3-3

 長瀬さんのおずおずとした言葉に、さっそくホットドックに被りつこうとしていた僕は目を見開いた。


「え? 四ノ宮さんが、どうか?」


「あのさ、四ノ宮……二日に一回の頻度で榊木のとこ通ってるだろ?」


「僕のところ?」


 一瞬首を捻ったものの、すぐに『稲成り』のことだと思いいたる。


「ああ、『稲成り』のことですね。はい、そうですね」 


「店にって言うか……四ノ宮はお前に会いに行ってるんじゃないのかって話なんだけど。だって、四ノ宮が店に行くのは営業時間外なんだろ?」


「たしかに、四ノ宮さんが来るのは昼営業が終わってからですけど」


 お金を支払って料理を楽しんでくださっているお客様の目の前で、タダで料理をあげるわけにはいかないからな。

 ホットドックを頬張りながら頷くと、長瀬さんがほんのりと頬赤くして下を向く。


「だ、だからさ、榊木と四ノ宮って、つきあってんのかなー……って」


「あー……」


 ――なるほどね。長瀬さんも四ノ宮さんを意識するようになったってことだ。やったね、四ノ宮さん。頑張れ! 未来は薔薇色だぞ!


「それはないです」


 四ノ宮さんのためにも微塵の疑いも残さないよう、きっぱりと否定する。

 僕の否定に一瞬顔を輝かせたものの――しかし、何もないのに二日に一度の頻度で通う理由がほかに思いつかないからか、すぐに表情を暗くする。


「じゃ、じゃあ、榊木じゃなくて店主さんのほうだったり……?」


 おっと、そう来たか。


「いや、一陽さんはあのとおりの美貌ですけど、恋愛とかはまったく」


 だって、神さまだもんな。そもそも人間と恋愛できるのか? まぁ、できたとしても、一陽さんにその気は微塵もないだろうけれど。


「四ノ宮さんのほうも、一陽さんに思いを寄せているとかいった感じはまったくないです。最初に会った時、一陽さんの美貌に若干引いてたぐらいで」


「あ、そ……そうなんだ?」


「はい。四ノ宮さんもそんな感じだし、一陽さんは一陽さんで、人に飯を食わすことしか考えてないですよ。四ノ宮さんが二日に一度来ているのには、ほかに理由があるんです」


 その言葉に長瀬さんがホッと息をつき、その隣で友達さんがなぜだかムッとした様子で眉を寄せる。あれ? なんで?


「本当かよ。なんなんだよ、その理由って」


 好戦的というか――まるで喧嘩を売っているかのような言い方に目を丸くする。え? そんな不愉快になるようなこと言ったっけ? 百歩譲って、僕が何かしら無神経なことを言ってしまっていたとしても、完全に初対面の相手に対してそんな喧嘩腰にくるか?


「は? あの?」


「おい、やめろよ。藤堂」


「だってそうだろ? 店主の顔で客集めしてる店なんだからさぁ、四ノ宮だけ違うって、なんで言えるんだよ? おかしいじゃねぇか」


 眉をひそめた僕の前で、長瀬さんが慌てて友人を嗜める。

 しかしその友人は、慎むどころか、僕をにらみつけたまま店内に響き渡るような大声で聞き捨てならないことを言う。

 さすがにムッとして、僕は藤堂と呼ばれたその男をにらみ返した。


「はぁ? 『稲成り』が店主の顔で客集めしてるって……どこの情報ですか? それ」


「はぁ? みんな言ってるけど? 顔で誑かした客で連日満員だってな」


『みんな』だぁ?


 具体性ゼロのクセに、『自分一人の意見じゃないです』アピールをするヤツの意見ほど、信用ならないものはない。


 僕はドンとテーブルを叩いた。


「だったら、その『みんな』を連れて来い。それだけは許せない」


「はぁ~? 全員連れてこれるわけねぇだろ。みんなだぞ? 常識で考えろよ。どれだけ人数いると思ってんだ。ってーか、怒ってる時点で図星だって認めたようなものだろ」


「まったく違うから、その『みんな』を連れて来いって言ってんだよ! いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ!」


 我慢ならず、両手をテーブルに叩きつけて立ち上がる。


「どこからの情報か言えないのは、それがお前の妄想だからだろうが! いいか、馬鹿。よく聞け。『店主の顔で客を呼んでる』なんて言えるのは、店に一度も行ったことがない人間だけだ! 一度でも足を運んでいればわかるはずだからな! 店主が客席にほとんど出てこないことぐらい。毎日に近いぐらい通って来てくださってる常連さんでも、店主の顔をちゃんと見たことがある人は少ないはずだ!」


「さ、榊木……」


 長瀬さんがアタフタと腰を浮かして、落ち着いてとばかりに両手を中途半端に上げる。


「榊木、悪かった。ちょ、ちょっと落ち着いて……」


 利用客の視線が、一気に僕らに集まっているのを感じる。

 でも、もう止まらなかった。


 だって、これは許せない!

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