1-19
「ああ、はい。じゃあ……」
両手を、一陽さんの前に突き出す。
「……? なんだこの手は」
僕としてはごく当たり前の行動だったのだけれど――しかしなぜか一陽さんは、意味がわからないといわんばかりに眉を寄せる。あれ? おかしいな。
「え? 西京漬、四人前余ってるって言ってませんでした?」
四ノ宮さんにおむすび弁当を渡していたけれど、その中に四人前の西京漬が入っているわけもない。当然、まだ余っているはずだ。
「僕もいただいて帰りたいんですけど。西京漬、大好きなんで」
「ああ、あれは嘘だ」
「ええっ!? う、嘘!?」
僕はギョッと目を剥いて、叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。嘘でしょ? 冗談ですよね? だって一陽さん、嘘はつけなかったはずですよね? 神さまだから」
「ああ。人は簡単に嘘をつくが、神にはそれができない。なぜなら神の行いは、すべてが是とされ、受け入れられるからだ。何かを隠す必要がない。取り繕う必要もない。だから嘘をつく必要がない」
そう。そう聞いた。それゆえに、神さまは基本的に他者を謀ることができないのだと。
「そ、それなのに、嘘を?」
「ああ、バレやしないかと冷や冷やしたぞ。だが、貴様も信じていたということは、私は上手く嘘がつけていたのだな」
一陽さんが、ホッとしたように息をついて――しかしすぐに「少し安心したが、これはよかったのか? そんなことが上手くなったところで、嬉しくはないが」と眉を寄せた。
「どうしてなどと訊いてくれるなよ? ああ言えば、厚意を受け取りやすかろう。大体、一年前に貴様が言ったのだぞ? 神だなんて言われても信じられないと。だから、必死に考えて、私が神であることを証明してみせたら、今度は神とお近づきにはなりたくない。神の作ったものなど食べたくないなどと!」
「たしかに言いましたけど……」
いや、でもそれ、間違ってないから。普通の感覚だから。
よく考えてみてほしい。神さまを自称するイタい人とはもちろんかかわりたくないし、かかわる気もないけれど、人智を超えた神さまだって立派に距離を置きたい存在だと思う。ああ、よかったー! 神さまを自称するイタい人じゃなくて、神様だったー! じゃあ、大丈夫だね! なんてことにはならない。絶対に。むしろ個人的には、イタい人よりも、神さまのほうが避けて通りたい。
人間が神さまと共存していられるのは、人間には神さまが認識できないからというのが、大きな理由の一つなんじゃないかと、僕は思っている。本当に存在しているのかどうかは定かではないけれど、困った時に神社に行って拝む。そのぐらいの距離感がちょうどいい。神さまが普通に空を飛んで、そこらで奇跡を起こすようになったら、パニックどころの話じゃない。日本は終わるとさえ思う。
「しかも、なんとか説き伏せ、飯を食わせたあとに、あろうことか『最初に神さまだって言わなければ、もっと素直に食ってたと思うんですけど』って言ったんだ! 貴様は! 不敬にもほどがあるだろうに!」
いや、怒られても困る。神さまなんて、ただの人間からしてみたら、神さまを自称するイタい人以上に得体のしれないものだから。その得体が知れないものが作った料理なんて、口にしたくないと思うのが普通だ。
『倒れていたところを助けてくれた、町の食事処のオーナー』のままでいてくれたほうが、絶対に食べやすい。それは間違いない。
僕ははーっと深いため息をついて、後頭部をガリガリ掻いた。
「あれは絶対に一陽さんが悪いですってば。神さまだと名乗ったばかりか、おけいはんを僕に食べせたあと、なんて提案をしたか覚えてます? 嫁に来いなんて言ったんですよ?私が養ってやるからって」
よくよく聞けば、『賄いを好きなだけ食べさせてやるし、残りものも分けてやるから、うちでバイトしろ。そしてお前が好きな『日本文化』とともに『食』をしっかり学んで、金銭を稼ぎながら、健康を取り戻せ』ってことだったんだけど、それをさぁ、『嫁に来い。私が養ってやるから』って言葉に集約するのは無理があると思わないか?
もちろん、僕はその瞬間、一陽さんを『完全にヤバい神さま』だと思ったし、すぐさま逃げ出そうとした。嫁なんかにされちゃたまらないからな。
そのおかげで、また一悶着も二悶着もあったんだ。
「――言葉が不適切だったことは認める」
一陽さんが苦虫を噛み潰したような顔をして、ため息をつく。
「だから、今回は言わなかったのだ。神さまだということはな。『稲成り』のオーナーに徹してみせた。提案の仕方も、相手の負担にならないようにと考えた。貴様の時のような押し問答は、もうしたくなかったからな!」
「なるほど」
一年前に僕が、『神だって言うなら、今すぐここで証明してみせろ!』と迫ったことや、一陽さんの不適切発言に怯えて逃げ回り、それをなだめるのにものすごい労力を費やしたことなんかが、若干トラウマになっているということか。
そりゃ、大いに反省して、しっかりと改めてほしい。客商売なんだからな。
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