第149話 生放送

「ハルくん、今日何時だっけ?」


「7時からだよ。もっとも、俺の出番は8時過ぎだろうけど」


今日は音楽番組の生放送である。テレビの収録は何度か経験があるが、生放送は初めてのため緊張している。


「じゃあ行ってくるよ」


「うん、頑張って!」


俺は香織に見送られ、自宅を後にした。現場までの移動は、いつも通り恵美さんが車で送ってくれた。


「よろしくお願いします」


「はーい、じゃあ行きましょうか」


今日のスタジオはいつもと違い、少し遠い場所にある。念のため、六花に連絡を取っておく。


『今向かってる』


『僕はもう着いてるっす』


『マジか、少し待っててくれ』


『いくらでも待つっす。楽屋に居るんで、一緒にして挨拶回り行くっす』


『わかった、じゃあまた』


『はいっす!』


「なぁに?彼女?」


れんらくを取り合えると、隣で恵美さんがニヤニヤしている。


「知ってるでしょ、六花ですよ」


「でも、六花ちゃんも彼女でしょ??」


「ま、まぁそうですけど」


「本当に若いっていいわよねぇ。あんな公然の面前で愛の告白なんてぇ」


空手の大会があった日。


六花の最年少優勝は世間の関心を誘ったが、それ以上に皆の関心を掻っ攫ったのが、六花の告白だった。


あんなところでしなくてもと思ったが、意外とアンチコメントはほぼなく、六花を応援する声が多かった。


特に、女性達にはかなり刺さったようだ。


『六花ちゃん、素敵です!ファンになりました、応援してます!』


『普段は僕っ子なんですね、可愛いです!』


『HARU様をよろしくお願いします!』


その日の夜のニュースでも、大々的に放送されており、一躍国民的ヒロインに成り上がった。


この後も恵美さんに、根掘り葉掘り聞かれているうちに、スタジオに到着した。


予定より少し遅くなってしまったため、急いで楽屋に向かう。


コンッコンッ


「はーい、どうぞっす」


ドアをノックすると、中から六花の声がする。


「悪い、遅くなった」


「晴翔さん、大丈夫っすよ。僕らのリハまでまだあるっすから」


「そっか、ならよかった」


俺達は、挨拶回りの前に今日の企画書と台本を読むことにした。


「それにしても、錚々たるメンバーが集まりましたね。今のJ-POPを集約した感じっすね」


「そうだな。それに結構、臨時のコラボとかユニットも多いんだな」


「そうみたいっすね。そろそろ挨拶回り行くっすか?」


「そうだな、行っとくか」


俺達は、今回集められたメンバーのうちリストの上位から挨拶をして回った。


どうやら芸歴順になっているようなので、間違い無いだろう。


俺達が挨拶回りに向かうと、大体の人は驚きを隠せないようだ。名前は伏せてあるが参加する旨を伝えると、割と笑顔で受け入れてくれた。


それに、六花を見るとみんな凄い祝福してくれた。


一方で、女性グループやアイドルなどの楽屋に行くと色々と大変だった。


「HARU様、私大ファンなんです!」


「写真お願いしますっ!」


「私も生放送で、告白していいですか!?」


「あ、ありがとうございます。写真はオッケーです。あと、告白は勘弁してください」


「ぶぅ、なにデレデレしてんすか晴翔さん」


いつも通りに対応しているつもりなのだが、隣でご機嫌斜めな六花が居た。


「なんだ、やきもちか?」


俺は、六花の膨れた頬を指でつつく。


ぷにぷに。


思っよりも柔らかいな。俺はその後も、しばらく六花の頬を堪能する。


「もぉぉぉ、いい加減やめるっすよ!」


「お、ごめんごめん、つい気持ち良くてな」


「もう、言ってくれれば、いくらでも触らせてあげるっすよ」


照れ臭そうに頬を掻きながら、そう言う六花に俺だけでなく、周りにいた人達もほのぼのとした雰囲気になる。


「な、なな、なんすかこの空気。晴翔さん、もう行きましょう!」


「お、おい」


俺は立花に手を引かれて楽屋へと戻る。


「お幸せにね〜」


「六花ちゃん、頑張ってー!」


「応援してるよー」


暖かい声に見送られ、楽屋に戻った俺達はリハーサルまで時間を潰すことにした。


ーーーーーーーーーー


「リハーサルの準備お願いしますっ!」


「はーい、今行くっす。ほら晴翔さん」


「お、おう」


俺達はリハーサルに呼ばれたため、音響の確認や六花との立ち位置などさまざまな確認をしていく。


だが、俺が今一番気になっているのは、俺達のユニット名だった。


「なぁ、いつの間にユニット名決まったんだ?」


「え、安藤さんから聞いてないっすか?先週にはお伝えしたんすけど」


「そっか、じゃあ恵美さんが忘れてたのかな?それで、なんで『リット』なんだ?」


「そりゃもちろん『六花りっか』と『晴翔はると』で『リット』ですよ!」


まぁ、なんとなく予想はしていたけど、そのまんまだったな。


「そ、そうか。考えてくれてありがとう」


「いえいえ、お礼には及ばないっす!」


謙遜している割に、むふぅとドヤ顔の六花。そんな表情を見ていると、なんとなくほっぺをつつきたくなり、俺は六花のほっぺをつんつんする。


「や、やめいっ!」


「ははは、悪い悪い」


俺達のリハーサルは、特に問題もなく、終始和やかなムードのまま、予定通り終了した。


そして、夜7時になると予定通りに番組が始まった。オープニングには全員参加なので俺達も参加することになった。


そして、俺達の姿が映った瞬間に、ネットは大騒ぎになった。


『なんでHARU様がっ!?』


『六花ちゃんも居る!』


『HARU様はゲスト出演??誰かとコラボするのかな!?』


『やっぱり、HARU様は歌も上手いのかしら?』


テレビでは、生放送の映像の下にSNSなどのコメントが流れるようになっているが、しばらくの間は俺と六花のコメントしか流れなかった。


そして、始まった生放送だが、一筋縄では行かないのが生放送だと痛感する出来事があった。


今日、他の歌手がコラボする予定だった相手が体調不良で出演出来なくなってしまったらしい。


まだ、他の人でも打ち合わせをすれば間に合うタイミングだが、誰も出れそうな人が見当たらなかった。


そこで、白羽の矢が立ったのが、何故か俺だった。


「お願いします、HARU様っ!」


「私達とコラボお願いしますっ!」


俺達の目の前で頭を下げているのは、さっき楽屋挨拶で告白したいと言っていた、女性グループだった。


「私達の曲、聞いたことありますか?」


「ま、まあ有名ですからね。一応人並みには歌えると思いますが」


このグループの曲は香織が大好きで良く歌わされるから、歌詞を見なくても歌えるほどだ。


「本当ですか!?」


「お願いします、助けて下さい!」


俺達もまだ打ち合わせがあるしな、どうしよう。俺が、悩んでいると六花が俺の袖を軽く引っ張る。


「出てあげて下さいっす」


「大丈夫か?」


「僕達の仲ならアドリブでも乗り切れるっす。だから心配いらないっす」


「そっか。わかりました、じゃあ少しだけ確認させて下さい」


「はい、ありがとうございます!」


俺は急いで曲の確認と、立ち位置や動きを確認していく。


「ほえぇ、HARU様、歌お上手ですね」


「歌手をやってる私達が恥ずかしくなります」


「いやいや、皆さん綺麗な歌声だから、俺の声なんかより全然心地よく聞こえますよ」


「いや、それはHARU様はご自分の声だからで」


「そうですよ、それにダンスも完璧です。ますます惚れなおしちゃいました!」


「やっぱり、告白していいですかぁ??」


「いや、それは勘弁して下さい」


俺達は打ち合わせを無事に終えると、出番が来たようで、舞台袖から声がかかる。


「準備お願いしまーす!」


「「「はーい」」」


「じゃあ、行ってくるよ」


俺は六花に声をかけると、ステージにスタンバイする彼女達のもとへ向かう。


「晴翔さん」


途中で六花に声をかけられ、俺は立ち止まり振り返る。


「晴翔さん、頑張って下さい。待ってるっす」


ちゅ


「頑張れるおまじないっす」


笑顔の六花に送り出され、俺の初めての生放送が始まった。

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