第7話 襲撃
「取るものとってさっさとずらかるぞ」
「そうだね」
そう言ったのは、若い2人組だった。片方は背丈が大きく、片方は小さい。よくいるコンビの典型的な例だった。列車の屋根の上に乗っており、貨物を見下ろしていた。あらかじめここに通る列車を狙っていたのだろう。そうして、屋根に着地し、無理やり乗り込んでいたのだった。
「今回は、宝の山だな」
「やったね!当たりだ!」
そう、襲撃犯も漏らしていた。それもそのはず、例の作戦のための物資を大量に用意していたからだ。武器、食料、情報機器など、多種多様なものが揃っている。これらを目の前にしてしまったら、是が非でも取るしかない。今の世界では、いつ物資が途切れるか分からないのだ。生活するだけでも苦労している人が大勢いるというのが悲しい現状である。だからこそこういう事件は、小さいものでもよく起きていた。みんな、生きるために必死なのだ。生物の本能である、生きたいという生存本能が活発な状況下に陥っているからだ。生物は、そういう極限下の状態に陥ると、たとえ、悪いことであったとしても、どんなことでもしてしまえる生き物だ。
そう、どんなことでもだ。
人は、倫理感を持って生きている。倫理感があるからこそ、社会の秩序が保たれている。そのため、倫理感が無ければ、社会からは省かれてしまい、生活ができなくなってしまう。だが、今の状態ではそんなことはお構い無しだ。倫理感のない世界、これが、今の姿だ。
誰しもが生きることに貪欲だ。欲にまみれて生きている。むしろ、今の今まで、追い詰められていてもここまで生き残れていたのはそんな人間の貪欲な心があったからとも言える。悲しいかな、欲のない人間が生きていけない世界なのだ。通常なら、あなたら謙虚だと褒められるいいことかもしれない。そのような謙虚な人から死んでいってしまうのだ。
それだけ、世界は様変わりしていた。
そして、今回襲撃していた人たちもその中の1人にすぎないのだ。欲にまみれた人間の成れの果てである。
「よし、そろそろ切り上げだな。持てるだけ持ったし、久々に焼肉パーティーができるぞ!」
「最高だね!早く脱出しないと!」
彼らは、久しぶりに食べれる肉に喜びを感じていた。肉など高級食材すぎて、買うことが困難だからだ。家で食べる姿を想像している犯人達は、終始笑顔であった。
そんな笑顔だった顔もつかの間、うってかわって険しい顔をし始めた。
「おいおい、そこにいるのは分かってんだよ!さっさと出てきて大人しく捕まってくれ」
とうとう、罪人がやってきたのだった。
「……」
犯人達は、黙り込み、物陰に隠れ、機会を伺っていた。着実に近づいている足音が彼らを蝕んでいく。こんなところでっ!っと思ってしまったからだ。だが、犯人達は焦ることをしなかった。焦りは全てを壊す。そのことを知っていた。何をするにしても思考を止めるのはいけないことだと承知しているからだ。焦って何も方法を考えない、何も行動できない、その場で立ちすくむ、その負のスパイラルに陥ることを恐れているからだ。ゆえに、かの犯行をおよんだ人達も慣れていると評価せざるおえない。
ゆっくりと確実に刻んでいる足音。それは、彼らにとって最悪なものだ。そして、彼らも分かっていた。私たちを捕まえようとしている人が敢えて遅く歩き、音をなるべく響かせるようにしていたことを。ジリジリと近づき精神力を削る。そういう耐久勝負を今させらていると、気づいていたからだ。これは、犯人達にとってなかなか過酷なものであった。
「なかなかに厄介な奴が捕まえに来たものだ。」
そう心の中で嘆いた。
しかし、犯人達もまだ諦めていなかった。足音から来ているのはただ1人と判断した。数的有利なのはこちらだからだ。いつの時代も物量には敵わない。まして、今回は列車内である。狭い空間内での戦闘となる。つまり、相手を挟み込めるかが勝負の鍵となっていた。
「どこにいるのかな〜?ここかな〜?」
彼はそう言い、銃を発砲してきた。弾は何もない壁に着弾していた。つまり、ハズレだった。
「ちっはずれかよ」
彼は、痺れを切らしてきたようだった。うんざりすることばかりやらされているからだ。彼の中には、ストレスが溜まりに溜まりまくっている。むしゃくしゃしているようだ。そのせいか、銃を乱射するようになった。
「危ねぇ、死ぬところだった」
当たる寸前だった。頭の目の前を弾がつっきっていったのだ。おかげで、犯人達は、冷や汗をかいていた。足音を立てず、姿がバレないように、移動している最中だった。
犯人達にとってはある意味チャンスであった。捕まえようとしている人の位置を彼らは判明させたからだ。弾の弾道からである。元々、声や足音から、大まかには分かっていたのだが、より精密な情報を得られたのは、この状況下では大きかった。
つまり、ストレスが溜まり、むしゃくしゃして、乱射したのは、悪手であった。最初の時の、精神面での追い込みは、なかなかに良い手であっただけ、惜しい。
「やるぞ」
犯人は、今が好機とみていた。もう1人の仲間に伝え、行動を開始した。
「くそっどこにいやがんだっ!もう探すところ無くなるぞ!」
彼はそう叫んでいた。犯人がいようがいまいがお構いなしのこの大きさだった。それだけ叫んでしまえば、誰でも分かってしまう。そんな考えにはならないのだろうか、いやそもそも、彼にとっては襲撃犯など取るに足らない存在だと思っているからかもしれない。彼は化け物相手に手の拘束状態なおかつ力も使えない状態で勝っていたのだ。今の状況など余裕なのかもしれない。その余裕が慢心だった。
「ん?なんか踏んだか?」
変な足の感触だった。そうなにか、ぐにゃっとしたような感じだった。彼は不思議に思い、足元を見た。其れは、囮であった。
「なにっ!?」
突如として、現れた鎖に捕まってしまった。鎖で体をぐるぐる巻きにされてしまい、腕を動かすことすら出来なくなってしまった。そして今彼は宙ぶらりんになっている。そんな状況だったが、彼は冷静だった。何もない所から鎖が現れるはずなどない。つまり、これは犯人の能力だった。にしても、鎖とはなかなかに応用の効く便利なものである。心の中で、使い方が上手いなと彼はそう相手に賞賛していた。
まさにピンチであった。
一刻も早くこの場から、離脱しなければならなくなってしまったからだ。彼の脳内は、もう赤い警告音が鳴り響いていた。にしてもおかしなことだ。捕まえに来たはずの人が逆に捕まってしまうとは。なんともマヌケとしかいいようがない。
「残念だったね」
犯人が姿を現した。
「そのまま捕まってて〜」
犯人は、そう言い逃げる準備を始めた。
彼もまた、それだけで黙るはずがなかった。当然のことである。このまま逃げられてしまったら、間違いなく彼女に殺されてしまうからだ。彼女とはノエルのことだ。
「おい、今すぐ解放しろ。そして、大人しく捕まれ」
「嫌だね」
交渉はいとも簡単に決裂した。
彼は動きだそうとした、、が動けなかった。
彼の頭上から、仲間が屋根を蹴破ってきた。そして、彼は仲間に踏み潰されている。
「ぐはぁっ」
彼は踏み潰され、床にぶつかった衝撃で、ダメージを受けていた。
「ナイスタイミング!」
素晴らしい息のあったコンビネーションだった。彼が動こうとする瞬間に潰す。そして、敢えて姿を晒し注意をそらすことで、列車の屋根に上っていた人を隠していたのだった。
犯人達は彼がくたばっているのを見て、安心して帰ろうとしていた。
「おい待てよ」
その声に振り向いた。
そして、驚くべき光景が目に入った。彼がその場で立っていたのだ。それも鎖に捕まっている姿ではない。
「嘘っ」
2人は、驚きの余り、動きが固まってしまった。それが、致命的な瞬間であった。彼はその隙を逃さず、2人の腹を、素早く殴った。
犯人らも、殴られっぱなしではなかった。
体をくの字しながら吹き飛ばされても鎖を出し、彼に攻撃を与えていた。だが、彼に当たることはなかった。
おかしなことに、彼への攻撃が勝手に逸れていくのだ。
彼はだが、息を切らしていた。
体力の消耗が激しいのだ。
犯人達も体制を立て直し、対峙していた。今2対1の構図がそこには、あった。
2人は、左右から攻めてきていた。彼は銃を取り出し冷静に発砲した。その攻撃も当たらない。鎖で弾かれていた。それでもなお、めげずに撃ち続けていた。とうとう肉弾戦の距離になってしまい、彼も構えた。
「なかなかにやるな」
彼はそう答えずにはいられなかった。
彼らの別方向からくるパンチ。キック。それらを捌き切るの至難の業であった。しかし、彼こそはそれが出来ていた。どんな体制でも、防ぎ、むしろ仕返しまで繰り出してた。
体の体制を崩そうとして、膝の裏への蹴りを片方が入れては、もう片方は体真正面へのストレートパンチ。このコンビは、息があっている。そして、身長差も相まって、攻撃のバリエーションが豊富であった。
そして厄介なのは鎖であった。どこからでもだせるようで、これを防ぐのがきなかなかに大変なのである。
彼は、どうして、先程のように能力を使ってないのか。使っていればもっと楽に決まるはずであったのだ。しかしら彼には使えない条件があったのだ。
彼の首元には、小型チョーカーが着けられている。そこには、GPS、能力制限装置、爆破装置など、彼を危険視しているための処置であった。彼は、一時的に使うことは、できるが、使い過ぎたら、死んでしまうのだ。生きるためには、結局縛りプレイの道を選ぶしかないのだった。
ゆえに、辛い戦いとなっていた。
だが、犯人達もそれは同じである。そろそろタイムリミットが近づいているのだ。次の駅についてしまったら、もう犯人に勝ち目はないのだ。
今はまだ両者が拮抗している状態だ。
どちらが音を上げてしまうのか、はたまた隠し持っているかもしれない、切り札を使ってケリを付けるのか、この勝負は、まだ始まったばかりである。
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