3-6

 どうか、僕にしたみたいに、四ノ宮さんが気になってるってのを全面に押し出しながら質問してくださいね。そこで変にヘタレ発動して、匂わすこともできないのは駄目ですよ。四ノ宮さんは四ノ宮さんで、結構ニブい人なんで。遠回りになっちゃいますからね。


「そうだといいけど……」


「上手くいくといいですね」


 アイスコーヒーを飲み干して、再度長瀬さんに『ごちそうさま』をする。


「無礼を許すつもりはありませんけど、お友達さんのほうも」


「そうだな。早く解決するといいな」


 長瀬さんが笑って、少しだけ心配そうに店の出入り口を見やる。


「『稲成り』に迷惑がかからないうちにな。――いや、違うか。榊木にはすでに不愉快な思いをさせちゃったもんな。本当にごめんな?」


 長瀬さんが申し訳なさそうに両手をあわせる。

 僕は苦笑して、首を横に振った。


「いえ、あってますよ。これで終わるなら全然いいです」


 何度も言うけど、謝るのは長瀬さんじゃないしな。だからって、別に本人から謝罪してほしいわけでもない。店や一陽さんに迷惑をかけられたらたまらないし、だからもう一切かかわりたくないっていうのが正直なところだ。


 けれど、やっぱり悪い予感は当たってしまうもの。


 面倒なトラブルを避ける力はないんだよなぁ、一陽さんは。神さまのくせに。





          ◇*◇




 

「いい加減にしろよ!」


 店内で大声が響いたのは、翌日の朝営業中――飛ぶように売れてゆく玉子焼きの追加を取りにダイドコに行った時のことだった、


「なんだ?」


 一陽さんが眉をひそめて、営業中は締め切っている客席側の戸口を見る。

 続いて、「いつまで拗ねてんだよ! いい年齢(とし)してやることが幼稚なんだよ!」というさらなる怒号。


 その声には、聞き覚えがあった。


 僕は慌てて、玉子焼きが盛りつけられた大皿を持ってハシリへと降りた。そのままカミダイドコに上がる。


 そして、内心舌打ちする。


 その先――ナカノマに、金輪際かかわりたくないと思った男の後ろ姿があったからだ。


 その男――藤堂の前の席には、あの涼しげな水色の着物を纏った品の良さげなご婦人が静かに座している。いつも穏やかな表情が、今はひどく硬い。

 唇を真一文字に引き結んだままのご婦人に、藤堂がさらに怒鳴る。


「恥ずかしくないのかよ! ババァのクセに色惚けて、男の尻を追いかけてるとか!」


「っ……ちょっ……!」


 まだそんなことを言ってるのか、この男は。

 僕は奥歯を噛み締め、足早に藤堂に近づいた。


「お客さま。ほかのみなさまのご迷惑になりますので、大声で騒ぐのはおやめください。そして、現在満席ですので、中戸の向こうでお待ちを――」


「コイツを連れて帰るだけだ! すぐ終わる!」


 藤堂がこちらを一瞥すらせず、ご婦人をにらみつけたまま叫ぶ。


「お客さま、困ります。どうか大声は」


「っ……! うるせぇな!」


 食い下がった僕に苛立ったように、藤堂が舌打ちしながらようやくこちらを見る。

 そして、「お前には関係ねぇだろ! 引っ込んでろよ!」とひときわ大きな声で叫ぶと、僕の肩を力いっぱい突き飛ばした。


「うわっ!?」


 まさか、そんなことをするとは。

 完全に予想外だったのもあって、暴挙それをモロに食らってしまい、ぐらりと身体が傾ぐ。バランスを崩した僕は、カミダイドコとの間にある板戸に背中と後頭部を打ちつけた。


 ガタンと少々派手な音がして、それを追いかけるように大皿が畳の上に転がる。

 鮮やかな黄色が美しい玉子焼きが、その周りに散らばった。


「あ……!」


 さすがに、藤堂も『ヤバい』という顔をする。

 瞬間、横から伸びてきた逞しい手が、彼の胸倉をつかみ上げた。


「ッ……!?」


 ギョッと身を弾かせた藤堂が、大きく目を見開いて言葉を呑み込む。

 そのまま彼は呆然として、自分をつかみ上げている男――一陽さんを見つめた。


「い、一陽さん……!」


「――凛、大丈夫か?」


 一陽さんが藤堂をにらみつけたまま、静かに言う。

 僕は後頭部をさすりながら頷いた。


「はい、僕は大丈夫です。でも、玉子焼きが……申し訳ありません」


「謝る必要はない。ただ、お客さまのご迷惑になってしまうから、すぐに片付けてくれ」

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