ある日のこと③
桜の蕾が芽を出し始め、その芽が開き、綺麗な花を咲かせた頃には優希くんは小学一年生になっていました。卒園式では、お父さんとお母さんは優希くんの立派に成長した姿に涙を流し、カメラの映像はほぼブレてました。
そんなこんなで、今の優希くんは小学生の仲間入りです。本人も小学校に入学してから、少し大人ぶって張り切っています。
ですが今も、ヒーローは大好きでした。六歳の誕生日に貰った赤色のマントも大切にしてます。……そのせいで、優希くんの担任の先生がどうやら少し困っているみたいです。
「優希くん、学校にマントは持って来たらダメって何度も言ってるでしょ!」
「だってオレ、ヒーローだもん!」
「ヒーローでも学校ではダメなの!」
“少し”ではなく、“かなり”困ってるようですね。なんと優希くん、学校にまでマントを羽織って来てるみたいです。流石にプールのゴーグルまでは頭に装着してないですね。まぁ、この前没収されたからなんですけど。
優希くんの担任の先生──────
だから朝日南先生は正直、お手上げでした。無理やり奪うことも出来ますが、優希くんがマントを大切にしてる事を知っているのでそうもいけません。
このクソガキをどうするか……と悩んでいると、朝日南先生にとっての救世主が現れました。
「優希くん、今は勉強する時間だから、休み時間になったらマント着れば良いんじゃない?」
優しく、穏やかな声。その声の主は、大和くんでした。
そう、優希くんと大和くんは別々の幼稚園、保育園でしたが、小学校は同じだったのです。しかも、これまた嬉しいことに同じクラスだったのです。なんて偶然なのでしょうか! まるで都合のいい展開のようですね!
大和くんの登場に朝日南先生は目を輝かせました。心の中で雄叫びを上げています。何故なら、優希くんと大和くんはとても仲が良いからです。そして、大和くんは雰囲気がほんわかしてるので、優希くんを説得出来ると思ってるからです。
大和くんの言葉に優希くんはムスッと顔を膨らませました。
「何でだよ! 別に良いじゃんか、マント着てても!オレ一番後ろの席だからジャマじゃないし!」
「ヒーローだって、いつも変身してるわけじゃないでしょ? ヒーローは、困ってる人がいたら変身するよね。だから優希くんも、誰かが困ってる時に変身したら良いと思ったんだ」
朝日南先生は感動しました。そして、脳が震えました。目の前にいる大和くんの年齢が、本当に六歳なのか確認したくなったくらいです。中身は大人ではないのか? とも思いました。朝日南先生は、大和くんを尊敬しました。
そして同時に、優希くんも大和くんの言葉に心打たれました。ハッとした顔になり、すぐにマントを脱ぎます。
「大和、頭良いな。大和の言う通りだ。ヒーローはずっとヒーローじゃない。だからオレも、困ってる人がいたらマント着る」
「うん、それでいいと思うよ!」
ニコリと微笑む大和くん。優希くんはマントを綺麗に畳むために、一旦自分の机に行きました。空中では綺麗に畳めないからです。
その隙に朝日南先生が大和くんに耳打ちします。
「ありがとうね、大和くん。助かったわ」
「え? 何がですか?」
「優希くんのマントよ……。何回注意してもダメだったから。まぁ、男の子はヒーロー物が好きだから、なりたい気持ちは分からなくはないけど」
朝日南先生は小さく肩を落としました。凄く疲れているみたいですね。でも、大和くんは朝日南先生の言葉を聞いて目が点になっていました。いや、これは驚きの表情とも捉えることが出来ます。
でもすぐに、大和くんはクスッと笑いました。そして、朝日南先生に言います。
「朝日南先生、全然違うよ。優希くんは本物のヒーローなんだよ」
「──────え? それってどういう……」
「えへへ、内緒!」
大和くんは
─────────────────────────
「大和、遊ぼうぜ!」
待ちに待った休み時間になりました。授業の終わりを告げるチャイムと同時に優希くんは席から立ち上がり、大和くんに向かって叫びます。その声にクラスの皆は優希くんと大和くんを見ました。大和くんも恥ずかしそうにしています。
けど、嬉しそうに「うん!」と返事をすると、優希くんはランドセルに仕舞っていたマントを取り出して、大和くんと校庭へ遊びに行きました。
「優希くん、何して遊ぶの?」
「え? えっと〜」
校庭に来た二人。でも、その場に立ち尽くしてました。何故なら、何をして遊ぶのか全く考えてなかったからです。サッカーだとしても二人じゃ少ない。鬼ごっこでも良いけど……大和くんは優希くんより足が遅いから多分つまらない。二人は悩んでました。
すると……
「ん? 見ろ、大和! 困ってるっぽい人がいる!」
優希くんが突然大和くんの肩を叩き、ある方向を指さしました。大和くんも釣られて、優希くんが指を指す方向を見ます。見ると、その場所は花壇でした。そこに、金髪の小さな女の子が一人。どうやら花に水をあげているみたいです。
けど、持っているジョウロが重いのかさっきからフラフラしています。いつ転んでもおかしくありません。
「危ないね……。多分、お花係なんだと思うよ」
「お花係?」
「お花に水やりをする係のことだよ。僕たちのクラスにもあるでしょ? だからあの子は水やりをしてるんだと思うよ。……でも、他の子たちはどこに行ったんだろう。お花係は一人じゃないと思うんだけど……」
大和くんは心配そうに金髪の女の子のことを見つめてました。そして、周りを見渡します。けどやっぱり、金髪の女の子以外にそれらしき子達はいません。金髪の女の子は今も一人で、頑張って花に水をあげています。
「優希くん、どうする? あの子だけじゃ休み時間の──────え!?」
大和くんは言葉を言いかけて、声を上げました。何故なら、優希くんを見たからです。大和くんが驚く時は、だいたい優希くんの事です。
では優希くんに何があったのか──────いや、何をしたのか。それは、あの赤色のマントを装着したのです。そして、大和くんに向かって胸を張って言いました。
「そんなの助けるに決まってるだろ! ヒーローは、困ってる人がいたら助けるんだ!」
そのまま優希くんは走り出しました。金髪の女の子がいる花壇の元へ。慌てて大和くんもあとを追います。
「君、大丈夫か!」
「…………は?」
「一人で大変だろ!オレも手伝うぜ!」
突然、赤色のマントを羽織って颯爽と登場した優希くんに、金髪の女の子は言葉を失いました。あと、体も硬直しました。優希くんと金髪の女の子の目と目が合います。
遅れて大和くんも到着しました。でも手遅れでした。大和くんが来た頃には、金髪の女の子が優希くんに向かって掴みかかってました。
「何その格好? ふざけてるの? てか、アンタ誰」
「ふざけてねぇし! 正義のヒーローだからこの格好してんだよ!あと、オレ優希! お前は?」
「アンタみたいな変態に誰が名前教えると思う? 冗談は顔だけにして」
「……メリッサ?」
「──────っ!」
金髪の女の子、盲点でした。服には名札がついていたんですね。それを優希くんが気づき、読んでしまったみたいです。
その顔を見て、メリッサちゃんは怒りました。
「何よ! アンタもどうせアタシのことバカにするんでしょ! “外国人だ!”って! 金髪で何が悪いのよ! メリッサって名前で何が──────」
「え、何でバカにされんの? お前めっちゃカッケーじゃん」
想定外の優希くんの言葉にメリッサちゃんは口をポカーンと空けてしまいました。けど、それでも構わず優希くんは続けます。
「金髪ってカッケーじゃん! アニメでもオレ金髪のキャラ好きだぜ! てかお前、よく見たら目も黄緑じゃん! カッケー! 何かスゲェ! なぁ大和! 凄くね!?」
メリッサちゃんのことをずっと見ていた優希くんが、今度はずっと後ろで様子を見ていた大和くんに共感を求めます。大和くんの表情は先程の不安な顔と違い、今は安心しきった顔になっていました。
「うん、そうだね。それに、僕は名前も凄く可愛いと思うよ」
「だってさ! 良かったな!」
優希くん、そして大和くんにも自分のことを褒められたメリッサちゃん。するとどうでしょう。ほっぺたが見る見る林檎のように真っ赤になっていきました。さっきまで強気だったのに、今は俯いています。
そんなメリッサちゃんの様子に気づいて、優希くんは心配そうにメリッサちゃんの顔を覗き込みました。
「どうした? 顔赤いけど、熱でも──────ぎゃ!?」
そしてメリッサちゃんは、そんな優希くんの頭をジョウロで叩きました。でも大和くんは慰めませんでした。何故なら、今のは乙女心が分かっていない優希くんが悪いと、大和くんは分かっていたからです。
頭を抑え、悶絶する優希くん。苦笑いする大和くん。その二人にメリッサちゃんはぶっきらぼうに言いました。
「休み時間終わるから、早くして」
「へ……?」
「手伝ってくれるんでしょ。だったら早くして! ……ジョウロあっちにあるから」
ムスッとした表情のメリッサちゃんが、ジョウロがある場所を指さします。それを見て、優希くんと大和くんは目を合わせました。
やがて、二人はニコリと笑い──────
「任せろ! オレの二刀流ですぐ終わらせてやる!」
「優希くん、危ないから一つだけにしようね」
ジョウロがある場所へと駆けて行きました。
その二人の後ろ姿を横目で見ながら、メリッサちゃんは少しだけ口元をほころばせるのでした。
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