第150話 初ステージ

俺はステージの中央に立ち、出番を待つ。


現在、俺達が立っているステージは真っ暗で、反対側に設置されているステージでパフォーマンスが披露されている。


「HARU様、大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます、荒川あらかわさん」


「いえ、大丈夫ならいいんです。よろしくお願いしますね」


このグループのリーダー荒川さん。しっかり者で、マイペースなメンバーをしっかりと引っ張っている。


荒川さんは、もうすでに立ち位置にスタンバイしているが、他の2人はまだおしゃべりしていてスタンバイ出来ていない。


「ちょっと、朱莉あかり柚莉愛ゆりあ!そろそろ、ちゃんとしてっ!」


「「はーい」」


本当に大丈夫なんだろうか、このメンバーは。


「えへへ、怒られちった。HARU様よろしくお願いしまーす」


「HARU様、頑張ったらご褒美くださいね」


「いやいや、頑張るのは俺の方では?」


俺の言葉に聞く耳を持たない2人は、さっさと立ち位置に移動する。


舞台袖を見ると、心配そうにこちらを見る六花が居た。なんだか、こっちよりもソワソワしてるな、あいつ。


俺が見ているのに気づいたのか、六花はすぐに笑顔になりこちらに手を振っている。


俺が手を振りかえすと、前のグループの曲が止まる。そろそろこちら側のステージに切り替わる。


「さぁ、それでは続いての曲はこちらです。今年のアニメの主題歌としてもお馴染みの名曲です」


「そうですね。それに、今回は特別ねコラボが実現しましたからね!」


当初の予定としては、他のアニソン歌手とのコラボだったようだが、俺で良かったんだろうか?


「今回は、急遽決まったコラボです。それでは、お願いしまーすっ!」


MCの前振りが終わり、こちらのステージがライトアップされる。


うわっ、思ったよりも眩しいし、暑いな。


ライトアップされ、ステージ上に現れた俺達に視線が集まった。曲が流れ始めるが、客席は音楽番組とは思えないほどに静まり返っていた。


俺は心配になり、メンバーをチラッと見るが、みんなは全く心配していないようだった。


俺は心配しながらも、自分の仕事を全うすることにした。


初めの予定では、ほぼユニゾンで歌ってくれればそれでいいと言われていたが、歌っていてなんとなく味気ない感じがした。


俺は、チラッとリーダーの荒川さんに目配せをすると、サビからは邪魔しない程度にハモることにした。


初めこそ荒川さんをはじめ、他の2人も驚いていたが、すぐにいつも通りに戻り、最高のパフォーマンスをしていた。


こうして歌って踊っていると、客席の心配をする暇もなく、あっという間に曲は終わってしまった。曲が終わった瞬間に、客席の声と共に大きな拍手に包まれ、不思議な数分間だった。


ーーーーーーーーーー


私は、ボーカルグループ『ラズベリー』のリーダー荒川郁あらかわ いく。今日は、音楽番組の生放送に出演予定です。


メンバーは、3人でマイペースな2人とグループを組んでいる。


「いやー、初めての生放送で緊張するねー」


「本当にねー。あぁ、もう一回HARU様に会いに行こうかなぁ」


2人とも、HARU様の大ファンで、さっき楽屋に会いに来た時は凄かった。まぁ、私もサイン貰っちゃったけど。


HARU様に会えたのも嬉しかったが、今日は私達にとって、初めての大きな番組、そして初めての生放送。


結成して5年。


やっと、今年のアニメの主題歌がヒットしてくれたおかげで、こうしてテレビに呼んでもらえた。このチャンスは、何がなんでも掴まなくっちゃ!!


そうして意気込んでいたが、ここでハプニングに見舞われた。


なんと、今日コラボ予定で、一緒に私達の曲を歌ってくれるはずだった、アニソン歌手の方が体調不良で出演出来なくなってしまったらしい。


「ど、どうなるの、郁ちゃん??」


マイペースな割に心配症な久慈朱莉くじ あかり


「大丈夫だって、コラボがなくなるだけでしょ?私達だけで歌えばいいじゃん」


マイペースで、楽観的な性格の畑柚莉愛はた ゆりあ


「とにかく、スタッフの方に対応を確認しましょう。今、マネージャーが確認に行ってるから、待ちましょう」


「「はーい」」


普段の待ち時間と違い、刻一刻と自分達の出番が近づいていると思うと、この待ち時間は、気が気でなかった。


お願い、早く来てぇ!!


ガチャ


「お待たせしましたっ!」


ノックもせずに入ってきたマネージャーは、息を切らしながらも、スタッフから確認したことを、私達に伝える。


「とりあえず、新しくコラボ相手を用意したようです」


「急遽って言われても、リハもしてないのよ!?」


「そ、そんなんで大丈夫なんですか?」


「まぁまぁ、2人とも。なんとかなるって」


私は内心ヒヤヒヤしていたが、代役にHARU様が選ばれたと聞くと、2人は大はしゃぎだった。


私も、嬉しかったが、HARU様がどの程度歌えるかはわからない。大丈夫かしら?


その後、HARU様が楽屋に来てくれて、軽く歌と踊りを見せてもらったんでけど・・・。


「ねぇ、どうだった?」


「どうもなにも、凄かったよぉ!!」


「凄いよっ、歌も、ダンスも!完璧すぎる!!」


確かに、正直私達より上手かったかも。あんなにイケメンで、急にお願いしたのに、本家より完璧にやってのけるなんて。


正直、最初のコラボより、HARU様の方が良かったかも。でも、急遽なお願いじゃハモリのパートまでお願い出来ないし、ユニゾンでとにかく歌ってもらおう。


HARU様の歌声なら、それだけでも十分過ぎるほど魅力がある。


いざ、私達の出番になると、初出演の私達はそれぞれ緊張に押し潰されそうだった。


リーダーなんだから、私がなんとかしなくちゃ。とにかくみんなに声かけよう。


「HARU様、大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます、荒川さん」


「いえ、大丈夫ならいいんです。よろしくお願いしますね」


HARU様、全然緊張してないみたい。HARU様も初ステージなのに。


それに比べてあの2人は。


「ちょっと、朱莉、柚莉愛!そろそろ、ちゃんとしてっ!」


「「はーい」」


普段からマイペースな2人だが、歌とダンスに関しては本物で、ふざけることなんて全くない。まして本番直前に。やっぱり、2人も緊張してるのね。


前のステージが終わり、私達の出番となる。緊張はしてるけど、曲がかかってしまえばいつも通りだ。私達はただ歌って、踊るだけ。


チラチラ映るHARU様は、私達みたいなヒラヒラの衣装ではなく、ビシッとしたタキシードのような衣装で、それはもう格好よかった。


それに、HARU様はかなり集中してるみたいで、客席の声なんて聞こえてないみたい。凄く楽しそう。


そんなHARU様と視線が混ざり合ったのが、サビの前。突然のウインクにドキッとして心臓が止まるかと思った。


HARU様のウインクは大型ビジョンにも映っていたので、客席でも胸をおさえる女性が続出した。


そして、あのウインクがなんの合図だったのか、サビに入ってやっとわかった。


なんと、本当はお願いしたかったハモリのパートを歌ってくれている。驚きもあったけど、本当に歌っていて気持ちいい。


だけど、そんな楽しい時間は、あっという間の出来事で、私達の初ステージは幕を閉じたのだった。もっと歌いたかったなぁ。


ーーーーーーーーーー


「今日、コラボの相手変わったんだってよ?」


「マジで?じゃあ誰になるんだろ?」


「さぁ、あんま期待しない方が良いかもね」


晴翔達のステージが始まる前、客席ではコラボ相手が変わったことに落胆する人が多かった。アニソンといえばこの人って感じの人だったので、ファンも多かったようだ。


しかし、いざステージがスポットライトで照らされ晴翔の姿が見えると、客席は驚きの余り曲が始まってもフリーズしたままだった。


そして客席が再び動き出したのは、晴翔が歌い出した時だった。


「えっ!?この声HARU様!?」


「やばっ、めっちゃ上手いじゃん!!」


「くそっ、なんであんなにハイスペックなんだ!」


「認めたくないが、心に刺さるっ!」


歌い出しから心を掴まれた客席を、晴翔の強襲が襲ったのはサビ前だった。ちょうどサビ前で晴翔の姿が大型ビジョンに映った時、晴翔のウインクが映し出された。


「「「「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」


客席の女性たちにとっては致命的な一撃で、ほとんどの女性が胸を撃ち抜かれた。


しかし、この一撃は客席だけにとどまらず、テレビの前のお茶の間にまで影響を及ぼした。

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