第6話 出発

 彼らは、依頼という名の任務により、任務地へむかうため、駅にきていた。この駅は世界屈指の大きさで、電車が次々へと入っては出ている。人混みも多く、歩くのでも精一杯である。少し余所見をするだけで人とぶつかってしまうぐらい隙間がないのだ。朝の通勤ラッシュのような混み具合なのである。なぜこれだけ退廃した世界だというのに人がおおいのか。それはこの駅周辺は安全なのである。警備隊が、常に見回りをしているため、治安もよいのだ。そして、警備隊がいるからこそ、化け物が出たとしても即座に対応するためここの駅を利用する人は多い。だが、そもそもの話である。まず、化け物もこの周辺では出ることすらないのだ。ここは、国の中だからである。この駅から行ける所も全て中の場所だけなのだ。


 そして、彼らが向かおうとしているのは国境である。今やこの国の国境は徐々に進行されている。元の状態の半分以下である。そして、この国は西側へと化け物に追いやられていた。今の国の中枢は京都なのである。


 そして彼らの任務とは首都奪還作戦の特攻部隊なのだ。

 この国の首都は東京だ。今の東京は魔都と呼ばれ化け物の巣窟と化している。化け物によって、日本屈指の都市だったのに、占領されてしまったのだ。それも弱いやつだけじゃない、強さの格だって上なのだ。東京に近づけば近づくほど、敵が強くなっていくのだ。この任務が極めて困難なことか、いや無理難題である。だが、人々は求めていた。首都を自分たちがいつの日か取り戻し、元にもどれることを。皆がみな望郷を望んでいた……


 そして今その作戦は、国民全てに知れ渡っている。全国民がその声に湧き上がった。希望を見いだした。生きる気力が湧いたのだ。だが、国民には、知られていない情報がある。それは彼のことだ。大罪人が奪還作戦に参加していることなど伝えられるはずもないからだ。罪人が救おうとしているなど、なんとも皮肉が効いている。彼の力に頼っているのだから。そんな事は、知らない国民達は、のんきに喜んでいた。


 そして、望美はあの時に、その超重要作戦をポンと軽く渡してきたのだ。

 いきなりこれを頼むとか、どういう神経していればできるのか。彼女の精神はなかなかに豪胆である。逆に言えばそれほどの精神力が無ければ、社長という肩書きなど務まらないのだ。




「これに乗るのか?デカいな」


 彼の乗るのは20両編成の貨物列車である。奪還作戦のために必要な物資を載せているのだ。この列車は、自動走行となっており、目的地まで突っ走る。

 ひとまずの目標は名古屋である。名古屋には、かの会社の支部があり、そこが最前線なのである。名古屋の完全解放をし、そして首都奪還を狙う。ほんとに大規模作戦だった。この作戦が成功すれば、人類史上の快挙にもなりうるのだ。


「ほら、いきますよ。もう時間など残されてないのだから」


 ノエルもやはりいた。彼女は彼の相方として同行していた。しかし、それは建前で本来の目的は、彼の監視役である。当然の処置だ。そして、彼女は大きな十字架の剣を帯剣していた。まるで化け物への裁きを与えるためのような剣であった。彼女の美貌もあいまって、その姿は天から舞い降りたワルキューレのようだった。


「はいはい」


 彼は辟易したようにしていたが素直に乗った。

 彼が乗って間もなく列車は出発し始めた。そして、その出発の合図のアナウンスが、いよいよ化け物との対峙が始まっていくのを示唆しているかのようだった。


 彼は通路の壁に背中をあずけながら、座って休憩をしていた。そんな間もつかの間、彼らには緊急警報が鳴り響いた。耳に刺さる嫌な音だ。これが鳴り響くいているということは、何者かが、この列車へ乗り込んだのだ。この列車には彼とノエル以外に居ないはずなのだ。つまり、この列車を、襲撃した人がいるのは明白であった。

 なんとも嘆かわしいことである。彼は今から救うという大きな役割を持っているはずなのだ。この世界に神がいるとするならば、どれだけ彼に困難な壁にあてたいのか。彼のまわりでは、厄介事ばかり起きている。そんなに日が経ってすらないというのに、彼は呪われていると言っても過言ではない。


「おいおい、マジかよ」


 彼はより気分が悪くなっていた。今からそいつらを排除しなくてはならなくなったからだ。貨物強盗などされては今後の作戦に影響が出てしまうのだ。物資がなくなってしまっては、作戦中止とか始まる以前の問題である。そんなことになってはいけないのだ。


「私が出てしまうと簡単に片付いてしまいますので、罪人、よろしくお願いします」


 彼女はそのように言っていたが、単純に面倒くさそうなだけだった。彼女には、それだけの力量が備わっている。彼女の佇まいだって、一瞬の隙もない状態を常に保ち続けている。彼女には強者の風格が備わっていた。

 じゃあやれよ!って思うかもしれないが、彼女には動こうとする意思はなかった。全く彼に全てを投げようとしているようだった。


「あぁそうでした。こんなことで死なないでくださいね?」


「それと襲撃犯をこちらまで引き寄せるのも無しです。それをしたらあなたごと一刀両断しますから」


 彼女の怒涛の言葉に、彼は言葉を挟めなかった。そして、彼の思考を読んでいるみたいだった。彼のことを、見透かし、警告を与えていたからだ。

 彼は、この警報を聞いた時から、いかに彼女に巻き込もうとするかを考えていたのだった。たった1人でこれくらい任せろという勇者のような意思など彼には無い。むしろ使えるものは全て使うという邪道のような道を好んでいるのだ。彼は罪人であって、勇者では無いのだ。ゆえに、彼は内心冷や汗をかいていた。彼のそんなバカな思考などバレていたのだから。


「分かった、分かったよ、俺1人で排除するからせいぜいそこでゆっくり休んでやがれ!」


 彼は少し声に怒気を込めていた。あの時もあの時もあの時も、助ける気など彼女にはどうして無いのか。彼は、彼女と出会ってしまったことを後悔し、それを巡り合わせた運命を恨んでいた。


 そうして、彼は仮面と、真っ黒なコートを羽織り、自分の姿をバレないようにした。そして、彼は、返されていたかつて愛用していた双銃をいつでも取り出せるように準備した。これは全て、望美が用意してくれていたものだった。素顔を隠したのは、あのビルでの出来事のような事を未然に防ぐためと、彼がいることを周りに知らせないためであった。彼はもともとここまで用意するつもりなどなかった。別にいざこざがあったとしてもどうでもいいと考えていたし、武器なんて適当なやつでいいと、そう本気で思っていたのだ。気の利いた彼女には、後で感謝しておこうと内心に秘めながら、彼は慣れた手付きで準備を進めていた。


 彼は用意を終えた後、列車の探索を始めた。

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