第155話 珊瑚姉さん

「はーい、みんなー、今日も自宅のお風呂からお送りしてまーす」


いつも通り、ふわふわした感じで撮影を続ける珊瑚さん。俺はとにかく心を落ち着かせるため、少し距離を取ろうとする。


が、しかし。


「今日は、昼間のライブ配信でもコラボした、HARUくんと一緒にお送りしてまーす」


珊瑚さんは、逃げる俺の腕をガッチリとホールドすると、俺を紹介する。俺は、とりあえず元の位置に戻り挨拶する。


「どうも、HARUです。今日は、昼間に続き珊瑚さんとコラボさせてもらってます。よろしくお願いします」


そこから、まったりと温泉に入りながら、世間話を続けた。本当に、ただただお風呂に入っていただけなんだが、これでよかったのだろうか?


「ふぅ、多分もう撮れ高は十分かな?」


「もういいんですか?」


「うん、私の配信は温泉とかお風呂に入ってるだけの動画だから。こんな配信でも、結構見てくれてるんだよ?」


「まぁ、そうでしょうね」


タダでこんな美人の入浴シーンが見れるなら、みんなこぞって見るだろうな。


「じゃ、じゃあ、おれは先に上がりますね」


「うん、じゃあ着替えたらリビングにいて」


「わかりました」


俺は、若干前屈みになりながらその場を後にする。あんな美人と混浴だと、男は辛いよなぁ。


俺は、脱衣室に向かうと、着替えようとしたのだが、脱いだはずの服が・・・ない?


俺が脱いだ服の代わりに、バスローブが置かれていた。どうしよう。


俺が悩んでいると、人が近づいてくる気配を感じる。どうやら珊瑚さんがお風呂から上がったようだ。


「あ、忘れてたけど、雨で濡れてたから今洗ってるよー。とりあえず、それ着といてー」


「あ、わかりました」


なんだ、そう言うことか。確かに、雨が結構降ってたんだよな。俺は、人生初のバスローブに身を包むと、リビングに向かう。


階段を上がってきて、そのままお風呂に案内されたから、いまいち部屋の位置がわからない。


とりあえず、階段をあがってすぐの部屋を開ける。


ガチャ


「あれ、トイレか」


俺は気を取り直して、すぐ横のドアを開ける。


ガチャ


「・・・リビングでは、ないな」


どうやらここは珊瑚さんの部屋だろうか。想像してたより、シンプルな部屋だ。どちらかというと、俺の部屋に近い。男性っぽい感じのインテリアだった。


「こらこら、勝手に女性の部屋を覗いちゃダメだぞ?」


「うおっ!?」


いつのまにか、背後にいた珊瑚さん。どうやら、リビングに居ない俺を探しに来てくれたようだ。


「ごめんごめん、まだお風呂しか案内してなかったね。リビングはこっちだよー」


俺は、お風呂の方へ向かって歩く彼女の背中を追いかけた。目の前を歩く彼女は、俺と同じくバスローブに身を包んでおり、彼女の魅力的なボディラインがよくわかる。


本当に、大人の女性って感じの人で、イメージ通りの人。・・・なんだけど、いつも笑顔の彼女が時折見せる、悲しそうな笑顔が気になっていた。


「ここだよ」


案内されたのは、お風呂を通り過ぎて、二つ目の部屋だった。それにしても、この家デカいな。


正面から見た時はわからなかったけど、結構奥行きが広くて、敷地はかなり大きい。こんな大きな家に一人で住んでるのか。


「好きなところに座って。烏龍茶でいい?」


「はい、お願いします」


俺は、ソファに腰掛けると、スマホを確認した。結構メッセージが来てるな。


まず開いたのは彼女グループのメッセージ。


『ハルくん、配信見たよー。もちろん登録もしたからねー』


『私も登録したよ、晴翔』


『私もしましたよ晴翔様』


『僕もっす!』


珍しく、桃華とエミーからのメッセージは入っていなかった。仕事が忙しいのかな?


とりあえず、メッセージを返して、他のメッセージも確認する。


あれ、珍しい。美涼さんだ。


『晴翔くん、後でお話があるので、暇な時に連絡下さい』


美涼さんにしては、控えめなメッセージだった。なにか、大事なようなのかな?家に帰ったら連絡しよう。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


喉の渇いていた俺は、もらった烏龍茶を一気に飲み干す。


「はぁ、生き返るー」


「ごめんねー、ちょっと長風呂だったかな?それとも、お姉さんが横にいて緊張しちゃったかなぁ??」


にっこり笑う珊瑚さんは、俺の下腹部を見る。流石にもう落ち着いたが、まだ余韻が残っていてあまり余計なことを考えると、また元気になってしまいそうだ。


「あはは、珊瑚さんは綺麗ですからね。それにしても、一人暮らしも大変じゃないですか?」


俺は、とりあえず話題を変えるために、適当に話を振った。


「あー、そうだね。ちょっと広いよねー。確かに一人だとちょっと寂しいかもね」


あ、まただ。笑顔だけど、悲しそうな、寂しそうな、そんな表情。


「珊瑚さん」


「えっ?」


俺は珊瑚さんを、優しく抱きしめた。彼女以外にすることではないけど、なんとなく、今は必要な気がした。


珊瑚さんは、何かと俺とのスキンシップが激しい。他の人にはあんまりしないのに。そして、何かを懐かしむような、そんな嬉しそうな表情を見せる。


「大丈夫、ですか?珊瑚さん」


「・・・姉さんって呼んで・・お願い」


「珊瑚姉さん」


珊瑚さんは、顔をこちらに向けることはなかったけど、静かに涙を流していることだけはわかった。その涙が、何を意味しているのかは、俺にはわからなかったが、放っておけなかった。


しばらく俺に抱きついていた珊瑚さんも、やっと落ち着いたのか、そっと離れると、乾燥までしっかり終わった俺の腹を持って来てくれた。


「その、今日はありがとう。元気出たよ」


「いえ、許可もなく触っちゃって、すみませんでした」


「ううん、大丈夫。それよりも、外でお迎えが待ってるから行ってあげて」


「えっ?お迎えですか?」


俺は珊瑚さんと共に玄関に向かうと、そこには美涼さんが居た。しかし、いつもの澪の送迎車ではないようだ。


「晴翔くん、ちょっとお時間頂きますね。それから、珊瑚。何もしてないでしょうね?」


「あはは、美涼は心配性だなー。ちょっと味見する予定だったけど、そんな気分じゃなくなっちゃったよー」


「はぁ、じゃあ晴翔くん行きましょう」


「は、はい」


お互いに名前で呼び合っているところを見ると、2人は知り合いなのかな?


とりあえず、珊瑚さんに別れを告げ美涼さんの車に乗ることにした。


「珊瑚さん、今日はありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとね。また会おうねー」


珊瑚さんとのあいさつが終わると、早々に車は発進した。いったい、どこに向かうのだろうか?


ーーーーーーーーーー


「はぁ、情けない。晴翔くんの前で泣いてしまうとは」


私は、情けなく思いながらも、晴翔くんの温もりを思い出し、確かに心が温まるのを感じた。


もう、いい加減立ち直らないとね。


私が、晴翔くんに興味を持ったのは、写真集を見た時だった。本当に、偶然の出会いだったが、運命かと思った。


すごく、弟に似てたから。


もちろん、晴翔くんみたいに格好良くはなかったけど、晴翔くんをもう少し可愛い感じにした子で、雰囲気はそのままんまだった。


なんでも出来る子で、みんなに好かれてて、でも鈍感で、放っておけない子だった。


『珊瑚姉さん!』


晴翔くんに、お姉さんって呼ばれた時、すごく嬉しかった。あの子が帰ってきたみたいで、すごく安心した。


「あーあ、しんみりしちゃったなー。美涼にお願いしちゃったけど大丈夫かな?」


私よりも美涼の方が、晴翔くんには良くない気がするな。なんだか心配になって来た。


私は、何も起こらないことを祈って、動画を編集することにした。さぁ、早く晴翔くんを堪能しないと♪


ーーーーーーーーーー


「晴翔くん、大丈夫でしたか?私が言うのもアレですが、珊瑚と2人になるのはお勧めしませんよ?」


「珊瑚さんは、やさしい人ですからね。お姉さんって感じです」


「お姉さん、ですか。きっと、珊瑚も喜びますよ。お姉さんって呼んであげてください」


「あはは、善処します。それにしても、どうして珊瑚さんの家に?」


「珊瑚に呼ばれたんですよ。晴翔くんを迎えに来てくれって、まだ雨降ってましたから」


「なるほど」


やっぱり、美涼さんを呼んだのは珊瑚さんだったのか。それにしても、なんか珊瑚さんも美涼さんも、いつもと雰囲気が違くて、俺は接し方に悩んだ。


きっと、何か理由があるのだろうが、俺が踏み込んでいいものなのかわからなかった。なので、俺は2人が話すまで特に聞くことはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る