1-17

 その言葉に、四ノ宮さんがハッと息を呑む。


「わかるな?」


「は、はい!」


 素直な返事に、それまでむっつりしていた一陽さんがようやく口もとを綻ばせる。


「それが沁みるということは、貴様が自身を虐げてきた証拠だ」


 穏やかで、柔らかくて、優しい――息を呑むほどに綺麗な頬笑みが、言葉とともに心に染み渡る。


「自分を愛せ。自分を大切にしろ。娘よ。それこそが、『生きる』ということだ」


「はい……!」


 四ノ宮さんが、再び首を縦に振る。

 僕はチラリと隣の一陽さんを一瞥して、やれやれと肩をすくめた。


「一陽さん。お言葉はまったくそのとおりなんですけど、貴様って……。今日、注意しましたよね?」


「大丈夫だ。この娘に対する『貴様』は、ちゃんと罵る目的で使っている」


 ――罵る意味で使うなら大丈夫だなんて言った覚えはないですけど?


 食にかんすることはこれ以上はないぐらい詳しいのに、なんでだろう? 人については若干疎いんだよな。コミュニケーションについても、少々ピントがずれてるって言うか。


 僕は小さく息をついて、四ノ宮さんに笑いかけた。


「口が悪くてごめんね。ものすごく高みからものを言っているように聞こえると思うけど、悪気はないんだよ」


「いえ、そんな……」


 悪気がなければいいってことでもないんだけどね。でも、神さまだから、そのあたりは仕方がないんだよ。ホント、ごめん。


「でも、お説教も沁みただろ?」


「はい」


 四ノ宮さんが頷いて、おけいはんをまた口に運ぶ。


 しっかり咀嚼して、呑みこんで、身体にその栄養と熱が染み渡ってゆくのを感じてから、ほうっと息をつく。


「わかります。どんな言葉よりも明確に、私にはこれが足りなかったんだって……。私の身体は、これを求めていたんだって……」


 そして、どんぶりを大切そうに両手で包んで、顔を歪めた。


「そっか。私、自分を大切にできてなかったんですね」


「自覚なかったろ?」


「ええ。まったくなかったです」


「僕もだよ。自分を虐げてるなんて感覚、全然なかった」


 この身体は、食べたものによってできている。


 考えてみれば、そんなのは当然のことなのに――それでも僕は、指摘されるまでそれを意識することができなかった。


 食べてさえいれば大丈夫だと、勝手に思い込んでいた。


「でも、身体はちゃんと悲鳴を上げてたんだよな」


「そうですね……」


 四ノ宮さんがうなだれる。


「実は私、倒れたのは……今回が三度目で……。はじめは去年の秋。二回目は今年の春。どちらも今回と同じく、いつも以上に本に散財してしまって、一日一食お豆腐かもやしですごすなんてことをやってた時だったんですけど……」


 その言葉に、一陽さんが、その流麗な眉をピクンとはね上げる。


「でも、その時は、空腹のせいだって勝手に思い込んでしまって……。だからとりあえず、昼と夜の一日二食は食べるようにしようって思っただけで終わってしまって……」


「貴様……」


 ギロリとにらみつけられて、四ノ宮さんは「ひゃっ」と首をすくめた。


「一度反省をしたにもかかわらず、同じ過ちを繰り返すとは! 愚かにもほどがあるぞ! そんなことでどうする!」


「す、すみません!」


「身体が悲鳴を上げただけでは足りんと言うか! では、骨の髄まで恐怖させてやろう! いいか? 娘よ。筋肉量が減って基礎代謝が下がると――肥えるぞ」


 その言葉に、四ノ宮さんがビクッと身体を弾かせた。


「こ、肥え!?」


「いいか? 今は、若さでカバーできているだけだ。歳をとってもこのままでいられると思うなよ。筋肉量が減るということは体脂肪率が増えるということでもある。もうすでに隠れ肥満かもしれんが、そのまま基礎代謝がどんどん落ちていったら、どうなると思う? 摂取した糖分や脂肪分は……」


「わわわわわかりました! も、もう食を疎かにはしません! 絶対にしません!」


 四ノ宮さんが一気に顔色を失くして、震え上がる。

 その本気で怯えた様子に、どうやら溜飲が下がったらしい。一陽さんは目を細めると、満足げに頷いた。

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