1-12

「え?」


「立ちくらみや眩暈、耳鳴りが頻繁にある。頭痛も慢性的にある。顔色が悪く、肌荒れも気になる。気分が落ち込んでベッドから動けない日もある。食欲不振。冷え症」


「あ、あの……」


「当たってるでしょ?」


「……はい……」


 見透かされているようで居心地悪いのか、決まりが悪そうにしながら頷く。


「お恥ずかしい話ですが、すべて当たってます」 


 そうだろうね。これだけ目に見える形でサインが出てるんだから。


「……たしかに、僕よりかなりひどいな」


「え?」


「いや、こっちの話。四ノ宮さん、お昼は食べた?」


「あ、いえ、まだ食べてなかったです」


「朝は?」


「朝食は、基本的には摂らないです。それよりも、ギリギリまで寝ていたくて……」


 ――完全に、一年前の僕と同じ思考回路だ。


「じゃあ、昨日の夜は?」


「お豆腐です。近くのスーパーで、一パック三十八円なんです」


「そうきたか。豆腐のみ?」


「ええ。その、ちょっとお金がなくて……」


 ひどく言いにくそうにモゴモゴと呟いて、四ノ宮さんが俯く。


「その、バイトのお給料が月末締めの翌月五日払いなので、ちょうど今が一番お金がない時でして……ええと……」


 そこまで言うと、観念した様子で両手で顔を覆った。


内田うちだ百閒ひゃっけん著、谷中たになか安規やすのり画の絵本、『絵入り御伽噺 王様の背中』の初版を、こ、古書店で見つけてしまって、か、買わずにはいられなくて! だって、十万軽く超えるはずなのに、たったの八万円だったんです!」


「……八万円を『たったの』って言うな」


 思わずツッコミを入れてしまう。


「いえ、そうなんですけど……。でもやっぱりお安いんですよ! 本の価値を考えると!あ、あと、昭和五年に平凡社より出された『世界探偵小説全集』の、江戸川乱歩が訳した『シャーロック・ホームズの冒険』もあって、それも買ってしまったんです。ですから、その……今月は本当に苦しくて……」


「ちなみに、そのお豆腐生活はどれぐらい続いてるの?」


「と、十日ほど……?」


「マジか」


 女の子で、ダイエットをしているわけでもないのにそれは、なかなかアグレッシブだな。


「え? でもアレ、江戸川乱歩は自分で訳してなかったんだろ? 乱歩自身がのちにそう言ってるよな? それなのに欲しかったのか? 豆腐生活と引き換えにするほど?」


 そう言うと、四ノ宮さんが目を丸くする。


「よくご存知で。さすが、話せますね。榊木くん……」


「いや、話せるわけじゃないと思う。たまたま知ってただけだよ」


「名前を貸しただけで乱歩自身は訳していないからこそ、読んでみたかったんですよ! だって、考えてもみてください。江戸川乱歩訳として世に出るということは、正体不明の本物の訳者ゴーストは、読者が違和感を抱かないよう、この物語をと思いませんか?」


 その面白い視点に、今度は僕が目を丸くする番。


「それに、延原謙訳の新潮社文庫版、大久保康雄訳のハヤカワ文庫版、創元推理文庫版は阿部知二訳のものと、深町真理子新訳のものを両方。そのほか、講談社版にちくま文庫版、河出書房新社版、光文社文庫版と近年のものは大体持ってますので、比べるのも面白いと思ってしまって……ほとんど衝動買いです……」


「……なるほど」


 熱心に語る四ノ宮さんに、思わずニヤリと笑ってしまう。


「いい文学ヲタクっぷりで」


「いえいえ、まだまだです」


 四ノ宮さんがにっこりと笑う。


 何かを一心不乱に追いかけることができる人は、誰がなんと言おうと素敵だ。そして、好きであることを恥じないところも、またいい。


「日本文学に目がなくて、日本文化にも明るいとなれば、ここはたまらないよな。わかる。わかる。じゃあ、存分に見ていっていいよ」


「ほ、本当ですか!?」


「その代わり」


 顔を輝かせた四ノ宮さんの目の前に、僕は人差し指を突きつけた。


「飯食って行って。ここ、飯屋なんだ」


「え?」


 予想だにしなかった言葉なのだろう。四ノ宮さんがきょとんとする。

 しかし、すぐに悲しそうに俯くと、小さな声でモゴモゴと言った。


「あ、あの、ごめんなさい……。先ほど言ったとおり、今はお金が……」

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