第4話

闇夜に星をルクス


 アタシの声に応え魔力が光の球を象り現出する。闇に沈み、一寸先も見えなかった階段が照らし出された。今までに使われたことがなくずっと放置されっぱなしだったはずなのに、蜘蛛の巣も張っていなければ石造りの壁にも罅すら入っていない。魔法で経年劣化から保護されていたのだろう、その予想を裏付けるように所々に魔法陣が刻まれている。しかし、その保護も時間と共に徐々に弱まってはいるのだろう、一歩踏み出した足跡がくっきりと残るほどに降り積もった埃が舞い上がって鬱陶しい。くすんだ白が石レンガの灰色を覆い隠して、灯りの届かない場所までずっと続いていた。


 灯りを頭上に漂わせながら階段を降りる。得体の知れない怪物の喉の奥へ潜っていくようで嫌な感じ。おっかなびっくりシャルフが中に入ってきた音がする。まだ愚図愚図してるなんて、相変わらずだらしないんだから。早く付いてきなさいよと、苛立ち紛れに足を速め、高く足音を鳴らす。通路の狭い壁と相まって幾重にも反響し遠く闇の中へと吸い込まれていく。光の恩恵の無い地面の下だからか、急に寒々しいような変な気分になった。なんだかこれ以上足音を立てたくないわ。シャルフを待たないといけないし、ちょっとだけ止まっておこうかしら。


 アタシは足を止め、シャルフを待つことにした。ぱんぱんに詰まった背負い袋が生み出す騒音がどんどん近づいてくる。いつの間にか随分降りてきてしまっていたようで、思っていた以上に音は遠く聞こえた。そんな遠い音の反響であっても、闇の中にたった一人でいるような、漠とした不安感を拭ってくれるようで気分が良い。知らず急いていた気を静め、困り眉を更に酷くして壁伝いに降りてくるシャルフを見守った。……にしても臆病なんだから。




「ハイディ様、少しは僕の荷物のことも考えて下さいよ」




 まだアタシの荷物を持つことの光栄さが分かってないみたいね。やっぱり、さっきちゃんと説教しといた方が良かったかしら?そもそも、とろくさいアンタをこうやって待ってあげてるアタシに対する感謝の一言も出ないわけ?


 色んな思いを拳に込めて、お腹に一発。いい感じのが入った感触。やっぱり、邪魔くさいドレスなんか着てるよりこの方が良いわね。いつもより動けるわ。




 お腹を抑え悶絶するシャルフを見てると説教する気も失せてしまって、許してあげてもいいかな、なんて思ってしまった。なんか腹立つわね。ま、未来の旦那様にあんまり厳しくするのも良くないか。シャルフを尻目にまた進みだす。いつの間にか、心の片隅にへばりついていた不安はどこかに行ってしまっていた。








**************








 ふつりと光球が消え、周囲が闇に包まれたのを合図に呪文を唱え直す。これでもう、何度目の呪文だろうか。数えてはいないけれど、大体5,6回目ぐらいかしら。最初は魔法が消えるたびに騒がしかったシャルフもすっかり慣れてしまってたのか声を上げず黙々とあるか続けている。・・・・・・勿論、かなり長い間歩いたから疲れている、というのも多分に含まれているのだろうけれど。1回の呪文の効果が半刻ぐらいだから外はもう、そろそろ太陽が起きる支度を始める頃かしら。


 そう考えると、疲労が急にずっしりと体にのしかかってくるような気がした。実際、疲れてはいるのだろう。高揚感に浮き足だって、忘れてしまっていただけで。






「ここで休憩しましょ」






 アタシの声を合図に、糸が切れた人形みたいにへたり込むシャルフ。アタシだけが疲れてるんじゃないと分かって、少しホッとする。アタシの方が体力が無いだなんてなんだかムカつくもの。


 ぷるぷると震えるシャルフが敷物を用意するのを待って腰を下ろす。床に敷物1枚敷いただけで休むなんて野卑な行い、今までに許してもらえなかったから憧れていたのだけれど、実際してみると冷たく硬いだけ。それでも1度座って仕舞うとますます足が重く感じられて立ち上がれる気がしない。鉛か何かにでもなってしまったようだった。足の重さに引っ張られるように意識もどんどん沈んでいく。忍び寄ってくる睡魔に抗えず、あっさりとアタシは意識を手放した。どうせ休むのなら灯をつけないほうが魔力の節約になって良かったわ、なんて思考が頭の片隅に瞬いて消えた。










 妙な息苦しさに目を覚ます。目を開いても視界は変わらず黒一色。ふかふかに整えられたベッドもなければ温かく包んでくれる毛布もない。あるはずのものがないことに寝起きの頭が一瞬混乱するけれど、すぐに思い出した。アタシはそんな当たり前を捨て去ってここまで歩いてきたんだった。


 硬い床の上で横になっていたからか、節々が痛む体を大きく伸ばし起き上がる。胸の上に乗っていた何かが滑り落ちて鈍い音を立てた。・・・・・・何かしら?これ。指先でつついてみると、フニフニと柔らかく温かい。生き物?でも、この通路に生き物なんて入れないはず。ここにいるのはアタシとシャルフぐらいで・・・・・・


 そこまで考えて、寝ぼけた頭がかっと羞恥に燃えた。これ、シャルフの腕じゃない!!アタシ、寝てる間にシャルフに胸触られてたわけ!?




「アンタどこ触ってんのよ!!」




「うわぁ!?なんだ!?敵襲か!??」




「誰が敵よ!」




「ハイディ様!?・・・・・・どうしてそんなに声を荒げてるんです?」




「うっさい!アンタが悪いんでしょ!」




「うぇっ!?僕何かやっちゃいました?」




「そんなの自分で考えなさいよ!」




 アンタに胸触られました、なんて言えるわけないでしょ!?婚姻前の乙女にそんなこと言わせようとするんじゃ無いわよ!




 魔法の効果が切れてて良かった。鏡を見なくても分かる。今のアタシの顔は、真っ赤に染まっているに違いない。熱を帯びる頬を押さえた。早く元に戻って頂戴。こんなところ、シャルフに見られたくなんかない。


 

 暗闇の向こうで、シャルフが溜息を吐く気配がした。









*******************








 休憩をとってから、魔法の効果が切れない内にアタシ達はついにたどり着いた。長い長い通路の終着点、地上への扉。大きくていかにも重そうな石造りの扉がアタシ達の前に鎮座していた。一切装飾もされておらず、武骨な灰色のまま。刻まれた魔法陣だけが扉の表面に躍る。城が作られて以来、つまりは『太陽に愛された国ドュフテフルス』の建国以来、ひっそりと誰にも見つからない様に歴史の隙間で息を潜めて。そうやって外敵の侵入を拒み続け、私達王族の脱出口を維持し続けたのだと思うと、今この扉を開くことに微かな感傷を抱かずにはいられなかった。






開けゴマレジアンス



 アタシの声に応えて、パラパラと砂粒を降らしながら扉が開いていく。良かった、ずっと放置されてるからちょっと心配だったけど、大丈夫みたいね。ギリギリと音を立てて開いていく扉を前に、唾を飲み込む音が後ろから聞こえた。




「心の準備は出来てる?今この瞬間から、アタシたちの冒険は始まったのよ」




 振り向いて問う。返答次第では、思いっきりぶってやるんだから。


 差し込む光を背に受けたアタシを眩し気に見つめ、シャルフが口を開く。




「ようやく腹を括りましたよ。どうせどのみち死んじゃうんだったら、ハイディ様の気が済むまでお供しますとも」




 真っすぐにアタシの眼を見てシャルフが言う。ちょっと後ろ向きが過ぎる気もするけど、まぁ、許容範囲内かな。シャルフの眼の中に決意の炎が燃えている。負けるもんかとアタシも気合を入れなおして、前へ向き直った。さぁ、行くわよ!開いた扉のその先を目指して、歩き出そうとした。その瞬間だった。




 耳障りな鳴き声が、外の空気と共にアタシたちのところへと届いた。一拍おいて、鼻を刺激する獣臭が漂ってくる。果たして、そこには。
















 視界いっぱいに夥しい数の醜妖精ゴブリンが広がる。幸いにも彼らと人間の生活サイクルは違う。彼らにとって、今からの時間は人間で言う深夜に当たるはず。実際、ほとんどすべての醜妖精はグースカと惰眠を貪っている。我知らず唾を飲み込むアタシとシャルフ。そんな小さな音が聞こえたわけでもなかろうが、一匹の醜妖精が急に頭をもたげ、アタシたちを見た。


 数瞬見つめ合う、奇妙な時間が流れた。夢とでも思ってくれたのだろうかとアタシの胸に過った希望的観測を吹き飛ばして、そいつは吠えた。飛び起きて、次々にアタシたちを見つけ、唸り声をあげる醜妖精共。


「やったろうじゃないのよ」




 冒険には苦難が付き物、これぐらいが竜殺しの旅の幕開けには丁度いいわ。




「かかってきなさい!」




「勘弁してくださいよ…」




 湧き上がる弱気を打ち消すように吠えたアタシの戦意をかき消して、弱弱しい声がする。後で説教ね。




 こうして、アタシたちの旅は幕を開けた。


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