2-6
◇*◇
その翌々日。次のバイトへ行く途中、僕は再び『いけずな京のお姫さま』に遭遇した。
錦さんのほうも僕を見つけて、なんだかものすごく嫌そうに顔をしかめる。あ、あれ? そんな反応をされるようなこと、僕したっけ?
「あ! ちょ、ちょっと待ってください!」
間違いなく、僕を避けるためだろう。錦さんがフイッと唐突に角を曲がる。僕は慌てて、そのあとを追いかけた。
「少し、時間を! もらいたいんですけど……!」
そう言いながら隣に並ぶも――錦さんはまったく歩調を緩めることなく(むしろギアを上げつつ)輝かんばかりの笑顔を僕に向けた。
「お忙しいのんと違いますの?」
「……それが『構うな。どっか行け』って意味なのはわかってるからな」
とたんに飛び出た『いけず』に思わずツッコミを入れてしまった僕に、錦さんがまるで宇宙人でも見たかのような顔をする。
「いや! 昨日今日会ったばかりやのに、そのくだけ方。どないしはったんです?」
「…………」
これは、『昨日今日会ったばかりなのに、タメ口をきくとか、気はたしかか?』だ。
僕は素直に、「申し訳ありません」と謝って、息をついた。
「ちょっとお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
丁寧に頼むと、錦さんがものすごく嫌そうに肩をすくめる。
「……ちょっとだけなら。いったい、なんですの?」
「いや、四ノ宮さんの件で」
瞬間、錦さんがピタリと足を止める。
僕はその隙に彼女の前に回り、そして深々と頭を下げた。
「錦さんの指摘はもっともで、そのあたりは、僕も一陽さんも配慮が足りてませんでした。すみません。最初が最初だったんで、そういったことが頭から飛んじゃってて……」
「……!」
彼女にとって意外な行動だったのか、錦さんが大きな目をさらに大きくする。
「でも、ここまでかかわってしまった以上は、中途半端で放り出すわけにもいかなくて。かといって、指摘されたのに、僕らも気づいたのに、本人が気にしてなさそうだからってこのまま続けるというのも、なんだかよくない気がするんです。だから……」
僕はおずおずと、錦さんを見つめた。
「よ、よかったら、錦さんも来ませんか?」
これは、一陽さんの提案。
先日、錦さんに指摘された件を一陽さんに相談したら、「ふむ。そんなものか。人間はつくづく面倒臭いな」とため息をつきつつ、「では、その友達とやらも呼んだらどうだ?要は、女の子一人でなければよいのだろう? うん。それがいい」と言ったのだ。
簡単に言ってくれるよ。ホント。それ、頼むの僕なんだぞ。
「うちが? ああ、人数がおれば、ええやろてことなん?」
錦さんが小さく呟き、にっこりと笑う。
「考えときますわ」
うわぁ、間髪容れず断られた。
僕はがっくりと肩を落とした。
「まぁ、そうですよね。急に言われたって、都合ってもんが……」
「千瀬ちゃんより優先する用事なんてあれへんけど。ただうちは、お料理屋さんにはよう入らへんのよ」
「……!」
その言葉に、僕は思わず顔を上げた。
あれ? これって『いけず』か? 『おたくのお店にはよう入らへんのよ』だったら、間違いなくそうだけど、でも今『お料理屋さんには』って言ったよな?
料理屋全体を揶揄する『いけず』なんであるか? その中には、京都の創業三百年とか四百年とかいう老舗料亭も当然含まれてくるわけで。そもそもお公家さんの血筋の家なら、そういう店とも縁深いだろうし……。
それこそ京都が牽引してきた、世界に誇る日本の和食文化を馬鹿にするなんて……普通、そんな『いけず』はしないよな?
「ほな、そういうことで」
にこにこしながら、そそくさと回れ右をする。もとの道に戻るのだろう。ってことは、やっぱり、こっちに曲がったのは僕を避けるためだったか。
僕、そんなふうに避けられるようなこと、何かしたっけ? ――いや、じゃなくて。
ザワリと冷たいものが背筋を駆け上がる。と同時に、一気に血の気が引く。
「待って! それ、本当!?」
思わず僕はそう叫んで、錦さんの細い手首をつかんだ。
ひどく驚いた様子で、彼女がこちらを振り返る。
「な……?」
「料理屋に入れないって本当!? それって……」
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