第165話 学園祭二日目②

ざわざわざわ


晴翔と楓が宣伝のために屋台を巡りに巡っていると、その先々ではプチパニックが起こっていた。


生徒達はもちろんのことだが、一般の方々も実物のHARUを見て興奮を抑えられずにいた。


「HARU様、コスプレ似合ってます!」


「HARU様格好いいー!」


俺は、そこら中から声をかけられるため、どこに反応していいか分からなくなっていた。最初こそ一人一人「ありがとう」など声を返していたが、何人かその場で倒れる人まで出てきた為、今は手を振る程度にしている。


「きゃー、手振ってくれたー!」


「HARU様と目があった!」


「あはは、一体いつまで続くんだ」


これだけ宣伝すればもういいのではないだろうか?


俺は、もう教室に戻りたくなっていたが、隣を歩く楓は楽しそうだ。俺が声をかけられるたびに、誇らしげな表情を見せる。


「楓は楽しそうだな?」


「むふぅ、この優越感。たまらない」


「お前はブレないなぁ。それはそうと、結構宣伝出来たと思うけど、そろそろ教室に戻るか?」


「晴翔は、もう戻りたい?」


こ、これはなんと答えるべきなのか。正直言って、もう戻りたい。看板も意外に重いし、周りの圧が重い。


しかし、見るからにしょんぼりしている楓を見ると、少し可哀想に思えてくる。


「それじゃ、校舎に戻って何個か見たら教室に帰ろうか」


「うん、ありがとう」


それから、俺達は何ヵ所かまわった訳なのだが、俺はいま真っ直ぐ教室に帰らなかったことを後悔していた。


ーーーーーーーーーー


「晴翔、これやる」


「か、楓さん?そろそろバンドのことも考えないとさ?ねっ?」


俺は、なんとか楓を説得しようと試みるも、楓の視線は全く揺るがない。真っ直ぐに、とある教室の看板を凝視している。


「大丈夫。私達の出番は最後になってる」


「えっ?くじ引きじゃなかったっけ?」


そう、バンドの演奏順は、公平性を保つためにくじ引きにすると澪が言っていたのだ。そして、まだお昼前でくじ引きは行われていない。


「大丈夫、確約はとってある」


「何がどうなってるんだ?」


「晴翔は気にしなくていい。今は、私とこれをやればそれでいい」


「ま、まじか」


俺は、諦めて楓とともにとある教室へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー!」


教室に入ると、元気の良い声が響く。


「お二人様ご来店でーす」


生徒の後をついて行くと、カップルと思われる生徒達が様々なゲームに挑戦していた。そう、ここは男女ペアで行う『人間双六』だ。


「では、こちらからスタートして頂いて、様々なお題をクリアして頂きます。一緒に生徒が1人ついていきますので、わからないことは聞いてください」


「ん、わかった」


何がわかったのか、楓は自身ありげに頷く。俺は不安に思いながらも、楓に続いてスタート位置に立つ。


「今回、お二人の案内を担当します。よろしくお願いします。早速ですがサイコロを振って頂きます。ちなみに、サイコロは私が持っているお椀の上で降るようにお願いします」


「ん、わかった」


「わかりました」


楓はさっそくサイコロを手に取ると、迷うことなくサイコロを転がす。出た目は4。まずまずの数字だ。なるべく早く終わるためには大きい数字を出すしかない。


「では、お進みください」


楓と俺は床に描かれたマス目を進もうとするが、ここで待ったがかかる。


「この双六では、常に手を繋いだ状態で行って頂きます。スタートのマスを出る時は手を繋いでからお願いします」


そんなルールがあるなら初めから言ってほしかったな。俺がそんなことを思っていると、袖をクイッと引っ張られる。


「晴翔、手出して」


「あ、あぁ」


俺は楓に手を差し出すと、楓は俺の手を取る。しかし、今までとは手の繋ぎ方が違った。


「ん、これでよし。行く」


楓は指を絡めるように手を繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎってやつだ。最近、香織を含め、彼女達はみんな恋人繋ぎをするようになった。何故かは知らないが、これがいいらしい。


「手、握りにくくないか?普通に繋げば?」


楓の手は想像以上に小さく、小学生か?と思うほど細くて小さい。正直、恋人繋ぎは結構握りにくい。


「ん、でも、みんなやってる。これがルールじゃないの?」


「あ、握り方はなんでもいいですよ。人によっては腕に抱きつく人や、お姫様抱っこの人もいますよ」


「お姫様抱っこ!?」


珍しく楓が、大きめなリアクションをする。両目を大きく開け、目をキラキラさせている。


「楓、お姫様抱っこはまた今度な。時間もないし、普通に進もう」


「今度やってくれるの?わかった、なら急ぐ」


俺達は、普通に手を繋ぎ直して4マス進む。進んだ先で、案内係の生徒からお題が発表される。


「はい、ではお題は『1分間見つめ合う』です!じゃあ見つめ合ったらスタートです」 


良かった。もっと面倒なお題だったらどうしようかと思った。これくらいなら余裕だな。


俺と楓はお互いに向かい合う。


「これくらいなら余裕だな」


「ん、イケメンを合法的にガン見できる。控えめに言ってサイコー」


楓は相変わらずだな。しかし、言葉の通りここぞとばかりに目を輝かせ、俺を顔をまじまじと見つめている。こ、これは、意外と照れるな。


「はいっ、そこまでですっ!」


ふぅ、やっと終わったか。


無事にお題を終えた俺達は、サイコロを再び振り、お題をクリアして行く。


「簡単なお題ばっかりで良かったな」


「ん、つまらない。もっとイチャイチャ出来るお題が欲しい」


「楓は相変わらずだな」


これまでに消化したお題は、比較的簡単なものが多く、順調に進んでいるが、楓はそれが不満らしい。


「はいっ、では次のお題は『お互いの好きなところ3つ言ってください』です!」


どうぞ、とこちらに振られるが、急に言われても困るお題だ。俺は困惑しつつも楓へと視線を移すと、心なしか嬉しそうな顔をしている。


どうやら楓はこういうお題が欲しかったらしい。


「ん、私から言う」


「お、おう」


楓は俺の目を真っ直ぐに見つめて、言葉を紡ぐ。


「まず格好いい。これは間違いない」


「あはは、そりゃどうも」


「ん、次に優しい。でも、晴翔はみんなに平等。それはちょっと不満」


「え、どういうこと?」


俺は不満な理由がよく分からず聞き返すが、楓は教えてくれなかった。それに、隣で聞いていた案内係の生徒は楓の答えに大きく頷いていた。共感するところがあるのだろうか?


「最後」


「うん」


じっとこちらを見てしばらく黙ったままの楓。数秒経つと静かに口を開く。


「・・・昔、助けてくれたから」


「えっ?」


「お終い。次は晴翔。私の好きなところ教えて」


「お、俺?わ、わかった」


楓の最後の答えが少し気になったが、どうやら今は教えてくれなそうだ。とりあえずはお題をクリアしよう。


「まず、楓はすごく可愛い」


「ふぇっ!?・・・そ、そう?」


「あぁ、それは間違いないさ。この学校の中でも指折りだろう」


校内には男子生徒だけが使っている裏掲示板がある。その中には、全学年対象の人気投票が存在する。ダントツで澪が1番人気だが、香織、綾乃、桃華、そして楓も上位にランクインしている。


「ふ、ふぅん。そ、それで、あと2つは?」


「そうだなぁ。淡白な性格だけど、思いやりに溢れてるところとか?」


一個目の時とは違い、反応が薄い楓。先程とは違い、俺に視線を向けることはなく、少し遠くを見ている。そして、ほんのり頬が赤い。


「ひぇぇぇぇ、HARU様にそんなこと言われたら、私空も飛べそうですっ!羨ましいですっ!」


楓よりも反応が良かったのは、案内係の生徒だった。


「さぁさぁ、この勢いでとどめを刺してしまいましょうHARU様っ!」


「と、とどめって」


なんだか俺達よりも盛り上がってるな、この案内係の人。


「うーん、やっぱりアレかな。炭酸飲んだときのーー」


「ス、ストップ!!」


俺が全部言い切る前に、両手で口を塞がれてしまった。


「は、晴翔、もうわかった。そこの人、これでオッケー?」


楓はこれ以上俺に喋らせる気がないようだ。案内役の生徒に早くしろとばかりに捲し立てる。


「そうですね。先が気になるところではありますが、あまりHARU様がこの空間にいると周りの女子達が落ち着いかにようなので、先に進みましょう」


「えっ?」


俺は周りを見渡すと、明らかに聞き耳を立てている女子達がいた。現在進行形で双六を遊んでいる女子達も、隣の男子そっちのけでこちらの事が気になっているようだ。隣の男子からは、怨みのこもった眼差しを向けられていた。


確かに、この状況はさっさと進めたほうが良さそうだ。


状況的に次のお題が最後になりそうだ。早くゴールして、バンドの準備に戻ろう。俺はサイコロを楓に渡す。楓は受け取ったサイコロを優しく転がした。


「お疲れ様でしたっ!では、ゴールにとまりましたので、最後の課題をクリアして頂いたら終了となりますっ!」


「やっと終わるな」


「早くバンドの準備に行く」


俺達はとにかくこの場から早く離れるため、お題をいまかいまかと待っていた。


「では、最後の課題です。どちらでも構いませんので、愛の告白をお願いしますっ!」


「「・・・はぁ??」」

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