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 僕は頷いた。


 京町家には六つの種類があって、厨子二階はその一つ。江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い様式で、二階の天井が低いことが特徴。天井が低くて半分は吹き抜けの、まるで屋根裏部屋のようなここは、昔は物置や使用人の寝泊まりに使われていたそうだ。

 でも、和室のほうは普通の天井の高さ。そちらは、総二階という様式。


 総二階も、京町家の分類の一つ。一階と同じぐらい二階も天井が高い。その名のとおり普通の二階建ての町家。明治後期から昭和初期に流行った様式だ。


「た、建物の半分ずつで、年代と様式が違う京町家なんて!」


「そう。もともとは、明治初期に建てられた厨子二階の町家だったらしいんだけど、昭和初期に半分だけ総二階に改装したって話」


「明治時代築の厨子二階と昭和初期の総二階のハイブリッドだなんて、ああ、すごい! このまま博物館に収めておきたい!」


 ……僕と同じこと言ってる。


 感激し切りながら、四ノ宮さんは手すりから身を乗り出して、下を覗き込んだ。


「ハシリが……通り庭がそのまま……。ああ、すごい。井戸も、流し台も、おくどさんもそのまま残っているんですね。もしかして、まだ現役だったり?」


「うん。厨房も別にあるけれど、毎日あのおくどさんで煮炊きしてるよ」


「す、すごい! じゃあ――」


 そのまま、何やら言いかけた――その時。一陽さんがダイドコからひょこっと姿を現す。

 瞬間、四ノ宮さんはビクッと肩を弾かせ、唖然とした様子で口を開けた。


「凛。そろそろ下りてこい」


 一陽さんは四ノ宮さんには目もくれず、僕をまっすぐに見上げてそう言って、そのままさっさと引っ込んでしまった。どうやら、相当おかんむりらしい。


「ごめん。あとでまた頼んであげるからさ、先に交換条件のほうをお願いしてもいい?」


 そう言うと、信じられないものを見たと言わんばかりに呆然としていた四ノ宮さんが、ようやく魂を取り戻したかのようにブルリと身を震わせ、こちらを見た。


「な、なんですか……? あの神がかり的な美形さんは……」


「……まぁ、神がかってはいるだろうね」


 神さまだしね。


「あの人が、ここの店主なんだよ。一陽さんっていうんだ。数字の一に、太陽の陽」


 一陽来福の一陽だ。お稲荷さんらしい名前だと思う。


「一陽、さん……ですか……」


 四ノ宮さんが「神さまに愛されているとしか思えない方ですね」と感嘆の息をつく。


 神さまに愛されているどころか、神さまそのものなんだけどね。


「じゃあ、階下したに行こうか」


「は、はい」


 急いで次の間へと戻って、階段を下りる。


「――凛。こっちだ」


 ダイドコから出てきた一陽さんが、オクにある座卓に食器を並べながら僕を呼ぶ。


「はい。四ノ宮さん……」


 振り返ると、僕に続いて下りてきた四ノ宮さんは、「は、箱階段だ! す、すごい! 使い込まれて黒々としている感じがもう! ああ、坪庭も!」と感激しながら、しきりにキョロキョロしている。


「四ノ宮さん、こっち」 


 ごめんね。あとでまた、感動を噛み締める時間はあげるから。


「お、奥庭も素敵ですね!」


「そうだね。見ながらでいいからさ。ここに座って」


 僕は座布団をポンと叩いて、自らはその隣に座る。


 四ノ宮さんは、部屋の設えや、美しく作り込まれた庭、向かいの神さびた美形と忙しく視線を動かしながらも、言われるまま素早く腰を下ろした。


「えっと……」


「さぁ、食え。だ」


 一陽さんが、その目の前にドンとどんぶりを置く。


 そこには、茹でてからほぐした鶏肉と錦糸卵、甘めに煮た椎茸にきざみすぐき、そしてたっぷりの細かく輪切りに刻んだ九条葱にきざみ海苔が、美しく盛られていた。


 彩り鮮やかなそれをまじまじと見つめて、四ノ宮さんが小首を傾げる


「おけい、はん……?」


「一陽さん。そのネーミング、どうにかなりませんか? それ、京阪電気鉄道のイメージキャラクターの名前なんですけど」


 一年前にも言いましたよね?


 ため息をつく僕に、しかし一陽さんは、何を言ってるんだとばかりに眉を寄せる。


「何を言う。おけいはんは、普通の方言だ。固有名詞ではないぞ」


「いや、そうなんですけど……」


 たしかに『おけいはん』は、もともと『けい子さん』を意味する方言だ。それに社名の『京阪けいはん』をかけて、『おけいはん』というイメージキャラクターを作られたわけだから、もちろん商標がどうとかいう話にはならないけれど。

 でも、どうしても、京阪沿線に住む人間からすると、『おけいはん』ははんなり京美人なんだよ。だから、どうしても違和感があるって言うか。

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