


 一方、彼は、絶技とも言える御業を見せていた。周りに観客がいたら、誰もが魅了されるだろう。その体捌きに。人は、爆発などの派手さが好きなものだ。映画などのアクションシーンを盛り上げる際にもよく使われる技術だ。

 しかし、彼にはそんな派手さなど微塵も存在しない。ただ、相手の攻撃を防ぎ、いなし、回避しているだけなのだ。この3つを完璧にできる人は、極わずかのひとにぎりの人だけだ。体術を、極めし者がたどり着ける極地。その極地に、彼はいた。


 そして、その洗練された動きは、人を呑み込む。たった一つののスポットライトが当たる静かなステージで、舞を踊るかのような美しさを持っているのだ。


 彼は、それを披露していた。


「なぁ、そろそろ終わりにしていいか?」


 そういうと、彼はありえない行動をした。相手の猛攻を、そのまま受けたのだ。防がずにだ。

 モロに食らった彼だが、倒れてはいない。むしろ、相手の腕を捕まえていた。


「くくっ、やっと、捕まえた!」


 彼は声を高らかに上げた。楽しそうに、その目は、捕まえた犯人を見据えていた。そして、獲物を捉えた猛獣のような笑みを浮かべている。


「離せっ!!」


 逃れようと、必死に体を動かしているが、離れないのだ。様々な方向へ引っ張り、引き離そうとしているのにだ。彼の御業によって、それをかき消しているのだ。力の向きに合わせて、自分の重心を変えていた。


「ほらっ離したよ」


「えっ?」


 急に離した。当然犯人は、重心のバランスを崩し、倒れこんだ。その姿は、なんとも滑稽な姿だった。体の使い方を分かっているからこそできる技だ。

 どのタイミングで力を抜けばいいのかを知り得ている。


「おしまいだ」


 そして、彼は、倒れ込んだ犯人を組み伏せた。こうなってしまっては、もはやどうすることもできない。人間の体は、組み伏せられてしまったら、動くことなど、不可能なのだ。


 そして、彼はこめかみに銃を突きつけた。


 捕まえてから、突きつけるまでで、5秒もたっていない。しかも、4秒は、当然捕まえていた時間である。1秒も掛からずに、彼はやり遂げだ。


 そうして、銃を放つ時、


「待て」


 遮る声が聞こえた。


 そう向くと、もう1人の犯人であった。そして、俺へと銃口を向けていた。

 一応もう1人犯人のことは、蹴り飛ばしていたはずだった。殴りを敢えてくらった時、後ろへ蹴っていた。

 迅速にやれば、間に合う計算だったのだが。復帰がはやいようだった。


「俺には銃なんてきかないよ?向けた所で何もできやしない」


 彼の言っていることは、ほんとだ。犯人の能力であった、鎖は毎回当たることがなかったのだ。同じ要領で防ぐだけだからだ。それは、男だって分かっていたはずだった。鎖をなんなく防いでいた所をみていたのだから。何か意図があるのだろうか。


「こちらの負けだ」


 犯人は、負けを認め、銃を下げた。白旗を振っているのだ。


 こうして、あまりにも呆気なく着いてしまった。


「早くエリシアを解放してくれ、頼む」


 背丈の大きい人は、頼んできていた。先程とは、うってかわってだ。


「なぜ解放しなきゃいけない?お前らは、犯罪を犯した。つまり、裁かれるべき人間だ。違わないか?」


 彼は、何を言っているんだと言わんばかりだった。彼は、エリシアと呼ばれた犯人により強く、グリグリと押し付けていた。


「痛い!」


 エリシアは、苦悶の顔を浮かべ叫んだ。


「やめろと言っている!!」


 背丈の大きな男は、怒気を孕んだ声をあげた。男は、本気で怒っていた。だが、怒りを向けたところで現実は、変わらない。


「どうせお前も今から死ぬんだ変わらないだろ」


 彼は当たり前のように言った。まさしく、この通りだった。頼んだ所で、はい、いいですよと頷ける優しく甘い世界ではない。時代錯誤もいい所だった。そんな世界、今は存在しない。


「お前は、降参してくれないかと言っていた。殺すつもりなど無いのだろう?」


 そんな言葉とは、関係なしに、男は、言ってきた。彼はもしかしたら、頭が回るのかもしれない。怒った所で、死という結末を辿るのは、自明の理である。戦闘でも、この結果であった。つまり、捕まえに来た彼を説得するしか生き延びる方法はない。


「なぜそう思うんだ?」


 彼は、動きを止め、男に問い返した。

 望んでいた展開をまっていたかのように。


「それは、戦いぶりだ。お前は、俺たちの攻撃から守ることばかりしていた。しかし、お前の実力なら俺らを殺すことなど簡単にできる。違うか?」


「くくっその通りだな。お前らを殺すことは、確かに容易い。続けろ」


 彼は、愉快そうにし始めた。男の言葉を待っているようだ。

 だが、その言動とはうらはらに、男は、一言間違えたら終わると、肌にビリビリと彼の重苦しい圧を感じていた。彼には殺そうとしている雰囲気が今は見受けられないが、彼には人を殺せる意志を持った人間だと判断していたからだ。そのため、男は、一挙一動を何一つ間違えないように繊細の注意を払わねばならなくなった。迂闊な言葉は、言えないのだ。彼女の命を保たせるためにもだ。そうして、男は、緊張した面持ちの中、ゆっくりと語り始めた。


「お前は、強い。そして、この路線は、名古屋へと向かう路線だったはずだ。この時期に大量の物資。まさかとは思っていたが、この貨物列車に乗る物資は、首都奪還作戦で必要となる物資ではないか?」


 男は彼の顔を伺いながら、たしかめるようにいった。


「そうだな。当たりだよ。でもな、何が言いたいんだ?」

 彼は、今か今かと最後の一言を待っていた。


「それほどまで、大規模な作戦なら人手が必要なはずだ。俺らもその作戦に参加する」


 重々しく男は告げた。悪魔の一言を。


「待っていたよ!その言葉を!いいだろう。お前らを生かしてやる」


 彼は、喜んでいた。ようこそこちらの世界へ!と言わんばかりの喜びようである。あの言葉を口にしてしまったら、もう戻れないのだ。そもそも、あの作戦に参加することは、非常に危険なのである。死ぬ可能性の方が高いのだ。

 そして、男に向けられていた圧も完全に消え去り、エリシアもやっと組み敷かれていたのを解かれたのだった。


 彼の筋書き通りになったのであった。

 彼は、捕まえるだけでなく、こちらの戦力に加えようとしていたのだ。だが、ただ捕まえただけでは、次の駅で、問答無用で犯人の身柄を渡し、実際に裁いてもらう必要がある。だが、こちらの戦力となって、戦うというのなら話は、別なのである。誰しもがあの作戦の成功を望んでいる。そう、あの大罪人を牢獄から出してまでなのである。想像するに容易いが、今は戦力が不足しているのだろう。彼が呼ばれてしまったのだから。

 だからこそ、あの作戦を、成功させるためには、戦力が必要だった。あればあるだけ、成功率が上昇するからだ。弱いやつは、足でまといになるだけだが、幸い犯人達だった人は、実力を持っていた。ゆえに、この作戦の実行を決定したのだった。

 実は、何よりも彼は楽をしたかったという個人的な理由もある。彼らしいといえるが。何でも使えるものは使うという精神を持っているからだ。

 そんな彼だからこそ、要らないと思えば簡単に引き金を引くことができた。男の考えていた通り、迂闊な言葉を出さなかったのは正解だった。

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罪人の救世〜俺が知らない間に世界滅びかけていたので救います!〜 星 雨凛 @Hoshiyomu2022

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