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この男には『好きな人がいる』。


けれども、それでも、期待してしまうから。




「か、かいちょ?どうしたの?」


「なにが」




備品室に入ってきた筧を見るやいなや、私は立ち上がり、筧に詰め寄った。


そして顔の横に腕をつく……いわゆる壁ドンを筧にしたのである。




「いつにも増してなんか、イケメンが出てるんだけど、なに、どしたの会長?」


「聞きたいことがある」


「……俺に?」




じっと彼を見つめれば、困ったような顔を向けてくる筧。


なんだか私が怒っているようにでも見えてしまっているのだろうか?


気合いを入れただけなのに、それは困った、違う、違うの筧。


私はただ、知りたいことがある、だけ。




「筧」


「はい」


「……好きな人って誰」




ドクドク、ドクドク、心臓が飛び出してしまうんじゃないかってくらいにドクドクしている。


答えられるのが怖い、けれど知りたい、それがもし私じゃなければこんな状況はよくない。


それなら私は潔く諦めて……例の件については別の提案を出すまでだ。


筧に他に好きな人がいたとして、私は今の関係を続けて行ったらもっと苦しくなる。




だってやっぱりまだ、筧のことを想うと胸がキュッと締め付けられるの。


欲しいと、こっちを見てほしいと欲が出てしまうの。




涙をいっぱいに目に溜め込みながら、溢れさせそうになりながら、私は問う。


もし、これが最後になったとしても。


筧がこれまでくれた優しさは決して忘れないから。




「かいちょ、なんて顔してるの」




筧の指先が目元を撫でれば、耐えていた涙の塊がほろほろと落ちていく。


だめ、泣いたら、筧を困らせてしまう。


とめよう、とめようと思えば思うほど、涙は溢れてきてしまって、もうどうしようもない。




そんな筧が、私を腕の中に包み込むと、耳元にチュッとキスを落とす。




「なにひとりでいっぱいいっぱいになってるのかわからないけど、そんなに悩まなくてもいい、単純なことだよ」


「……なに」


「リアのことが好きじゃなければ、こんなに構うわけないじゃん」




そうして額にキスを落とされると、ぎゅっとちからの入っていた体から力が抜ける。




「私のことが、好きじゃなければ……?」


「あれ、リアの求めてた言葉じゃなかったか。んーとね」




目元、鼻先、頬へとキスをして、ついでに涙もペロッと舐めた変態な筧は、私の目の前で幸せそうな笑みを浮かべて。




「リアが好きで、愛しくてしょーがないから、俺こんなにリアのあと必死で追いかけてんだよ?」




そう言って彼は、私に影を落とす。


唇が触れ合い、その甘い痺れに、胸の中がいっぱいになるのを感じた。


触れ合う唇が震えてしまう。


また涙が溢れてくると、それを筧の指先が拭ってくれる。


私は筧の首に腕を回して、めいいっぱい抱きついた。




「か、筧、好きな人いるって」


「もしかして1年の頃話してたの聞いてた?あれリアに聞こえるように言ったんだけど」


「…………は?」


「リアが好きだったから、リアに聞こえるように、好きな人がいるってアピった記憶がある」


「……………………は?」




なんだと?




「その様子だと、俺勘違いさせてた?リア全然こっち見てくんねぇし」




いや、他人事かと思ってたわ。




「…………あの頃から、私?」


「変わってないよ。リアのことがずっと好きで、生徒会にまで付いてきちゃったじゃん。俺ストーカーかよ」


「……ついてきたの?」


「ついてきたんだよ」




なんだ、そんな……え、じゃあ私があんなに悩んだり諦めようとしてきた日々はなんだったの?




「しかも吸っちゃダメなもん吸ってるし。すごい焦ったんだから」


「……あれは」


「リアの反抗期なのかなって思いながらも、タバコに嫉妬してた」


「…………タバコに?」


「リアに求められるタバコに。それが俺になればいいのにって」




なんて話をしているのだろうか、この男。


モノに嫉妬していたっていうの?




「リア。そう聞いてきたくらいなんだから、俺も期待していい?」




それが何を指しているのか、さすがの私でもわかった。


筧は私に、好きをくれた。


愛しいをくれた。


嫉妬も、してくれていた。




「ね、リア」


「……ん」


「俺付き合いたいんだけど。そろそろもう限界の限界なんだけど」


「……ん」




私は、筧の首に抱きついたまま、筧の唇に噛み付いた。


とても勇気がいったけれど、愛しいと満たされてる気持ちを、この唇に込めて。


それに、にやりと笑う筧から視線を逸らして。




「わ、私も……1年の頃から好き」


「誰のことが?」


「か、筧が」




んー……とすこし不満顔を見せる筧に、私は首を傾げる。


あれ、なんか変なこと言ったかな?




明楽あきらがいい」


「え?」


「明楽。ほら、リピートアフターミー、明楽」


「………………あき、ら」


「そう。好きだよ莉愛りあ




そう言って、明楽は私をぎゅっと抱き締めながら、ズルズルと床に座った。


私は明楽の胸元に頭を擦り付けながら幸せを噛み締めた。




この時間が、いつまでも続いたらいいのに。


満たされているこの気持ちが、いつまでも続けば、私はタバコの依存から抜け出せるのだろうか。




とはいっても、時々しか吸ってはいなかったから、そこまで強く依存しているわけではなかったけれど。




禁煙、しようかな。


帰り道、コンビニで飴玉の袋が目に止まった私は、それを手に会計をして帰った。

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