それでもかまわない

横山記央(きおう)

それでもかまわない

 天井を見る。

 ベッドに横たわってできることといったら、それくらいしかない。

 カインの心に、後悔が大きくのしかかってくる。

 完全な失敗だった。

「一人では何もできないくせに」

 ルーベンスにそう言われて意固地になっていた。それでも冷静に対処していれば、こんな怪我を負うこともなかったはずだ。


 学園の裏に広がる森、ディープフォレスト。樹齢数百年の巨木が林立し、大きく茂らせた葉が上空を厚く覆っている。そのため、森の中は、昼間でもランタンが必要な程に暗かった。

 その森の中にディープフォレストダンジョンがある。出現する魔物が弱いため、驚異ランクも低い。入学したての学生でも、庶務課に申請するだけで、入場許可がもらえる程だ。

 学園三年生になるカインは、何度も入ったことがある。パーティー入場はもちろん、ソロ入場での探索もしている。

 そこに慢心や油断があったのだろう。

「できるっていうなら、地下三階の”崖っぷち”の石をとってこいよ。もちろん、一人でだぞ」

「それくらい訳もない。とってきたら、さっきの言葉を撤回しろよ」

「いくらでもしてやるよ、カインちゃん」

 その言葉にカッと頭に血が上った。見てろよ。捨て台詞のように言葉をたたきつけて、一人ダンジョンに入った。


 カインは、パーティーでは地下5階まで潜ったことがあったし、ソロでは地下2階の探索をしていた。地下3階の”崖っぷち”なら、大丈夫だと思っていた。

 地下3階に降りる。最初の十字路を左に曲がった先の大部屋を抜けると、夕暮れ迷路に入る。壁が紫に光る迷路だ。光は強くなったり弱くなったりしながら、発光部位が変化する。そのため、道順をきちんと把握してないと、迷ってしまう。しかしそこを抜けてしまえば、あとは簡単だ。分かれ道はないから、迷路というより通路だ。通路の先は行きどまりになっていた。そこが”崖っぷち”だ。


 この先はない。


 誰が名付けたか知らないが、ずっと昔から、学生たちの間でそう呼ばれていた。先輩から後輩へとその呼び名が受け継がれてきた証拠だ。

 ”崖っぷち”には小さな白い石が山と積まれている。

 白い石は、学園の近くを流れる河原の石だ。角のないつるりとした石で、誰でも簡単に手に入る。その石をここに置くと、いつか行き詰まったときにその状況を流してくれる。今行き詰まっているなら、ここの石を持って帰れば、その状態を打破してくれる。生徒の間に流れる言い伝えだ。


 それらしい内容だが、信じている生徒はどのくらいいるのだろう。

 カインは、単なる迷信だとしか思っていなかった。

 白い石を一つ手に取りポケットに入れ、道を引き返す。途中で何度か魔物の群れに遭遇したが、全て撃退し、ダンジョンから出た。


 そこで待っていたルーベンスに、カインはポケットから石を取り出した。

「これでどうだ」

「バ、バカか! なにやってるんだ、それを早くしまえ!」

 ルーベンスの叫びに、カインは自分の行動のうかつさに気がついた。

 無事にダンジョンから出てきたことと、ルーベンスにいち早く見せつけたい気持ちが強すぎて、カインはこの森での禁忌をすっかり忘れていた。


 ランタンの光を反射して眩しく光る白い石めがけ、それはやってきた。

 ディープオウル。翼を広げると二メートルもある巨大な漆黒のフクロウだ。なぜか、白く光る物を収集する性質がある。

 カインはとっさに白い石を放り投げたが間に合わなかった。白い石に飛びかかるディープオウルの翼にしたたかに打ち据えられ、はね飛ばされた。

 かろうじてルーベンスは無事だったが、カインは打ち所が悪く、肋骨に罅が入ってしまった。

 ルーベンスは約束通り、発言を撤回し謝罪してくれた。しかし、それ以上に負い目を作ってしまった。


 自分はどうしていつもこうなんだろう。

「カインはもっと考えてから行動した方がいいぞ」

 幼なじみの言葉を思い出す。

 小さい頃からずっと言われ続けていたが、未だに治らない。この状況を知れば、同じことをまた言われるに違いないだろう。

 その直後、部屋の扉が勢いよく開けられた。

「ディープフォレストでやらかしたんだって?」

 そう言って入ってきた幼なじみのアイシャは、ベッドに横たわるカインの頭をくしゃくしゃにした。

「本当に世話のやける弟だな」

 カインは苦笑いで答えた。


 アイシャとは家が隣同士だった。今でもカインのことを弟扱いしているが、アイシャの方が、一日早く生まれただけだ。

 それでも、木登りでは一度も勝てたことがないし、野犬に追いかけ回された時には助けてもらった。現在進行形で、背丈はカインの方が拳一つ低かった。

 いつでも一緒にいた。本当の兄弟よりも仲が良かった。アイシャはカインのことを全て知っているし、カインもまた、アイシャのことなら何でも知っていた。


 好きな食べ物。

 好みの色。

 虫は平気だけど、蛇は苦手なこと。

 髪の毛が伸びてくると、うなじの所だけカールする癖毛。

 小さくて薄いけど、左の耳の後ろに痣があること。 

 剣の才能も、魔法の才能も、カインよりも遙かに多く持っていること。

 裏表のない性格で、誠実な努力家だ。

 魔法理論学の先生に憧れていること。

 人一倍努力して勉強して、魔法理論学でトップの成績をとったこと。


 だから、ルーベンスの発言は許せなかった。

「アイシャが魔法理論学でトップの成績って、先生のお気に入りだからだろう」

 ルーベンスは二番目の成績だった。アイシャに勝てなかった悔しさから、そう口にしたのだと思う。でも許せなかった。

 ルーベンスの言葉を聞けば、アイシャはその場では何気ない風を装うが、あとで一人悲しむに決まっているからだ。

 言いがかりが原因でアイシャが悲しむなんて、許容できることではなかった。


「ほらよ」

 アイシャがポケットから白い石を取り出した。

「カインはある意味、今って”崖っぷち”じゃん。これを持っていれば少しは良くなるかもな」

「とってきたのか」

「もちろん、弟のためだもの」

 アイシャの屈託ない笑顔を見て、カインは胸が熱くなった。

 この笑顔のためなら、何でもできる。

 カインはアイシャのことなら、何でも知っていた。

 だから、アイシャの好みが自分のようなタイプでないことも知ってた。

 アイシャにとっては、弟でしかない。

 それでもかまわない。


「それじゃ、しっかり休めよ」

「ああ、石ありがと」

 カインはアイシャに向かって、手にした白い石を軽くあげた。

   

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