推しのいる生活
延暦寺
推しの存在が自分を活かしている。つくづくそう思う。推しに挨拶をして一日が始まり、推しの顔を見て一日が終わる。その行為自体が自分の生活の本体で、食事や仕事、睡眠、どれもその付随品でしかない。いわば推しは自分の生きる意味だ。
朝起きると、目の前の紅い壁が一面、推しの写真に覆い隠されているのが見える。どの写真でも微笑んでいて、推しを笑顔にしているもの全てに小さな嫉妬を覚えながらも、概ね満足感を抱く。推しが笑っているならそれでいい。
朝食をとって、出かける前に推しと顔を合わせる。推しそのものを吸収するようなこの静かな時間を糧に一日を生きている。
家を出てから帰るまで、特筆すべきことはない。強いて言うなら、辞令が出ていたらしく部長になるらしい。もともとの部長が、なんとか言っていた気もするけれど記憶がない。興味がない。仕事に必要な最小限のことさえ覚えておけば生きていけるのだから、そんな無駄なことに記憶容量は割けない。
まあどうあれ昇給するに越したことはない。推しのために必要なお金には際限がないからだ。
家に帰って、夕食を食べたらまた、推しと向かい合う。ずっと見つめていると、推しの匂いが漂ってくるような気がする。今までの人生を振り返ると、ずっとそこに推しがいる。推しがいない生活なんて考えられない。推しは永遠にそこにいる。推しがいなくなるなんてことは――。
異物が脳裏にちらつく。火花がパッと散って、また静かな時間が戻ってくる。焦燥にざわついた心を落ち着かせるように、推しを摂取する。
棚に安置された推しは、口角が引き攣ったように上がっている。
笑っている。
笑っているからそれでいい。それでいいのだ。
推しのいる生活 延暦寺 @ennryakuzi
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