第3話 狂気じみた死闘

彼は苦しんでいた。


 それは全てあいつのせいだった。

 少しでも、手を貸してくれば、苦しまなくてすむのに。彼女は笑って俺の事を見てやがる。あの顔は、まだ終わらないのかと退屈そうにしている顔だ。ほんとに許せん。俺はただでさえ動きにくいというのに。


 そう、彼は十分に動くことができないのだ。両手が拘束されているからだ。


「ちっ」


 彼は悪態をついた。この両手の拘束器具のせいで自身の能力が封じられているのだ。彼女は、ここに来るぐらいだからそれも知っているはずだというのに、助けない。

 なんて薄情なやつだろうと彼は思っていた。そのくせ、その状態の俺を見て楽しんでいやがるとか、性格がもはや歪んでいる。そもそも、俺に会いに来ている時点で、ヤバい奴だと言うのは分かっていたが…


「危ねぇ!」


 彼は咄嗟の判断で右に回避した。今いた場所は、触手の攻撃により、崩れ落ちていた。無理な動きをしたために、彼は床をゴロゴロと転がっていた。当然、擦り傷だって出来るし、何よりも痛い。触手の攻撃を直接喰らうよりかは、たいへんマシではあるが、痛い。受け身など取ることができないからだ。


 だが、冷静に考えて欲しい。

 客観的に見て彼は異常としかいえないのだ。

 人は走る時基本的に、腕を振るう、これが普通なのだ。それは、走る時に体勢を安定させるためであり、それがなければ人は、バランスなど簡単に崩壊する。皆も試して見て欲しい。両手を拘束された状態で全力疾走してみればその難易度がわかるはずだ。非常に走りずらく、違和感を覚えるはずである。

 そんな状態の中、彼は一撃貰えば死が確定せざる負えない化け物と対峙している。一瞬の気の緩みで死と隣り合わせの状態でだ。彼はそれでも、まだ生き残っている。

 それがどれだけイカれていることか、もう分かっていただけただろう。


 そんな彼を見ている彼女は、その様子をアクションショーの様に楽しでいた。

 間一髪で敵の攻撃を避けている姿は、スリルがあって、面白いのだ。(見ている分にはである。)


 彼は少し焦りを覚えていた。

 このままだと、この地下牢獄が崩落してしまうからだ。

 敵を速やかに倒さなければならない。


「くそっ!崩落まであと持って5分しかねぇ!」


 彼は頭をフル回転させ、化け物攻略の糸口を考えた。

 だがしかし、化け物は待ってくれるはずなどないのだ。

 無茶な避け方ばかりしていた彼の体は、既に悲鳴をあげている。そもそも、彼は牢獄にいたのだ。運動なんてすることが出来ないため、体力などあるはずがない。

 そういった面もあり、明らかに彼は劣勢であった。


 自身の目の前から触手が迫ってきた。とりあえず避けるしかないので、体を逸らし避けようとした。だが、あの化け物だって、バカではなかった。背後の死角から現れた触手によってガラ空きの背中に殴り当てられたのだ。

 その衝撃によって、彼は壁まで吹き飛ばされた。壁は衝撃によってめり込み、力の強さがうかがえる。あれをまともに彼はうけてしまった。

 彼は過ちを犯していた。

 化け物だからと、知性がないと思い込んでいた。話すことだってできないからだ。人間のある種の怖い面である。人間は1回思い込んでしまうと、それを取り除くのは用意ではない。それが当然と無意識下で認識しているからだ。つまり、その思い込みこそが罠である。あの化け物が、単純に触手で突いていたからこそあの状態の彼でも避けれていたのだ。そうやって自身の攻撃がこれしかないと思い込ませていたのだ。それが彼にとっての過ちだった。昔のように、常に警戒をしていれば、こんな簡単なトリックなど気づくことが出来ていたというのに。


「あ〜俺バカだなァ」


 彼はそれに今更ながらそれに気づき自嘲したわらいをみせた。


「こんな簡単なことに気づけないなんてなァ」


 彼はなぜか笑っている。既に満身創痍の状態であるのにだ。頭から派手に血を流し、両手は、拘束状態のために

 上手く守れず骨が折れてしまっている。彼の姿を見たら、とてもいたたまれないと誰もが言うだろう。それぐらい酷い姿だった。

 だが彼は、愉快そうにしている。

 なんでそんな表情をしているのかは分からない。

 彼の奥底にある深層心理が命をかけた戦いに燃えているのかもしれない。だけど、彼にとってそんなことはどうでもよかった。ただ、彼はもう逃げることはしなかった。どういうことか、分からないかもしれないが化け物に向かっていったのだ。避ける事しかできないのにだ。

 そんな攻撃が出来ない相手に対して立ち向かって行くことができるのか。いや、できるはずがないのだ。

 立ち向かう勇気というのは、そう簡単にでないものだ。怖いものに立ち向かうなど、到底無理なことだからだ。

 人がそういったものに立ち向かう時、勇気以外にも方法がある。


 それは狂気だ。


 人は、狂う事で、そういった感情を捨て去ってしまう生き物だ。彼はそんな狂気に包まれていた。彼は化け物に向かって、ゆっくりとした足取りでむかっていった。そして、彼の眼差しは、鋭く化け物を貫いていた。


「もうお前の狩りの時間は、終わりだ。さぁ、今度はこっちの番だ。」


 化け物は、その姿、言動に恐れをいだいたのか。少し後ろへずさりした。


 そしてその姿を隠すかのように無数の触手が彼に迫ってきた。一見、隙がないようにみえ、彼の命はここで散らすかのようにみえた。


 決してそうなることは、なかった。


 彼の動きが戦いの中で昔を思い出していた、

 より洗練された動きであった。もはや彼には攻撃が何一つ当たらない。化け物は、得体のしれない恐怖をかんじてしまった。もうこないでくれとそう願っているかのような攻撃をしていた。


 ゆっくりとした足取りではあるが、その足音一つ一つが、化け物にとっての死刑宣告であった。


「残り数m」


 彼は、息を吐き捨てながらいい、

 化け物へとさらに近づいた。


 化け物は、最後の攻勢と言わんばかりにあたりを破壊散らした。

 ゴゴゴゴと崩壊する音がより大きくなっていた。

 彼は冷静に彼の元へ近づき、その場所を狙わせていた。

 そして、床までもが崩落した。彼の狙いはこれだった。

 この牢獄は地下何百mもの深さがある。ゆえに、それを意図的に壊させることで、化け物を落としたのだ。


「さらばだ化け物」


 彼は吐き捨てるようにいい

 化け物は、そのまま地下何百mへ落下した。

 天井も落盤してきているので、このまま化け物は上手いこと埋葬されるだろう。


「ふぅー、疲れたぁぁ…」


 彼は心底しんどそうにしていた。

 そんな彼のもとへ彼女はやってきた。


「もう死にかけね。だいぶ落ちぶれたものね。」


 彼女は、相変わらず俺の姿をみて嘲笑っていた。


「お前のせいで死にかけたじゃねぇか!」


 彼は遂に彼女に対して、文句を言うことができた!言ってやったぜ感満載である。


「ほら、さっさと外にでるわよ、そこに寝転がってるんじゃないわよ」


 彼女は、当然無視をした。どんだけ壊れた性格をしているのか。優しさの欠けらも無い。相手を気遣おうという意思すら、なかったのだ。


「冗談じゃねぇ!もう動けるかバカやろぉ!」


 彼は切れた。


「あっそ、じゃぁ縛って引きずっていくわ」


 彼女は容赦がなかった。


「え?」


 彼は呆気に取られていた。


「痛ぁぁぁぁぁぁ!」


 彼の身は、ボロボロだというのに、なんとも酷な仕打ちなことである。


 だが、もう縛られ引きずられてしまっているので、どうにもすることが彼には出来なかった。そして、あまりの痛みにとうとう彼は気を失ってしまった。


「さすがだわ、C級クラス相手に拘束された状態で勝つなんて」


 彼が意識を失った様子をみてから、彼女はそう呟いた。


「やっぱり彼の力が必要だわ」


 彼女は、侵略されてしまった世界をみてそう儚げに言った。

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