第157話 学園祭当日

「晴翔、起きなさい。遅刻するわよー」


「んんー、もうそんな時間か」


母の声で目を覚ました俺は、徐に時計を確認する。枕元に置かれた目覚まし時計は、6時を示していた。


いつもならまだまだ余裕のある時間だが、今日は朝から学園祭の最終確認をしなくてはならない為、少し早めに登校することになっている。


「・・・起きるか」


俺は、部屋から出ると洗面台に向かう。未だに重たい瞼をどうにかする為に、冷たい水で顔を洗う。


「ふぅ、やっと目が覚めた。香織は大丈夫かな?」


香織は朝が弱い。


起きてなさそうなら、起こしに行ってやるか。俺はリビングに向かうと、出来上がった朝食を食べ、学校の支度を済ませる。


「晴翔、仕事で今日は行けないけど、最終日は行くからね」


「うん、わかったよ」


「伊織さんも一緒に行くからね。頑張ってね」


「父さんも来れるの?無理しなくていいからね?」


父さんはいま、映画のスタントが立て込んでいてかなり忙しい。それも、結構ヤバめのスタントが多いようで、集中を切らさない為に仕事場に寝泊まりしてる始末。


俺のことは気にせず、仕事に集中してくれればそれでいい。


「それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


俺は、家を出ると隣の家に向かう。


ピンポーン


「はーい」


「おはようございます、明日香さん」


「あっ、晴翔くん、おはよう。入っていいわよー」


明日香さんから許可を得て、俺は香織の家にあがる。どうやら、貴史さんはもう仕事に行ったあとらしい。相変わらず朝が早いな。


「晴翔くん、多分起きてると思うんだけど、一応見てきてくれる?」


「わかりました」


2階にあがると、真っ直ぐ香織の部屋へと向かう。


コンコンッ


一応ノックをしてみるが、返事はない。うーん、まだ寝てるのか?


俺は静かにドアを開けると、ベッドに突っ伏している香織を見つけた。状況を見るに、一度は起きたのだろう。


床に座り込み、ベッドに倒れ込む様にして眠っている。それに、一応制服には着替えてある。


「香織、遅刻するぞ?」


「・・・」


うーん、返事はなし。いつもなら、例の方法で起こす所だが。今日は必要なさそうだな。


「起きないなら、悪戯しちゃうぞ?」


俺は香織の後ろに回ると、後ろから香織をギュッと抱きしめる。


すると


「にゃっ!?」


「やっぱり起きてたな」


「あはは、バレてました?」


「バレバレだよ。全く、早く行くぞ」


「はーい」


俺は、起きた香織を連れて下に降りる。


「今日は気合い入れて準備しないとね、波瑠ちゃん」


「その呼び方はやめてくれ」


ハァ、学校に行くのが億劫になってきたな。こんな時に、仕事が入ってくれればよかったのに。


気を利かせた恵美さんが、学園祭がある3日間は仕事を外してくれたのだ。


「今日は特別綺麗にしてあげるね!」


「お、お手柔らかに、お願いします」


その後、俺達は綾乃と合流し、3人で学校へ向かう。


「じゃあ、私はクラスの準備に行くから。自由時間になったら、そっちのクラスに遊びに行くよ」


「わかったよ、綾乃ちゃんも頑張ってね!」


「じゃあ、後でな」


俺達はクラスに向かうと、入口から驚かされた。昨日の帰りには、ただの教室だったが、もう既に喫茶店の入口に変わっていた。


「看板も手が込んでるな」


「皆んなで頑張ったからねっ!」


ガラガラガラッ


「お、晴翔おはよう」


「晴翔、おはよう」


「晴翔くん、おはよー」


「おはよう、皆んな」


中に入ると、中もすっかり喫茶店だ。皆んな凄いな。あんまり手伝えなかったのが申し訳ないな。


「悪かったな、あんまり手伝えなくって」


「いいんだよ、お前には客寄せをお願いするからなっ!」


「今日は期待してる」


「頑張ってねー!」


彼らだけでなく、他のクラスメイト達も同じような反応だった。


「さて、じゃあハルくん、そろそろやっちゃおうか」


「ハァ、はいはい」


俺は準備の為、香織と共に教室を後にした。


ーーーーーーーーーー


晴翔が女装をしている時、教室では。


「お、おい、本当に、俺がこれを着るのか?」


町田が手に持っているのは、ナースの衣装だった。


「別にいいじゃねぇか、俺だってミニスカポリスだぞ!?」


「・・・俺はチャイナドレス」


配られた自分達の衣装をみて、絶望する男子達を尻目に、女子達はしてやったらと大笑いだった。


「たまにはいいんじゃない?」


「そうそう、意外と似合うかもよ?」


「なんなら、お化粧もしてあげるけど?」


「ふざけんな!」


「着替えるからさっさと出てげっ!」


「ちくしょうっ!覚えてろよっ!?」


男子達は着替えのため、女子達を追い出すと、意を決して着替え始めた。


女子達は、家庭科室に移動し各自メイド服に着替える。


「それにしてもこのメイド服、コスプレ衣装とは思えないほどしっかりしてるよね?」


「本当だよねー!」


エミーが準備したメイド服は、実際に使用人が着ていても申し分ないほど、しっかりと作り込まれている高級品だった。


他のクラスにも、メイド喫茶をやるクラスはあるが、衣装からして2-Aに勝てるクラスは居なかった。


クラスの女子が来ているメイド服は、ミニスカメイドで、最近よく見るタイプのメイド服。カラーバリエーションは豊富で、黒だけでなく様々な色のメイド服が並んだ。


「すっごく可愛いねっ!」


「やばいよ、着心地も最高!」


皆んな着替え終わり、テンションが高いままクラスに戻る。


ガラガラガラッ


「お、やっと来たか、っておい!?」


ガラガラガラッ!!


教室のドアを開けた一行は、クラスにいる不審者達を見て急いで閉めた。


「あ、あれは、世に放っていいものなのかしら??」


「あ、あれはあれで、余興としてはいいんじゃないかしら?」


「そ、そうね。とりあえず、もう一度見てみましょう?」


ガラガラガラッ


「「「「・・・」」」」


「お、おい、なんか言ってくれよっ!せめて笑ってくれよっ!?」


「リアクションがないのが一番辛いっ!」


「に、似合ってる、よ」


「か、かわいー」


女子達は、なんとか振り絞り各々感想を述べる。しかし、その気遣いがさらに男子達にダメージを与えた。


「そ、それにしても、齋藤遅いな?」


「俺達だって、このザマなんだ。アイツの気持ちを考えてやれよ。こんなんじゃ済まないぜ」


「そうだよな、気を強く持てよ、齋藤」


「本当に男子はバカだよねー」


「これから、絶望を味わうとも知らずに」


「知らぬが仏、だよねー」


クラスメイト達が俺の話をしてる時、俺は香織と共にクラスへと向かっていた。


ガラガラガラッ


「みんなおまたせー、連れてきたよー」


俺は香織に続いて教室へと入る。


「えっと、お、おまたせ?」


俺は香織に言われた通り、両手でスカートの裾を摘んで挨拶した。


ーーーーーーーーーー


・・・


静まり返る教室。


な、なんだ、失敗したか?香織の言う通りにやったし、この服だってちゃんと着れているはず。


俺は内心ドキドキしていたが、長い沈黙は呆気なく破られた。


「えっ、は、波瑠ちゃん!?」


「な、なんでここに??」


驚きを隠せない男子達とは裏腹に、女子達は待ってましたと言わんばかりである。


「やっぱり、波瑠ちゃん可愛い〜!」


「てか、齋藤くんが可愛い〜!」


「それに、そのメイド服も可愛いね!」


「そ、そうか?」


俺が着ているメイド服は完全オーダーメイドでエミーが作ったもの。女子達が来ているミニスカメイドと違い、ロングスカートのクラシカルなメイド服だ。


身長の高い俺にはこっちの方が合っている。それに、ボクサーパンツのパンチラなんてごめんだ。


「ま、まさか、お、お前」


「さ、齋藤、じゃないよな?」


「いや、合ってるよ。私は齋藤だけど」


いつも通り、女声に寄せて喋る。笑顔はおまけだ、くれてやる。


ニコッ


「マジかぁぁぁぁぁぁ!?」


「俺達の波瑠ちゃんが男だとぉぉぉぉ!?」


男子達は1人残らず床に両手両膝をついた。なんか、絵に描いたようなリアクションだな。ちょっと面白いかも。


「い、いや、俺は波瑠が男だって関係ない!」


「そ、そうだ!そんなの気にならないほど波瑠ちゃんは可愛いんだっ!」


「「「そうだ、そうだっ!!」」」


ガシッと、男子達はお互いを励まし合うように肩を組んだ。


「波瑠ちゃんに看板持たせて、校舎を練り歩いてもらえば、繁盛間違いなしだねっ!」


「よし、じゃあ波瑠ちゃんは客寄せをお願いね。お供は西城さんかな?」


「よし、じゃあ最後の準備しちゃおう!」


「「「「「おー!!」」」」」


こうして、無事学園祭初日を迎えることになった俺達は、初日から波瑠ちゃん効果による客寄せに成功したものの、終わりの見えない長蛇の列に心が折れそうだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る