2



お父さんはいない。


お父さんとお母さんは離婚して、私は母に連れて行かれたから。




暗い暗い部屋の中、仕事で忙しい母を待つ。


寂しい、お腹すいた、どうしていつも独りぼっち。


首からかけられている鍵を握って、玄関でその人の帰りを待つ。




母が帰ってくるまでのこの長い長い時間が、とてつもなく嫌いだった。
















「口寂しいあなたにこれをあげよう」




ふふっとそう笑って奴が差し出してくるのは、棒付き飴。


ぼーっとして外を眺めていた私は、差し出されたそれにゆっくりと視線を移す。




「なんのつもり?」


「あ、シガレットでもガムでも、欲しいならあるからねー」


「そんなのいらないわよ」


「そう?んじゃ」




──俺かな。




そう呟く筧は、窓の外を見ていた私の腕を引いて、窓枠の下へ。


そのまま腕で私の顔の横を囲われれば、逃げ道なんてものはない。




本当、手馴れているんじゃないか?




「……べつに寂しくなんてない」


「と言いつつ俺に夢中になる会長なのであった」


「んむっ」




むちゅっと唇を合わせてくる筧の脇のあたりの服を、とっさに掴む。


なにその物語口調は。




筧には、私が寂しいように見えているんだろうか。




大きな手のひらが頭を撫でる。


まるで、私を慰めるかのように。




「儚げな顔するリアに興奮しました」


「変態」


「ありがとう」


「褒めてないんだけ……ちょっと、どこ触ってんの」




気付けば脇腹をするすると撫でている手に、私はつっこむ。




「あぁ、気にしないで、リアの手はこっち」




そう言って私の手を筧の首へと導かれると、顔の距離がグッと近付いた。


まぁ、距離が近いなんてもう、今更だけれど。




「ん……」




そして再度キスをされながら、引き寄せられる背中と腰。


グッと引き寄せられる力強いこの腕に、最近安心感が湧いてきてしまうのはなぜなのか。


こうして、ぎゅっとされていることは……好きだと、感じてしまうのはなぜか。




ゆるく、髪を撫でられる。


暖かくて大きなその手は、嫌いじゃない。















「昨日、また吸ったでしょ」


「……」


「寂しくなったら俺のこと呼んでって言ってるけど」


「だから、寂しくない」


「じゃあなんで吸うんだろうね」




後ろからハグされて、両手を握られる。


背中ら伝わる熱にまた、安心感に包まれていた。




「依存性があるから」


「じゃあ吸うのも忘れちゃうくらいに俺に依存させないと」


「……何言ってんの?」


「かいちょーを救うための作戦会議」




救うって……そんな大袈裟な。




「俺、こー見えて本気だよ?」


「これで?本気?」




私は眉をしかめる。


この緩い感じのどこから本気だと感じ取れるというのか。


そもそもなにに対して本気と言っているのかも曖昧。


依存先を自分に変えられて困るのは自分じゃないだろうか?




「俺の本気、感じ取れない?」


「全く」


「リアに許される範囲で俺頑張ってるんだけどなぁ。足りない?」


「……は?」


「ねぇ、足りないんでしょ」




そう言って重ねていた指を絡め、親指が肌を撫でる。


なんだか手つきが怪しくなってきた。




「か、筧」


「んー」




首元の髪を顎で避けられ、そこをちゅっちゅと触れられる。


その柔らかい感触に、背中がぞわりと甘く痺れた。




「俺はリアが足りないよ」


「……ちょっと、耳元で」


「リアがもっとほしい」




ぱくっと耳たぶを食まれ、ちゅっちゅと吸われる感覚に、頭の中はもうパニックになってしまう。


声が出そうになるのに、手は筧の両手で塞がれて動けない。


耳全体にキスをされ、甘い音で脳全体が犯されていく。




いつの間にか上がってしまっている息、声が出ないようにぎゅっと噛み締める唇。


そんな私に気付いてか、筧は片手で私の両手首を掴み、もう片方の指先を私の口元に置く。




「噛み締めすぎだよ。そんなによかった?」


「ばか」


「もっとリアの頭の中、俺でいっぱいにしたい」




そう言って唇をゆるく撫でる指先。


そのもどかしさに耐えられなくなった私が唇を開いてその指を噛めば、一瞬動きが止まった。




ビビりな私はそんなに強く噛んだわけじゃない。


ただ、動かせるのがここだけだったというだけで、やめろってつもりで噛んだのに。




そのままその指先は口の中に入ってくる。


どうしてそうなった!?




舌をゆるゆると撫でる指先と、なにがなんでも口の中から追い出そうとする私の舌先との攻防が始まった。




「なにそれ、どエロい」


「や、ら」


「息上がってるよ、リア」




口に指をくわえさせたまま、奴は再び首にキスを始めやがった。


ビックリして舌が引っ込むと、それを追いかけるように指先が追ってくる。




「ん、んん」


「リアの香り」


「へんらいっ」




唇が首の上から下へとつつっと下がり、ペロリとひと舐めする。


そのまま舌先が上がってくる感覚に、ゾクゾクと背筋が痺れて体を震わせた。




唇と唇を合わせたキスじゃないのに、なぜこんなにも普通のキスよりいけないことのような感じがするのか。


ちゅ、ちゅと再び首筋にキスする奴に、もどかしさすら感じてしまう。


もう嫌という気持ちとまだ足りないという気持ちがごちゃ混ぜになっているようだ。




「ほんとはこのまま確認したいけど……それは一線を超えちゃう気がするからね」


「……っ」


「これで満足してね」




そう言って口から指先を抜いたその手で頬を引き寄せ、後ろを向かせる筧。


その唇と再び合わさると、変な安心感が広がった。


どくんどくん、心臓がうるさい。


けれどこっちが、いつも慣れている私たちの行為で。




思わず満たされてしまった心に、舌打ちをしたくなった。

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