3-4
「うちは取材は基本的にNGだし、店内で料理以外の写真撮影は遠慮していただいてる! だから、雑誌やネットに店主の顔写真が出ていたりもしないんだ! 店主の顔が目当てで来てる客なんて一人もいやしないんだよ! そして、お前の言う『みんな』もな!」
藤堂とやらが、悔しげに口を噤む。
「しっかりと事実確認もせず、イマジネーションの友達を味方につけて、多数派気取りでドヤ顔批判とか、その歳でやることかよ! 恥ずかしくねーのかよ!」
「っ……」
その頬が、カッと赤く染まる。
「そりゃ、空想の友達じゃ、証人として連れて来ることはできねーよな! 悪かったよ。連れて来いなんて言って。お前の言うとおり、常識で考えればできるわけないことぐらいすぐわかったのにな!」
「さ、榊木……」
「でも、お前も悪いぞ。妄想の友達の背中に隠れて、上っ面だけ舐めた薄っぺらい意見を振りかざして、人を殴るような真似をしたんだからな。せめて、ちゃんと事実確認をしたうえで、正々堂々真正面からぶつけてこい。そして、発言の責任ぐらいは自分で取れよ」
僕はテーブルに手をついて身を乗り出すと、唇を噛み締めて下を向いた藤堂の赤い顔を覗き込むようにして、嗤ってやった。
「友達に押しつけたりしちゃ、可哀想だろ? いくら妄想といえど、さ」
「ッ……!」
『しっかりと事実確認もせず、イマジネーションの友達を味方につけて、多数派気取りでドヤ顔批判』という言葉でなんとなく事情を察していたのもあって、だろう。僕の言葉に誰かがクスっと笑う。
その瞬間、藤堂は一気に顔を真っ赤にすると、勢いよく立ち上がってそのまま回れ右。僕にも長瀬さんにも何も言うことなく、まるで逃げるように足早に店を出て行った。
「……あー……」
その背中を見送って、長瀬さんがやれやれと息をつく。
そして、静かに着席してたっぷり玉子サンドに手を伸ばした僕を見て、肩をすくめた。
「キツいな~……お前……」
「そうですか?」
「まぁ、今のは藤堂が全面的に悪いけどな」
そう言って、なぜか長瀬さんが深々と頭を下げる。
「なんか、ごめんな。嫌な思いさせちゃって」
「なんで長瀬さんが謝るんですか? 長瀬さんは何も悪くないじゃないですか」
「そうだけどさ……。でも俺、お前は敵に回したくないわ……」
怖い怖いとばかりに、長瀬さんが身を震わせる。いやいや、そんな危険人物みたいに。
「大丈夫ですって。僕はめったに怒りませんから」
「今のを見ちゃうと、めちゃくちゃ嘘っぽく聞こえる」
「本当ですって」
一陽さんの料理を貶されたから、瞬間沸騰しただけですよ。
そうでもなければ、初対面の人にガチギレして怒鳴り散らしたりしませんって。
「擁護するわけじゃないけど、今アイツちょっと大変でさ……」
長瀬さんがアイスコーヒーを手に、ため息をつく。
「お袋さんがスト起こしちゃってんだよね。もう二週間だっけか」
「スト?」
「家事を一切しませんってさ」
「へぇ……」
「マジで何一つしないんだって。お袋さん、自分の寝室以外は掃除しないし、自分のもの以外は洗濯しないし、自分の食事以外は作らない状態なんだって。親父さんや息子たちが何を言っても、お袋さんは一切聞く耳を持たないって」
母親が一切の家事を放棄するって、相当だと思うけど。いったい何をしたんだ。
それはたしかに大変かもしれないけれど。
「でもそれ、僕にも店にも関係ないじゃないですか。そんな明後日の方向から八つ当たりされても……」
「いやぁ、それがまったくの無関係ってわけでもねーのよ。お袋さん、毎日オシャレして『稲成り』に通ってるらしくてさ」
「は……?」
予想外の方向に転がった話に、思わず目を丸くする。
「うちに、ですか?」
「そう。『イケメンに癒されてくるわ~』なんて言って、楽しげに出かけて行くらしいよ。何年も化粧っけなんかなかったのに、毎朝髪を結って、化粧して、わざわざ着物まで着て『稲成り』に通ってるんだってさ」
「毎日来てる、着物姿の女性?」
「心当たりはある?」
――ある。
「涼やかな水色の着物をお召しになった五十代前半ぐらいの品の良いご婦人が、たしかにここ二週間ほど毎日来られてますね。朝営業の時もあれば、昼営業の時もありますけど」
「たぶんそれだと思う。かなり小柄な方だよ」
「ああ、じゃあいらしてますよ」
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