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「そうだ。日本文学を、日本文化を愛するならば、日本の食文化も大切にせよ。それこそ、日本人が生み出し、育み、脈々と受け継いできた叡智の結晶よ。『生きる』ための知恵が、そこに詰まっている。先人に学べ。己の人生に生かせ。そして、大いに誇れ」
「……! 誇る?」
「そうだ。誇れ。この美しい日の本の国を。その民であることを。存分にだ」
「っ……はい……!」
四ノ宮さんが、元気よくお返事する。――うん。意気込みはいい感じ。ただ、現実問題、『健康的な食生活』をするための元手が、四ノ宮さんにはないわけで。
僕はどんぶりの中に七味を振り入れながら、横目で一陽さんを見た。
「とはいえ、一陽さん。僕もそうだったんですけど、四ノ宮さんも、五日の給料日まではとにかく金がないそうで。多分、米を買うこともできないと思うんですけど」
「なんだと!? 本当か!?」
再び、一陽さんが四ノ宮さんをギロリとにらむ。
「はい、申し訳ありません。あと三日は、豆腐生活かと……」
「あぁ? ふざけるなよ? 栄養豊富で健康的な食事は、続けなくては意味がない!」
「そ、それはそうなんですけど、でもどうしてもあと三日は……」
背中を丸めて、小さな声でモゴモゴと申し訳なさそうに言う。
一陽さんは眉間のしわをさらに深めると、それを途中で遮った。
「――よい。わかった。ならば、明日から三日間、朝営業終わりと昼営業終わりに来い。時間は十時と十四時だ。両方が無理ならば、片方でも構わん。残りものを処理する役目を、貴様にくれてやる」
「えっ!?」
思いがけない言葉だったのだろう。四ノ宮さんが弾かれたように顔を上げる。
そのまま数秒静止したあと、とんでもないとばかりに両手を振った。
「そ、そんな! 申し訳ないです! お金も払えないのに……」
「残りものだと言っただろう? 金を払う必要はない」
「で、でも……」
「まぁ、聞け。うちの店はわりと効率がよいほうだが、それでも食品ロスはゼロではない。完全にゼロにしたいのだが、そこは客商売――相手があることだからな。思いどおりにはなかなかならない。今日も、湯葉と水菜の炊いたんと、鯖の西京漬が四人前ほど残った。米は、昼営業の分はおけいはんで使い切れたが、朝営業の分のゆめぴりかが少し残った。まぁ、それは冷凍したが」
一陽さんがさらに難しい顔をして、「うちにはよく食べる嫁がいるが……」と僕の頭をポンポンと叩く。
「え? 嫁?」
驚いたように目を丸くした四ノ宮さんに、慌てて「気にしないで」と言う。
一陽さんは、ちょっと現代語が不自由なんだ。
「すぐ食べることがわかっていれば、余りものを弁当にして持ち帰らせたりもするのだが、鯖の西京漬四人前を、一人ですぐ食べることなどできないだろう? 冷凍して、作り置きストックとして持たせてもいいが、しかし明日も、明後日も、この調子で少しずつ残れば、そうもいってられなくなる」
「……それは……」
「実際、僕の家の冷凍庫、常に結構パンパンなんだよね」
何日にもらって何日までに食べ切らなきゃいけないということを冷蔵庫のカレンダーに常に書き込んでいないと、把握できなくなるぐらいには。
「いや、ありがたいんだけどね? 僕、ここでバイトをはじめる前より、あきらかに食費節約できてるからね。健康的な食事をしているにもかかわらず」
でも、まぁたしかに限度はある。冷凍できないものもあるし。
「わかってはいるのだ! こやつにも処理できる限界があることは! しかし、それでも捨てたくない! 自然の恵みを、命を、無駄にする店でありたくはない!」
一陽さんがドンと拳で卓を叩く。
「だから、食いに来い! 娘よ! これは施しではない。『助けあい』だ!」
「助けあい、ですか? 私ばかり得しているような気が……」
「いいや! 今、説明したろう? 確実に、こちらも助かるのだ! そして、助けあいも日本人の立派な文化だ! 昔は、隣の家に味噌や砂糖を借りに行ったものだ! いいか?娘よ! もう一度言う!」
ずいっと、一陽さんが身を乗り出して、四ノ宮さんの瞳を覗き込む。
「私の店を助けるために、来い!」
そして、その言葉とともに、再び力強く卓を叩いた。
「は、はい! で、では、助けていただいたお礼に、通わせていただきます!」
その勢いに気圧されたように、四ノ宮さんが何度も頷く。
そうして――手の中のどんぶりに視線を落とすと、とても嬉しそうに唇を綻ばせた。
「そんなことでお役に立てるのであれば、喜んで」
その笑顔は、大好きな文学について語った時のように、きらきらと輝いていた。
◇*◇
「さて、娘も帰ったことだし……凛。貴様も帰り支度をせよ。閉めるぞ」
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