第4話 壊れた世界

 彼が目が覚めた時には、既に病室の中だった。何日たったかどうかなど彼には分からない。だがらせいぜい1週間ぐらいだろうと踏んでいた。

 彼は、身体中が包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼は、正直少し動いただけで、痛みを感じてしまっていた。彼の傷は、なかなかに酷いものである。痛みを感じ続けるのも億劫なので、彼は再び休息を取ろうとベッドに横になろうとした。


 部屋のドアが勢いよく開きあいつはやってきた。


 俺を間接的に殺そうとしていたやつである。彼女は金色の髪に白い肌。ギリシャの彫刻家が最も美しい女性として、作り上げた最高傑作の女神像と言っても過言ではない。そんな彼女がやってきたのだ。普通なら、あんな美女が見舞いに来てくれるなんてと、喜ぶかもしれない。だが、彼の態度はそれとは全くの正反対であった。

 彼は彼女を見た途端あの時の光景が脳内にフラッシュバックし、苦い顔を見せた。正直会いたくもなかった。あんなのと関わるのはゴメンだねと思っていたのである。


「何の用だ」


 彼は不機嫌そうにいった。もちろん顔なども窓の方を向き、彼女に目を合わせようともしなかった。


「怪我の具合を確認に来ただけよ。そのようならもう大丈夫のようね。今すぐ出かけるから、あなたも着いてきなさい」


 彼女はもう部屋を出ようとしていた。なんとも素っ気ない対応だった。彼女はあれだけのことをしでかしておいた癖に、こちらのことなどもはや興味が無いようにすらみえる。その態度に彼はさらにイラついてしまった。だが、彼はどちらにせよ、彼には、行く行かないの選択肢などないのである。彼には一生をかけても償い切れない借りを彼女に対して作ってしまっているからだ。彼女がいなければ彼は再び地上に戻ってくることなど出来なかったのだから。

 彼は、むしろ罪人だからであろうか、そう言った面に対してとても義理堅いのである。よくマフィアの映画ではカタギがやられたから、その仕返しと言ってやり返している。それは、マフィアだとしても、ファミリーを大切に思っているからだ。世の中からはぶれたそういった危険人物達には、心を持っていた。

 だからこそ、彼はいやいやだが彼女の言うことを今まできいていたのだ。

 彼は痛みに悶えながらも、渋々彼女についていくことにした。

 彼は彼女の元へと簡単に追いついた。彼は罪人だと誰もが恐れているために、人が逃げ隠れてしまい、その結果、道が空いたからだ。


「おい、どこへ行く気だ?」


 彼は何も聞かされてないので、せめてそれだけでも知りたいと思った。


「なぜそれをあなたに言う必要があるのです?私はあなたに着いてきなさいといったのですよ?」


 彼女は、さも当然かのように、そう言い放った。質問に質問を返すという悪循環を今この状況下でやってのけていた。さらに、余計な一言まで言ってくる。彼も狂っているが、彼女も間違いなく狂っている。話せば毒しか言わない口など最悪だ。



 彼女についていくしかないため、外に出ることになってしまった。そこで見た光景は、彼が罪人として、捕まる前とは様子が違っていた。空は紫に歪み、いかにも不穏な空気を作っている。建物は倒壊し、廃墟ばかりであった。戦争後の街並みの再現そのもののように感じた。そして1番異様なものがあった。2個の月である。ありえないものがそこには存在した。どうやれば月が2つも存在できるというのか、全く理解することが彼ですら無理だった。そして、その月は、深紅に染まり人の血を求めているかのようだった。そのせいか、一般人達もやつれてしまい、元気がもはや感じられない。一体世界はどうなってしまったというのか。


「ここは、ファンタジーの世界なのか?」


 彼は思わずそう漏らさずには、いられなかった。


「どうです?今の世界は?狂っているでしょう?」


 彼女は、妖艶な笑みを浮かべていた。彼女は、面白そうに話した。


「あぁ、たしかにこの世界は狂っているな。こんな世界戻るくらいだったら、牢獄にいた方が何倍もマシだったよ」


彼はそう言い、そのまま続けて


「おい、それよりもこんなことのために外に出したわけじゃないだろ?さっさと用事を済まさせろ」


 彼は彼女に挑発したようにいった。彼女に対してちょっとした意趣返しのようなものだ。さすがに彼も堪忍袋の緒が切れていたのだ。彼はバカにされるのが嫌いだった。


「そうですね。行きましょうか。罪人さん?」


「……」


 彼の汚点である、罪人という所を敢えて彼女は強調して言った。

 彼はバツが悪そうにしていた。その姿を見た彼女はもっと言ってやりましょういきまいていた。さらなる追い打ちをかけようというのか。彼は少し震えた。彼は安易に言ってしまうことの愚かさを学んだ。今学んだだけ、儲けものだと思っておくことにした。

 そして、彼はこれ以上立場が悪くならないように、もう黙ることにした。この判断は、正解だったようだ。大人の対応というやつだ。


 再び、静かな空気にもどった。彼は思った。こんな空気でいつも、のんびりすることができたなら、どれだけ良かったことかと。


 彼はそんな不穏な空を見上げながら、達観していた。彼にはそんな未来はもうないともう既に悟っていた。彼は覚悟をもっていた。死ぬ覚悟だ。全ての匙はとっくに投げられていたのだ。この俺が牢獄から出ると決めた時点でだ。彼女とさえ出会ってなければ運命が狂うことなどなかったにちがいない。逆にそれが無ければ彼は灰色の人生のままであったろう。彼の人生を動かしてしまったのは、性根が曲がっている彼女なのである。そして、1度動き出した物語はどんな結末であれ止まることはないのである。


 以前彼女は、俺の力が必要だと言っていた。つまり、アレをどうにかしろということだろう。彼は、牢獄から出る前にも世界が滅びかけている原因の一つとも言える、化け物と出会っていた。あの化け物相手に彼は死闘を繰り広げたのだ。あの化け物がこの世界にいくらでも蔓延ってしまっているのだろう。間違いなくあの化け物は、一般人が相手したって勝てるはずもない。この世界に住むC級能力者以上でやっと戦えるぐらいだろう。

 彼女がこれから案内しようとしているのは間違いなく彼女の上司のもとであろう。そう彼は踏んでいた。つまり、彼女は俺を案内する役割の人だったわけだ。そうして、彼はこれから会うだろうあの人のことを考えていた。


 彼は1人の人を、思い出していた。

 子供の頃お世話になったあの人だ。あの人だとしたら、過去の経験上面倒事が既に発生しているということだ。それを俺に押し付ける気である。


 その事を考えてしまっただけで彼は憂鬱になった。だが、それを彼が断ることなど出来ない。

 だからこそ気分は複雑でよくはなかった。

 また死地に行かなきゃいけないのが明白だからだ。


 そう考えにふけっている間に、懐かしのあの建物に着いてしまった。


「到着しました。こちらです」


 彼女は事務的な対応を取り始めた。ここの社員なのだから、そうなるのだろう。

 ここは、株式会社「ino」だ。今の世界では、能力者など溢れかえっており、当たり前のように存在している。そういった能力者が自分達の能力を活かして働くことのできる場所が求められた。それが「ino」である。この会社が能力者業界を牛耳っている。先程言ったC級能力者というのも、この会社が決めた指標なのである。


 他の建物は倒壊してしまっているが、ここだけは、どうやら復旧させていたみたいだ。ガラス張りの高層ビルである。外壁が作られており、その中には避難民と思われる人々がたくましく生きていた。その規模はもはや街であった。そうした様子を彼は観察していた。


 目的地であるこの会社に彼らは、入っていったのだった。

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