1-15
「奄美諸島の郷土料理である『
「たしかに、わかりやすいですけど」
でも、なんか釈然としないというか。
「えっと……ケイ、ハン……?」
四ノ宮さんが僕らを交互に見て、再び首を捻る。
「鶏の飯と書いて、鶏飯だ。鶏飯は、米にほぐした鶏肉、錦糸卵、椎茸、パパイヤ漬けか沢庵漬けなどの具材と、葱、きざみ海苔、刻んだタンカンの皮、白胡麻などの薬味をのせ、丸鶏を煮て取ったスープをかけて食べる料理だ。沖縄県にも、同じ字でケーファンと読む似たような料理がある。米にほぐした鶏肉、椎茸、ニンジン、シマナーと呼ばれる高菜、錦糸卵を載せ、鶏や鰹節でとった出汁をかけて食べる料理だ。薬味は、おろし生姜や山葵、すり胡麻などだな」
「へぇ……」
「この『おけいはん』は、米にほぐした鶏肉に錦糸卵、椎茸、きざみすぐき、たっぷりの九条葱ときざみ海苔を載せて、鶏ガラに昆布を加えて取った一番スープをかけて食べる。薬味はお好みで、おろし生姜やすり胡麻、七味など」
「なるほど。鶏飯の京風アレンジだから、おけいはん……」
「そうだ」
一陽さんが大きく頷き、傍らに置いていた横手型の急須を手に取る。
そして、四ノ宮さんの目の前で、出汁をゆっくりとどんぶりに注ぎ入れた。
その一点の濁りもない、輝くように澄んだスープに、四ノ宮さんが息を呑む。
鶏出汁のよい香りがあたりに漂い――僕のお腹がそれに反応してしまう。ぐ~っというその小気味のいい音に、一陽さんがやれやれとため息をついた。
「……貴様は……」
「いやいや、そんな呆れられても。昼ごはん食べたの、十時半ですから。もう十六時過ぎですよ? 普通にお腹減りますって」
一陽さんは仕方ないなとばかりに肩をすくめて、ゆっくりと立ち上がった。
「同じものでいいなら、盛りつけるだけだから、すぐに出せるが?」
「……! 本当ですか!? ぜ、ぜひ!」
それは思いがけない言葉だったのだけれど、僕は間髪容れず飛びついた。
「一年ぶりですし、食べたいです!」
「そうか。じゃあ、一分待て」
一陽さんがダイドコに入ってゆく。僕は思わず拳を握り締めた。 やった! めちゃくちゃ嬉しい!
「一年、ぶり……?」
一人意味がわかっていない四ノ宮さんが呟く。
僕は、そのきょとんとした顔を見つめて頷いた。
「僕も、一年前に倒れたんだよ。この店の前で」
「えっ!?」
「理由も、四ノ宮さんとほぼ同じだ。食生活を疎かにしすぎて、栄養不足に陥った上での体調不良」
四ノ宮さんが言葉を失う。僕は座卓に頬杖をついて、美しい奥庭を見つめた。
「あのころは、元気な日なんてほとんどなかったな。いつもどこかしら、調子が悪かった。僕も四ノ宮さんと同じく、好きなものにはわりと猪突猛進なタイプなんだよね。だから、第一希望の大学に入って、好きなことを好きなだけ学べる状況に、テンションがおかしくなっちゃっててさ」
「…………」
「一応、『健康的で規則正しい生活』をしなきゃとは思っていたんだよ? 親父に心配をかけたくなかったし。でも思ってただけで、具体的には何もしなかった。栄養がどうとか、そういう知識がなかったってのもあるけど、きちんとした食事を心がけたら、それなりにお金も時間もかかるだろ?」
それよりも、ほかのことにお金も時間も使いたかった。
「朝は食べない。昼は安くて簡単に済ませられるもの。夜も安くて腹にたまればなんでも構わない。とにかく食事なんかで、お金も時間も使ってたまるかって思ってた」
四ノ宮さんが俯く。おそらく、自身にも覚えがあることなんだろう。
僕はあらためて四ノ宮さんを真っ直ぐ見つめると、ほかほかと湯気を立てるどんぶりを手で示した。
「食べて。四ノ宮さん。めちゃくちゃ美味いから」
それは、僕の考え方を根底から変えた料理なんだ。
僕が、僕であるための努力をするようになった、大切な――思い出の料理。
四ノ宮さんが、ドンブリに視線を落とす。そして、傍らの木匙を手に取った。
まずは、澄みきったスープから。
「っ……!」
おそるおそるといった様子で一口啜って――その瞬間、大きく目を見開く。
すぐにもう一度掬って、息を吹きかけて冷ますのもそこそこに、口に入れる。
「あ、あっつ……」
それでも、匙は止まらない。何度も何度も口に運ぶ。
僕は目を細めた。一年前の僕もそうだった。感謝の言葉も忘れて、無心で食べた。
美味しくて。
ただただ、涙が出るほど美味しくて――。
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