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「……おっと。きたな」
火が大きくなってきたのを見計らって、火吹き竹を吹いて、焚口から内部に空気を送る。
中の炎が、空気によって大きく、強くなる。赤々と燃えるそれを見つめて、さらに吹く。
そうしてしっかり強い火を育てて、羽釜の様子を窺う。
――と、その時。
「凛」
ダイドコから、大きな鉄の囲炉裏鍋を持った男が、ひょこっと顔を覗かせた。この店の店主だ。
外見の年齢は、僕よりいくつか上といったところだ。二十代後半。
こちらを真っ直ぐに見つめる双眸は、輝かんばかりの金色。引き締まった頬に、通った鼻筋。なめらかな真珠色の肌に、薄くて形の良い唇。通り抜ける風にふわりと揺れる髪は、極上の絹糸のような純白。
『美形』なんて言葉では、とてもじゃないけれど言い表せない美しさ。
世の中にイケメンはたくさんいるけれど、そんな好みやらなんやらで左右されるような次元じゃない。百人に訊けば、間違いなく百人全員が美しいと絶賛するだろう完璧さ。
美に取りつかれた芸術の巨匠たちが、焦がれて焦がれて――人生をかけて挑むも、作り出すことができなかった究極の美。そんな神さびた『美形』だ。
しかし格好は、僕と同じく紺色の作務衣に下駄。頭にタオル。人間の姿の時は、それがお決まりだ。彼曰く、『神の時の格好はゴテゴテしておるから、人間の時ぐらいはラクでありたい。それが一番』らしい。
僕は、パンと膝を払って立ち上がった。
この方が、一年前――僕が出逢った『神さま』だ。
それは比喩でもなんでもない。正真正銘、彼は神さまなのだ。人間ではなく。
もっと具体的に言うと、『
何を言っているのかと思われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。
勘違いしないでほしいのだけれど、日本文化や日本文化史を専攻しているぐらいだから、確かに僕は、神さまをわりと信じているほうだと思うし、初詣は神社に参拝して厄除けのお守りを買い、合格祈願や必勝祈願など、ここぞという時はしっかり神頼み。それなのに、お葬式はもちろん、お盆やお彼岸など先祖の供養はお寺で。かと思えば、夫婦となるべく交わす永遠の愛の誓いは教会で。キリストの降誕生祭であるクリスマスも、盛大に楽しむ。そんな――日本人特有のごった煮な宗教感も、面白くて大好きだ。
しかし、だからといって、『神を自称する人』を信仰するなんて趣味はない。
一年前――彼が自分は神だと自己紹介をした時は、完全に『イタい人』だと思ったし、かかわってなるものかとすぐさま離れようとした。しかも、かなり露骨に。
僕は猜疑心も警戒心もかなり旺盛なほうで、他人を信用するにもかなり時間がかかる。
それでも今、彼が『稲荷大明神』であり、『宇迦之御魂神』であることを信じている。いや、『信じている』は適切な言葉ではないだろう。僕が信じようと、信じまいと、彼が神さまであるという『事実』は一切揺るがないからだ。
そう。彼が神さまであることは、ただの『純然たる事実』でしかない。
猜疑心も警戒心も旺盛だと言っておきながら、どうしてそんな突拍子もない『現実』を受け入れることができたのか。
答えは簡単だ。彼は僕に、自分が神さまであることを完璧に証明してみせたから。
そして、その日を境に、僕の人生は大きく変わったのだった。
僕は彼――ちなみに、人間の時の呼び名は『
「今日のお味噌汁の具材はなんですか?」
「水茄子とわかめだな。釜が沸騰し次第、火にかけてくれていい」
「わかりました」
一陽さんの足もとから、二匹の狐――いや、厳密には僕らが知る狐ではない。見た目は狐によく似ているけれど、大きさは猫ぐらいしかなく、太くて立派な尻尾は五本もあり、目尻と額に朱色の文様が入っていて、人の言葉を話す、『狐っぽいもの』が出てくる。
「あ、ちょっと……!」
ハシリに下りてトコトコと歩き出した二匹に、慌てて声をかける。
「今は風を通してるところだから、見えるところをチョロチョロしないでくれ。飲食店で獣がうろついてるのはマズいだろ?」
すると、黒い『狐っぽいもの』が、ムッとした様子で僕を見上げた。
「我らを獣とは! 無礼な! いくらぬしさまの嫁といえど言って良いことと悪いことがあるぞ!」
「あーはいはい。すみません。神の
って言うか、嫁って言うな。それもやめろ。僕はバイトだ。
「大丈夫です。わかっておりますよ。凛」
白い『狐っぽいもの』が、トンとカミダイドコに上がって、こちらを振り返る。
「二階に行くだけです。心配せぬよう」
「あ、そうなんだ。よかった」
「まったく。貴様は」
黒いのが、憮然として僕をにらみつける。
「我らが、ぬしさまの邪魔をするわけがなかろうに」
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