2-7
「信じられへんて言いますんやろ? 別に、信じてもらわれへんでも……」
「そうじゃないよ! 嘘をついたなんて思ってない! だって錦さん、『千瀬ちゃんより優先する用事なんてあらへん』って言ったじゃないか!」
鬱陶しそうにため息をついた錦さんに、さらに叫んでしまう。
そうじゃない。そんな意味で、本当かを訊いたわけじゃない。
本当だったら、それは放っておいてはいけないことだと思うからこそ。
あの時と同じ間違いをしたくなかったから!
「それだけ大事にしている友達のことで、くだらない嘘をつくわけないだろ!?」
錦さんが、目を瞠る。
「誤解させてしまったのなら、謝る。でも……」
そこまで言って、ハッとする。僕は唇を噛んだ。
でも? でも、なんだよ? そのあと、なんて言うつもりだ。
どう足掻いても、これはただの詮索だろう。
「……離してもらえます?」
「あ! ご、ごめん! ……ごめんなさい」
ジロリとにらまれて、慌てて丁寧に言い直す。
パッと彼女の手を離して、僕は再び深々と頭を下げた。
「……嘘じゃないからこそ、不用意に踏み込んでいいことでもなかったと思う。軽々しく詮索したみたいになって、ごめんなさい。でも、もし何か……」
「……お節介は」
言い訳がましい僕の言葉は、案の定途中で封じられてしまう。
おずおすと顔を上げると、錦さんはそんな情けない僕を見上げて、ふっと目を細めた。
「時と場合よりも、まず人を選びはるべきや思いますわ」
その微笑みは、ゾクリと背筋が冷えるほど綺麗だった。
◇*◇
「あー……完全にやらかした……」
「まだうじうじしておるのか。貴様は」
朝営業が終わって、一階に下りてきたクロが、不愉快そうに唸る。
「まったく、朝から鬱陶しいことこの上ない! その軟弱な根性、叩き直してくれる!」
「本当に。じめじめするのはおよしなさい。凛。竈にカビが生えたらどうするのです」
「……追い討ちかけるのやめて。クロ。シロ。マジでへこんでるんだから」
どんよりとしながら薪の準備をする僕に、一陽さんがやれやれと肩をすくめた。
「もう、いいのではないか? 本人はまったく気にしていないようだし」
――たしかに、四ノ宮さんは一陽さんと僕を男として認識しているかどうかも怪しいレベルで気にしてないよな。
「ああ、いや、そっちもなんですけど……。錦さん相手に、いらぬお節介をしようとしてしまったのが……」
あの時の頬笑みを思い出して、ぶるっと身を震わせる。ああ、あんなに恐ろしい笑みがこの世にあるなんて。
でも、怒るのも無理はないと思う。僕の言動は、不躾どころの話じゃなかった。
「たしかに、お節介は、時と場合と人を選ぶべきだと思うぞ。あの娘は正しい」
「そうですね。気になったからと、なんでもかんでも首を突っ込むのは感心しませんよ」
「く、クロ……。シロ……。本当に、追撃やめて……」
死んじゃうから。自己嫌悪で。
ため息をつきながら、いつものように薪を組んだ竈底に、マッチを磨って投げ込む。
「しかし、言葉とは難解なものだな。そして、面白い。『考えておく』が『断る』という意味だとは……」
新聞紙に燃え移った火が次第に大きくなってゆくのを見ながら、一陽さんが興味深げに呟いた。
「その、『いけず』というのか? まったく意味が真逆になるものもあるのだな」
「まぁ、そうですね。『お上手ですなぁ』が『ヘタクソ!』って意味だったり。とにかく角が立たないように、遠回しにやんわり伝える。わりと高度なテクニックだと思います。誰にでもできるものじゃないですね。少なくとも、僕は無理です」
言われた言葉を、頭の中で変換することはできるけど。
「日本語がやや不自由な一陽さんは、真意を読み取るのも苦労しそうですね」
「不自由と言うな。人間のことは、まだ勉強中なだけだ」
一陽さんが憮然として、「天より降臨して、まだ二年しか経っていないのだぞ? まだ知らぬことが多いのは、仕方ないことだろうに」と言う。
店をやるために降臨したのは二年前でしょうけど、『ここ千年ほどは、男の姿をとっておる』って言ってたじゃないですか。千年以上も昔から、その姿でちょいちょい人の世に下りてきては、なんだかんだやってたんでしょう?
まぁ、たしかに、一陽さんが疎いのは、おもに『現代のこと』ではあるんだけど。
僕は小さく肩をすくめて、焚口から中の火を見つめた。
いや、余計なことは考えるな。昨日のやらかしは大いに反省すべきだけど、でもそれと仕事は関係ない。影響させでもしたら、それはもう自己嫌悪どころの話じゃないぞ。
今は、ごはん炊きに集中!
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