ある日のこと④

 ヒーローごっこが大好きな優希くんと、その友達の大和くんと出会ったその後、時間は経つのが早いもので、メリッサちゃんのクラスは帰りの会をしてました。担任の先生が生徒達に「気を付けて下校しましょう」と言い、皆も元気に返事をします。


「さようなら!」の言葉が合図かのように、その言葉を言った瞬間、クラスの皆が一斉に動き始めます。友達とお喋りをする子、この後習い事があるから急いで帰る子、学童保育に行く子……など、文字通り様々です。


 では、メリッサちゃんは何をしているのでしょうか? 見れば、一人で帰る準備をしていました。周りにクラスの子がいるのに、メリッサちゃんは声をかける様子もありません。


 すると……


「────リー! メリー! おーい!」


 男子が誰かを呼ぶ声がメリッサちゃんの耳に届きました。その男子は何度も“メリー”という子の名前を呼んでいます。


 うるさいなと思いつつ、メリッサちゃんは自分には関係のない事なので早く帰ろうとしました。けど、教室のドアに目を向けて驚き、目を丸くしました。なんと、優希くんがいたのです。しかも、メリッサちゃんに手を振ってるではありませんか。


「あっ、メリー! やっと気づいた! 無視されてるのかと思ったぜ!」


 更にメリッサちゃんは驚きました。“メリー”と呼ばれていた人物が自分のことだったことに。


 驚いたまま、メリッサちゃんは優希くんの質問を無視して質問しました。


「え、メリーってアタシのことだったの!?」

「そう。メリーの方が呼びやすいから。ダメか?」


 優希くんが首を曲げて、ぽかんと間抜けな顔をしています。普段のメリッサちゃんなら、「気安くあだ名で呼ばないで!」とキッパリ怒っていたでしょう。


 けど何故でしょうか。メリッサちゃんは今、揺らいでいます。優希くんの間抜けな顔が、縋りついてるポメラニアンにしか見えないからです。……メリッサちゃんは、きっと疲れているのでしょう。


 その結果、メリッサちゃんはそっぽを向きながら言いました。


「まぁ別に……アンタなら良いけど」

「サンキュー! あと一緒に帰ろうぜ! 大和もいる!」


 優希くんの後ろをよく見れば、大和くんの姿もありました。少し申し訳なさそうな顔をしています。メリッサちゃんも、大和くんがいて顔が熱くなりました。“優希くんだけならあだ名で呼んでもいい”という会話を大和くんに聞かれたこという事実に、穴があったら入りたい気分です。


 でもそうとは悟られないように、メリッサちゃんは自ら別の話題を振りました。


「そういえば、何でアタシのクラス分かったのよ?」

「名札に一年四組って書いてあった! ちなみにオレと大和は一組な!」

「……あっそ」


 メリッサちゃんは墓穴を掘りました。そして、更に顔が熱くなりました。優希くんがあの時自分の名札を見て、クラスをわざわざ覚えていたことにメリッサちゃんは照れてしまったのです。しかも、一緒に帰ろう! って誘う為だけに。


 もうメリッサちゃんは自分から話題を振ることをやめました。


 ───────────────────────────────


「メリーってどこら辺に住んでんの? オレん家あっちで、途中まで大和と一緒なんだ」


 帰り道。優希くんを真ん中に大和くんとメリッサちゃんは仲良く下校してました。だいたいは優希くんの話と、今日あった学校の出来事ばかりですが、それでも優希くんの話し方が面白いのか二人は笑っていました。


「アタシは向こうだから……そろそろだね」

「マジかぁ。まぁでも、明日も学校で会えるしな! じゃあ、また明日!」

「うんっ、また! 大和くんもバイバイ〜!」

「うん、また明日ね」


 子供は友達になるのが早ければ、仲良くなるスピードも一瞬のようですね。最後にはお互いに手を振って、道を分かれました。メリッサちゃんも大和くんも最初は気まづそうでしたが、今ではもう笑顔です。


 二人になった優希くんと大和くん。メリッサちゃんがいなくなって気まずくなる……なんて事はならず、再び会話を始めました。二人で喋り、笑い合い、途中で少し寄り道をしながら、ちょっとずつ帰って行きます。


 すると、風が吹きました。木の葉がシャカシャカと揺れ、優希くんと大和くんは涼しげな顔をします。が、その風が突然強くなり、暴風のように変わりました。思わず優希くんと大和くんは電柱に掴まります。


「きゃっ─────!」


 でも突然の強い風に対処しきれなかった人がいました。それは、両手に荷物を抱き抱えていた女の人です。その女の人は頭に白の帽子を被っていて、風のせいで帽子が飛んでいってしまったのです。帽子は今、女の人よりも背が高い木の上に挟まっています。


 その一部始終を見ていた優希くん。突然の強い風、飛ばされた帽子、困っている女の人。この状況を見て、する事は一つです。


「え、優希くん!?」


 優希くんはマントを装着し、颯爽と女の人の元へ駆けつけました。


「大丈夫ですか!? お姉さん!」

「えっ!? あっ、はい」

「正義のヒーローが来たからもう安心! あの帽子、オレが取ってみせます!」

「えぇ!? 危ないから大丈夫だよ! ──────ちょっと君!」


 女の人の制止も聞かず、優希くんは木を登り始めました。……分かる人には分かりますが、優希くんのような元気で活発な子は一度は木を登ったことがあるのです。


 なので優希くんは木登りは得意なのです。今も難無く木を登り、帽子があるところまで辿り着きました。けど、ここからが本番です。帽子がある位置が、枝の先の方なのです。しかも、細いではありませんか! 優希くん、どうする!?


「君! 大丈夫だから! 危ないから降りてきて!」

「優希くん! 降りてきて! 危ないよ!」


 木の下で、女の人が優希くんを心配して叫びます。大和くんも心配して叫んでいます。でもそれでも優希くんはやめません。なぜなら、もう木の先の方へ体を出して手を伸ばしてるからです。


 あと少し。あともう少しの所で手が届く。そんな距離。優希くんは思いました。手が伸びたら良かった、と。


 と思った次の瞬間──────


「……っ、取れた! ──────うわぁぁ!?」


 優希くんは帽子を掴むことに成功し、同時に木から落ちました。優希くんが落下するのを見て、女の人も小さく悲鳴を上げ、大和くんは思わず目を両手で隠します。友達の死体は見たくない、と本能がそうしたのでしょう。


「……痛てててっ」


 けど、大丈夫! 優希くんは生きていました! 大和くん良かったね!


 大和くんと女の人は優希くんに駆け寄り、怪我はないかと心配します。右腕と両足が少し擦りむいてましたが、大事にはなっていませんでした。


 急いで女の人が荷物の中から綺麗な水のペットボトルを出し、優希くんの傷を洗います。そこからハンカチで拭き、蜂の絵が描かれてる絆創膏で手当してくれました。あっという間の作業に、優希くんと大和くんは思わず「おお……!」という声を漏らします。そして、優希くんは女の人にお礼を言いました。


「ありがとう!」


 と。

 そして、女の人に帽子を渡しました。女の人も優希くんから帽子を受け取り、優しく微笑んで言いました。


「ありがとう、格好良いヒーロー君。でもあんまり無茶しちゃダメだよ。お友達も凄く心配してたからね」

「え……あ、はい!」


 そう言うと、女の人は帽子を被って、優希くんと大和くんに飴を一つずつあげて帰って行きました。レモン味とメロン味。大和くんはレモンが苦手なので、優希くんに交渉を持ちかけました。


「ねぇ、優希くん。僕レモン苦手だから、出来ればメロン味が良いんだけど……ってあれ? 優希くん? おーい」


 でも優希くんは一点を見つめたまま、全く動きませんでした。どうしたんだろう? と顔を覗き込む大和くん。すると、今度は優希くんが急に動き始めました。


「大和! オレは恋をしたかもしれない!」

「わぁ!? えっ、な、何急に!?」

「あのお姉さんだよ! 凄くドキドキした!」


 優希くんはさっきの女の人の顔をもう一度思い出しました。最初は全く気にもしてませんでしたが、最後に微笑んでいた顔が忘れられないのです。長い黒髪に、黒縁の丸メガネ、綺麗な肌に、優しい顔。優希くんの心は完全に恋のキューピットに射抜かれていました。


「待ってよ優希くん! あのお姉さん美人だよ!? 優希くんが好きになるってことは、絶対彼氏いるよ!」

「いーや! あのお姉さんは今回のことで絶対オレに惚れたね! ああ、名前聞いとけばよかった!」

「どこにそんな自信が……。まぁでも、もう会うことはないと思うよ」

「何でそういうこと言うんだよ! オレはまた会えると思うね! 運命を感じる!」

「はいはい」


 優希くんの話を軽くあしらう大和くん。優希くんのポジティブさは、たまに度を超えすぎる時があるから困るなぁ、と一人頭を抱えました。……まぁ、それはそうと


「ところで、メロン味──────」

「オレの恋を応援してくれるなら渡す」

「…………………………任せてよ!」

「頼りにしてるぜ! 親友!」


 レモン味の飴とメロン味の飴を交換してくれるなら、話は別になるみたいです。

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