1-11
「えっ!? さ、榊木、くん……?」
僕はびっくりして、女性をまじまじと見つめた。
歳は僕と同じぐらいだろうか? 目尻が少し下がった大きな目に、同じくやや下がった困り眉。肩までの髪は、少しだけ赤みがかったブルネット。
全体的に小づくりというか、小さくて華奢だ。シンプルなブラウスに、ひらりと揺れるシフォンスカート。一陽さんが言っていた厚手のカーディガンは夏らしい淡い青で、今は膝の上にあった。
地味――と言ったら言葉が悪いけれど、同年代にしては落ち着きがあって、はんなりと可憐な子だった。
「え? なんで僕の名前……。あれ? どこかでお会いしましたっけ?」
「え? いえ……あの、その……」
女性がさっと居住いを正して、なんだか恐縮した様子で頭を下げる。
「実は私、同じ大学でして。四ノ宮
マジか。
「ご、ごめん。知らなくて……」
「あ、いえ、謝らないでください。お、同じ大学の同じ学部ってだけなので、榊木くんが私を知らないのは当然なんです」
思わず謝ってしまった僕に、女性――四ノ宮さんが慌てて両手を振る。
「だって、その検索条件だと八百人以上がヒットしちゃうわけですから。私も、たまたま榊木くんのことは知っていただけで、知人と言える人はごくわずかですし。ええと……」
四ノ宮さんがオロオロしながら、ひどく申し訳なさそうに言う。
僕はふと眉を寄せて、その傍らに膝をついた。
「四ノ宮さん? 顔が真っ赤なんだけど、暑い?」
さっきまで完全に色を失っていた顔が、今度は真っ赤だ。熱でもあるのだろうか?
クロは心配ないみたいなことを言っていたけれど、でもこれは。
「え? あ、いえ、違います。ちょっと……その……興奮してしまって」
「興奮?」
「は、はい。ものすごく、お美しいお部屋だと思って……」
思いがけない言葉に、思わず目を丸くする。
「この部屋が、美しいから?」
「はい! 昔ながらの竿縁天井も、真鍮で装飾されたレトロなガラスのランプも、繊細な透かし欄間も、襖も、その引き手も、もう全部が素敵で! 柱や窓枠……廊下なんかも、飴色になって黒ずんで、その風合いが本当に素晴らしいです! たしかな歴史が刻まれた物って、どうしてこうときめくんでしょうね! たまらないです!」
――なるほど。クロの言葉の意味がわかった。たしかにこの子、僕によく似てる。
「総二階の京町家なのかなって思ったんですけど……」
四ノ宮さんが「でも、向こうに」と足もとのほうの襖を指差す。
「あの襖の向こうに、斜めになった天井の一部と手すりが見えるんですよね。もしかして、あちらは吹き抜けなんじゃないかって思ったりして……」
「ああ、そうですけど、見ます?」
「いいいいいいいいいんですか!?」
僕に喰らいつかんばかりの勢いで、四ノ宮さんが身を乗り出す。僕は思わず苦笑した。ああ、わかるよ。その気持ち。
「その前に、体調を確認させてくれる? 四ノ宮さん、うちの店の前で倒れたんだけど、わかってる?」
瞬間、四ノ宮さんがビクッと身を弾かせ、わたわたと頭を下げる。
「あ……! そ、そうでした! すみません! ご迷惑をおかけして」
「いや、謝らなくていいから。今は、体調はどう? 大丈夫?」
「……あー……はい。ちょっと、スッキリしました。眠れたからでしょうか?」
その答えに、内心肩をすくめる。これは、ほとんど体調よくなってないな?
「眩暈や吐き気は?」
「ないです」
「熱っぽさは?」
「それもないです」
「首筋を触って確かめてもいい?」
「え? あ、はい」
四ノ宮さんが頷く。僕は「じゃあ、失礼して」と言って、手の甲を四ノ宮さんの首筋に当てた。
「――うん。顔は赤いけど、熱があるわけじゃないみたいだね。ついでに、手もいい?」
「手、ですか? いいですけど」
「うん。ちょっと失礼」
不思議そうにしている四ノ宮さんの手を取って、その爪を見る。
白っぽく、つやがなくなっていて、アーチがほとんどないうえに薄い。――間違いない。完全に鉄欠乏だ。
僕は小さく息をついて、彼女の顔をじっと見つめた。
「でも、常に倦怠感がある。そのせいか、少しのことで息切れする。とにかく疲れやすい。しっかり寝ても疲れが取れず、寝起きは最悪。そして日中どうしても眠くなる。そのくせ、夜は寝入るまでに時間がかかる」
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