第153話 炭酸飲料

「ただいま」


「あ、戻ってきた。じゃあ、私もお花摘みに行ってきまーす」


楓と入れ替わりで、彩芽もお手洗いへと向かった。彩芽の言う通り、俺は炭酸を飲ませないように気をつけるつもりでいた。


なのに・・・。


「おいちぃ!!」


「お、おい、楓?」


目の前にはいつもクールで、無表情だった女の子が居たはずなのだが。今、目の前にはなんというか、天真爛漫な女の子が居た。


「はると、それおいしい!ちょうだい!」


「いや、楓、もうやめとけよ」


「なんで?あっ、ひとりでのむつもりなんだ?そうでしょ!?」


「そ、そんなつもりじゃ」


俺は、楓の手が届かないようにコーラが入ったコップを高々と持ち上げる。


「もうっ!いじわるー!」


ぴょんぴょんと目の前で、コーラに飛びつく楓。何というか、少し幼児化しているような。


あぁ、彩芽、早く帰ってきてくれぇぇぇぇ!!


ガチャ


「あ、彩芽、助けてくれ!!」


「あぁ・・・お邪魔しましたぁ」


「彩芽ぇぇぇ!!」


無情にも、ドアが一度閉まりかかったが、俺の魂の叫びが通じたのか、最後まで閉まることはなく、スッと開く。


「うぅ、なんで炭酸飲ましたのー?」


「いや、気づいたら飲んでたんだよ。でも、一口だけだぞ??」


「そっか、ならまだいい方かな。前回はコップ一杯飲んだんだけど、5時間くらいはこんな感じだったんだよねぇ」


「5時間・・・」


俺と彩芽は目の前で、未だに飛び跳ねている楓を見る。


「コーラ、コーラ♪」


楓とは思えない笑顔を見せる。


「こんな妹が居たら可愛いだろうな」


「でしょでしょ!?初めて見た時は本当に可愛いと思ったんだけど、しばらくこのままなのも困るんだよねー」


「はると、あやめ、コーラちょうだい」 


きらきらした目でこちらを見る楓。


か、可愛い!?


「あ、彩芽、ちょっとだけなら」


「ダメだよっ!?騙されないでっ!」


楓にコーラをあげたくなる俺と、それを阻止しようとする彩芽は、お互いにコップを取り合う。


「ちょっと、2人とも何してる?」


「「えっ!?」」


俺達が再び楓を見た時には、もういつものクールな楓に戻っていた。


「あれ?楓、もう戻ったのか?」


「楓、大丈夫?」


「2人とも何言ってる?ちょっと、お手洗い行ってくる」


「「う、うん」」


戸惑う俺達をよそに、楓は何事もなかったように、再びお手洗いへと向かう。


「一口だけだったから、すぐに戻ったみたいだねー」


「でも、なにも覚えてなさそうだったぞ?」


「前回も全く覚えてなかったみたいだよー?何回説明しても信じてくれなくてさー」


「そうなのか」


確かに、あんな姿を見られたら、いくら楓でもクールじゃ居られないよな。


俺達は楓が戻って来る前に、炭酸を飲み干して、全て烏龍茶にすることにした。


「やっぱり、初めからこうするべきだよな」


「そうだねー。そもそも、本人も飲む気はないらしいんだけどねー」


「そうなの?じゃあなんで飲んじゃうんだよ」


「なんか知らないけど、間違えて飲んじゃうんだよねー。うちに来た時も、私のを間違えて飲んじゃってさー」


「そうなんだ。まぁ、本人に気を付けてもらうしかないよな」


俺達はドリンクを持って部屋へと戻る。その途中でトイレの方から声がした気がしたのだが、気のせいだろうと、そのまま戻ることにした。


ーーーーーーーーーー


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


私はいま、絶賛反省中。


何故ならば、またしても醜態を晒してしまったから。それに、イケメンの前で。


ガクッ!


私は鏡の前で項垂れた。過ぎた時を戻す術はない。こんな時に、タイムマシンとか、時が戻るオカリナとかあれば、あんな醜態を消し去ることができるというのに。


はぁ、現実は甘くない、か。


せっかく、炭酸は飲まないように気をつけていたのに。


あれは、まだ小学生の頃。


私が初めて炭酸飲料を飲んだ時のこと。


もう、記憶も朧げだが、両親の困った顔だけは、今でも鮮明に覚えている。


私は、炭酸を飲むと、何故かあんなふうになってしまう。ちなみに、あの状態での記憶はハッキリとある。何故か感情がコントロールできなくなってしまうのだ。


彩芽の家に行った時は、本当に酷かった。


「楓は炭酸飲まないよねー、なんで?」


「うん、好きじゃないから」


いや、むしろ炭酸は好き。あの飲んだ時のシュワシュワ、癖になる。しかし、人前では飲めない。気をつけないと。


私は、考え事をしながらコップに手を伸ばし、勢いよく飲み干した。


「あ、それ私の炭酸」


もう、遅かった。


「うまぁい、もっとちょーだい!」


「えっ、か、楓?」


「あやめ、わたしものみたいっ!」


「ひゃぁぁぁ、楓どうしたの!?可愛い過ぎるぅぅぅ。ほら、こっちおいで」


私は、彩芽の言うことに素直に従い、彩芽の脚の間におさまる。


「やばい、楓が可愛い。もしかして、炭酸のせい!?でもでも、これはこれでいいかも!」



5時間後。


「楓、早く戻ってぇぇぇぇ」


「何してるの、彩芽」


私の目の前で泣きわめく親友の姿に、私は若干引いた。そして、自分の醜態を無かったことにすると決めた。


「楓ぇぇぇ、よかったよぉぉぉ」


「何してる、高校生にもなって泣くんじゃない」


「楓が悪いんでしょー!?なんなんよあれぇ!初めは可愛かったけど、髪の毛は引っ張るし、笑顔で毒づいてくるし、最悪だよぉぉぉ!」


「ご、ごめん、なんのことがわからない。トイレ借りる」


ごめん、彩芽。きっと、あなたの気のせい。あんな楓は存在しなかった。そうするしかない。


「う、嘘でしょ?本当に覚えてないの!?」


「だからわからない」


私は、凄い勢いで迫ってくる彩芽をいなして、トイレへと逃げた。あの時は、本当に反省した。


そして、現在も猛省している。


ハァ、やっちゃった。間違えて晴翔の炭酸飲んじゃうなんて。


「晴翔、可愛いって言ってた」


可愛い。


あれが?


可愛い。


もう少し、笑ってみる?


鏡に向かって笑ってみるが、そこには不気味な笑顔の少女が映っていた。


「はぁ、ダメ。私に笑顔は無理。普段通りでいいや」


私は、心を落ち着かせると、何事もなかったように部屋へと戻った。


ーーーーーーーーーー


「じゃあ、気をつけてる帰れよ?」


「うん、またねー」


「うん、また」


楓が、トイレから戻ってきたあと、何曲か3人で歌い、バンドでやる曲も決定した。若干2名居なかったが、あの2人なら楓に反対はしないだろう。


後日、2人にも決まった曲を教えたが、案の定反対はしなかった。むしろ、また2人で喧嘩し始めたから大変だった。


学園祭に向けて、色々なことが進む中で、決定したことがもう一つあった。


それは。


「はーい、注文。今年のミスコンとミスターコンの出場者が決定した。結果は貼って置くからチェックして置くように」


田沢先生は、実行委員の俊介に貼り紙を渡し、教室を後にした。


ミスターコンの出場者には、俺、俊介、町田、西園寺先輩と、何かと俺に近しい人物の名前が並んだ。


一方、ミスコンでは香織、綾乃、澪、桃華が選ばれている。これはこれで、なんだか荒れそうで怖いな。そして、ミスコンのメンバーには、八乙女雪花の名前もあった。


八乙女の名前があったのは想定内。むしろ無くては困ってしまう。俺の彼女達に嫌がらせをしてくれた報いはしっかりと受けてもらう。


学園祭を間近に控えた俺は、クラスの出し物にバンド、そして演劇と、今年の学園祭は何かと忙しかった。


そんな中で、音楽番組への出演がきっかけになったのか、仕事の方も増える一方で、恵美さんの方でセーブしてもらうようになった。


そして、今日もまた新しい仕事がやってきた。


「HARUくん、お久しぶり〜」


「お久しぶりです、七五三木さん」


「嫌だなぁ、水臭い。珊瑚でいいよ。私も、晴翔くんって呼ぶからさ〜」


「わ,わかりました、珊瑚さん」


温泉リポート以来の再会で、こんなに早く仕事をすることになるとは思って居なかった。


「今日はよろしくねぇ。温泉巡り以外に、新しく動画配信のチャンネルを作ることになったんだけど、初回のゲストに出てもらいたいの」


「はい、話は聞いてます。俺でよければ喜んで出ますよ。それに、うちの事務所も動画配信始めようと準備してるみたいですし、勉強になって助かります」


うちの事務所も、流行に乗ろうと事務所公式のチャンネルとタレント個人のチャンネルの運用を検討している。


「そうなんだぁ。じゃあ、私の動画配信の中でチャンネル開設しちゃえば?手伝ってあげるよ?」


「いや、流石にそれは」


俺は、振り返り恵美さんをみるが、恵美さんは黙ってグッと親指を立てている。


「あー、大丈夫みたいです」


「それはよかった。今日は生配信だから、結構面白いことになりそうだねぇ」


不敵に笑う珊瑚さんだったが、俺がその意味を知るのはチャンネルを開設した後のことだった。


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