魔法☆少女 姫子がんばる!

ゼフィガルド

お題は『ポエムっぽい始まり方』

愛と希望は歌う 頑張れと。元気を出せと。なるほど素晴らしい応援だ。

愛と希望は謳う 希望は素晴らしい物だと。貴方の中にもあるのだと。

哀と絶望は笑う 頑張れと? これ以上何を差し出せと。

哀と絶望は嗤う 希望は素晴らしい物だと。自分にはもう、持ち合わせが無い。



「ゲェーレレップ」


 青緑色の粘液を滴らせながら、アメーバの様な不定形な存在は、肩を落としている青年へと近づいていた。日常の中では、明らかに異質な存在であるにも関わらず、それに襲われようとしている青年でさえ意識を向けていなかった。

 その存在が青年を覆い尽くそうとした所で、全身に光が降り注いだ。咄嗟に飛び退いたソレの前に降り立ったのは、ピンクのフリルスカートが特徴的なロリータ服に身を包んだ中学生程の女子だった。その横には手のひらサイズのヤギの様な生物が浮かんでいた。


「姫子! 油断しちゃ駄目だよ!」

「勿論だよ。メルメル!」


 手にしていたハープの弦を弾く。耳に心地よい音が鳴り響く中、少女はその音色に合わせる様にして言葉を紡いでいた。


「辛い時 苦しい時 そんな時は思い出してください 乗り越えて来た事 達成して来たこと そんな 貴方を 信じて」


 彼が疲れた表情を変えない中。粘液からは煙が立ち込め、その体を蒸発させていた。やがてその体が全て蒸発し切ると、彼女は青年の方へと近づいた。


「危なかったですね。大丈夫ですか?」

「……何が?」

「今のは『ディプレー』と言う魔獣で、疲れた人々から希望や元気の全てを奪い去ってしまうんです! おまけに普通の人達からは姿が見えないんです!」

「……奪われるとどうなる?」

「一歩も動けなくなるほどの疲弊感に包まれてしまうんです。でも、もう大丈夫です! 私が倒しましたからね!」


 胸を張る詩野に対して、青年は無反応であった。しかし、そんな事を気にしないまま。彼女は両手を握って声を上げた。


「辛い事。苦しい事は沢山あると思うんです。でも、それに躓いてばかりだけじゃ無かったハズです。今まで、頑張って来た貴方を信じて下さい! 一歩踏み出してみれば、変わることもあるはずです!」

「……そうかな」


 彼女の熱意に応える様に無表情だった青年にほんの僅かな笑顔が戻って来た。それを見届けて満足したのか、少女は背中から生やした白鳥の様な翼を羽ばたかせて、その場を去って行った。


~~


「今朝のニュースです。本日、~~線で人身事故が発生し――」

「姫子。朝から暗いニュースはゴメンだメル。アニメにして欲しいメル」

「もぅ。メルメルは本当にアニメが好きだね」


 番組をニュースからアニメへと切り替えて、姫子は焼いたマフィンを頬張っていた。先のニュースでは人身事故と出ていたが、電車も止まるし犠牲者も出たのだろうと考えていた。


「うん。だって、アニメは夢と希望が沢山溢れているメル!」

「そうだね。私達もこう言うヒロイン達みたいに、皆に夢と希望を与えられるように頑張ろうね」


『詩野 姫子(うたの プリンセス)』は魔法少女である。彼女は、日々。疲労困憊した人間に這い寄る魔獣『ディプレー』達と戦っていた。


「うん。ディプレーを使役する『タイアードプリズン』の奴らは、そうやって弱った人達から元気や希望を奪って私腹を肥やす、邪悪な奴らなんだ」

「許せない。私達が何とかしないとね」

「その前に姫子は学校をどうにかした方が良いと思うメル。ほら、時間」

「え!? 嘘!?」


 テレビに表示された時間を見て、慌てて彼女は家を出た。魔法少女と中学生の両方を掛け持つのは困難ではあったが、誰かを救いたいと言う優しさと責任感を併せ持つ彼女はこれらを両立させていた。

 放課後は、周囲のパトロールに励んだ。相棒であるヤギをモチーフとしたマスコットである『メルメル』のサポートにより、彼女は『ディプレー』の出現位置を特定していたが、その日は違っていた。


「……貴様は」


 ディプレー達を使役する様に立っていたのは、白衣を着た少女であった。ベリーショートの髪を掻きながら、姫子の方へと視線を向けていた。


「貴方。どうしてこんなことを!」

「お前こそ。自分が何をしているのか分かっているのか?」

「えぇ。私達は、貴方達が差し向けた魔獣達によって襲われそうな人達を助けて、元気づけて上げているのよ!」


 敵意の籠った視線を向けられていたが、姫子は自らの行いを誇る様にして声を張り上げた。それを聞いた白衣の少女は、眉を吊り上げた。


「では。お前は自分が助けた者達がその後。どうなったか分かっているのか?」

「え。知らないけれど……」


 彼女が関わるのは、あくまでディプレーに襲われているその時だけなので。その後にどうなったかは、彼女も知る由が無かった。

 その返事を聞いた少女が白衣から取り出したのは、ハープや楽器ではなく。何かしらの薬品が満ちた注射器であった。


「なら、お前はこれ以上動くべきじゃない」

「姫子! 危ない!」


 投擲された注射器をメルメルが叩き落とした。そして、彼は自らの毛玉の一部を千切り取って放り投げると。それは風船のように膨らみ、弾けると同時に周囲に煙幕を散布した。


「ゲホッ。メルメル、これは一体」

「ここは逃げないと!」


 メルメルに言われるがまま。彼女はその場を去っていく、その背後では白衣の少女の指示で、ディプレーが人々を襲っていた。その光景に姫子達は唇をかみしめながらも声を張り上げた。


「貴方達は間違っている! ただでさえ疲れている人達から奪い取るなんて! そんなの間違っている!」

「おい! 待て!」


 白衣の少女の制止も聞かず、姫子は去って行った。何故、彼女はあのような事をしているのか。その理由を問う事も出来ないまま。


~~


 その後も、彼女は幾度もその少女に遭遇した。彼女の名は『セロトニー』と言うらしく、彼女がディプレーを差し向けては姫子がそれを阻止するというサイクルを繰り返していた。

 しかし、その日々の中で。姫子は以前まで気にしていなかったことをメモに留めるようになっていた。


「姫子。何を書き込んでいるメル?」

「助けた人達の名前をね。私が助けた後、どうなったんだろうと思って」


 助けた人々の住所などを知ることは出来ないが、名前を覚えておく位なら出来る。それは意外な所で見ることになるかもしれないと思っての事だったが、その意外は直ぐにやって来た。それは彼女が何時もの様に時間を見る為にニュースを見ていた時の事である。


「ニュースです。昨夜未明、〇〇介護施設に押し入った男が、入居者を次々と刺して行き……」


 犠牲者の数は十数名にも上る大惨事となった。何時もの彼女なら心を痛めるだけで済んでいたが、今日は違っていた。

 何故なら、犯人は既に逮捕されており。その使命は彼女が持っていたメモ帳の中に記されていたからだ。


「これって。どういうこと? どうして?」

「お、落ち着くメル! これは偶然だメル!」


 メルメルが必死に励ますが、姫子の心中は穏やかな物では無かった。そして、それが偶然でなかった様に、ニュースでは度々『被害者』と『加害者』として、メモ帳の中にある名前が登場するようになっていた。


「だったら! セロトニーちゃんの所に案内して! 彼女が何を知っているか。私が今まで何をして来たか知りたいの!!」

「今の姫子は普通じゃないメル!」


 メルメルの制止を振り切って、彼女はサポートにも頼らないまま周囲を索敵し始めた所。ディプレー達が蔓延っている場所を見つけ、その周辺に降り立った。

 そこではセロトニーがディプレーに指示を飛ばして、学生服を着た男子を襲わせていた。普段の自分ならば、そこで阻止をしていたが。今の彼女にはそれよりも優先するべきことがあった。


「その様子だと。自分のして来た事に勘付いたって所か?」

「ねぇ。貴方は私が何をして来たのか知っているの? 私。今まで、元気のない人達を助けて来たんだよ? 間違った事。してないよね?」


 縋る様に絞り出した声に対して、セロトニーが同意してくれることは無かった。代わりに、彼はディプレーで拘束している学生の鞄を指差した。


「開けてみろ」


 言われたままにバッグを開けると。そこには何本もの包丁が入っていた。それを見た姫子の顔は見る見る内に青ざめて行く。


「なに、コレ……」

「これかやろうとしていた事の準備だよ。……なぁ、お前のポエムは人を元気づけて来たって言うけれど。それは科学的療法や投薬治療を伴った物か?」


 ただの中学生である姫子にそんな物があるはずも無い。自分は、魔法少女と言う使命に則り、それが人々の励みや力になることを信じてやって来た。

 だが、それがどんな結果を導いたか、彼女は最後まで見届けたことは一度も無かった。今、その結末を見せられている。


「心も病気になるんだよ。お前のクソの役にも立たないポエムで見送った奴らが、自暴自棄の果てに何をするかを考えれば。どうして、ディプレーで動けなくしていたかも分かるだろう?」

「つまり。本当に皆を助けていたのは貴方達で、私がして来た事は……」


 追い詰められた人間達に対して最後の一押しをしただけではないかと。

 誰でもいいから、この胸中に浮かんだ確信にも近い事実を否定して欲しく、周囲を見渡す。そこにはマスコットのメルメルが居た。


「お前か。彼女を誑かしたのは」

「ねぇ。メルメル。私達がして来た事って一体何だったの?」

「何って。皆をポエムで元気付けて来たんだメル! ―――まぁ、自暴自棄になった人間を無理矢理励ました所で。ロクでも無いことしかやらないだろうけれど」


 そう言うと。メルメルは今までに出した事も無い様な耳障りな声で高笑いを始めた。その体は膨れ上がり、白色の毛皮は見る見るうちに黒色へと変貌していき、その背中にはカラスの様な黒い翼が生えて来た。

 その場に項垂れて呆然とする姫子を置き去りに、周囲にはセロトニーと同じ様な白衣を着た少女達が集まって来て、彼女らはそれぞれの武器を手に果敢にメルメルへと向かっていった。


「私が……」


 全身から力を吸い取られて行くのを感じた。見れば、自分の体にはディプレーが覆い被さっていた。立ち上がることも出来ない程の倦怠感に包まれながら、彼女は意識を失った。


~~


「娘はどうなんです?」

「えぇ。自分が魔法少女であることを主張したり、虚言癖も目立っていましたが。今は落ち着きましたよ」


 その後、姫子はセロトニーからの計らいで入院することになった。今の彼女は自分の犯して来た行為を省みて、行動を起こすだけの気力すらなかった。それは却って自傷行為などを防ぐ上ではプラスに働いていた。

 セロトニーも時折見舞いに来ては、メルメルの行方を話してくれた。実際には彼が『タイアードプリズン』の首魁だった事。より大きな成果を狙う為に、人々に中途半端な元気と希望を与えていた事。


「そう言えば。メルメルって、私にニュースとかを見せたがらなかったなぁ」

「お前が勘付くのを防ぐためだろうな」


 あの日々も全ては嘘だった。人々の為と意気込んでいた自分が、如何に無知で愚かしかったかを思い出しても。後悔する気力も無かった。


「私。可哀相な人達を助けたいって思っていた。そしたら、メルメルがやって来て。君の得意なポエムで人を助けて欲しいって」

「善意だけで人を救えるなら、この世に悲劇なんて存在しない。その善意を叶えたいなら、奇跡に頼るんじゃなくて。自分に何が出来るかを考えるべきだった」


 善意だけで誰かが救える様な、お膳立てされた結末が用意されている訳もなく。自分さえ救えない皮肉な結果となった。


「私。これからどうすれば良いのかな?」

「ゆっくり休めばいい。他の事は何も考えなくていい。私達に任せておけ」


 セロトニーに言われるがまま。彼女はベッドに横たわり、そっと目を閉じた。静かに寝息を立てる姫子を見つめる彼女の眼差しは優しい物だった。

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