第147話 試合
『師匠、お久しぶりっす!』
そんなメッセージが届いたのは、仕事の休憩中のことだった。
六花か。
六花とは、しばらく会ってなかったな。プラネタリウムに行ったのが最後か?
『おう、どうした?』
『明日、時間あるっすか?』
確か、午前中は映画の撮影が入ってたな。
『午後なら大丈夫だと思うけど』
『午後ですか、わかりました。では準決勝以降は観にきてもらえそうっすね」
準決勝?
あっ、そういえば空手の大会があったな。今回の大会は六花にとって大切な大会だし、応援に行ってあげたい。
『わかった、午後は観に行くから、絶対負けるなよ?』
『了解っす!』
こうして、俺達のやりとりは終了した。
「波瑠さん、そろそろ撮影再開しますよー」
「はーい」
俺は、今回『ペルソナ』の撮影の為、波瑠の姿で撮影に臨んでいる。ファンにはもうHARUと波瑠の関係性は、ほぼバレており、あまり隠す必要がないのだが、映画の公開までは、正式には発表しないことにした。
世の男性達の夢を壊さないように、公表するまでは女の子になりきろう。
「お願いしまーす」
俺は、スタッフの皆さんに愛想を振り撒きながらスタンバイする。
「波瑠ちゃん、可愛いよなぁ」
「俺達にも、笑顔で挨拶してくれるしさ」
「本当に、良い子だよな」
男性スタッフ達は、すっかり波瑠にメロメロになっていた。
「男ってわかりやすいよね」
「波瑠ちゃんの正体を知ったらどうなるのかしら?」
「まぁ、夢から覚めるだけだから」
女性スタッフ達は、男性スタッフに呆れながらも、彼女達もまたHARUの時と違い、波瑠ちゃんならば、女の子同士なので堂々とイチャイチャ出来る現在の状況を堪能していた。
「はい、オッケー!」
監督からカットがかかると、本日最後の撮影が無事に終了した。
「波瑠ちゃん、すごくよかったよー。HARUくんの時も衝撃だったけど、彼と同じくらいの才能があるね!」
「あ、ありがとう、ございます」
この人は、大崎監督のお弟子さんで、今回が初監督作品となる。この人、悪い人じゃないんだけど、ボディタッチ多めなんだよなぁ。
「本当はHARUくんを主演で、僕も映画が撮ってみたかったんだけど、波瑠ちゃんでよかったよ。こんなに演技がうまいとは思ってみなかったよ」
「あはは、そ、そうですか」
どっちも俺なんだけどなぁ。まあ、褒めてくれる分には嬉しいから、素直に俺を言っておこう。
「えっと、私、次の仕事がありますので、この辺で」
「あぁ、引き留めてごめんね。じゃあ明日の撮影もよろしくね」
「はい、お疲れ様でした」
ーーーーーーーーーー
そして、次の日。
六花との約束の日。六花にとって人生最大の勝負の日となる。
空手の全国大会。そして、晴翔に遊園地での返事をもらうことになっている。
「はぁ、師匠」
試合前だと、集中できないからって、試合後に返事をもらうことにしたけど。
逆に気になって集中出来ないぃぃぃぃぃ!!
「あぁ、失敗したなぁ。遊園地の時に聞いておけばよかったよぉ」
心の中を乱しながらも、私は危なげなく一回戦、二回戦と勝ち進んでいく。
師匠が応援に来てくれる午後までは絶対に負けられない。私が負けるとしたら、おそらく決勝で当たるだろうあの人だけ。
チラッとトーナメント表を確認する。
資料で見た感じ、私との力の差は五分五分ってところ。だけど、それ以上に経験の差がある。
やばいなぁ、考えただけで不安になってくる。
私は、一人でご飯を食べてウォームアップを始める。身体を動かさないと、ネガティブな考えばっかり浮かんでくる。とにかく気を紛らわせないと。
私が、がむしゃらに動き回っていると、後ろから声が聞こえた。
「そんなに暴れてると体力持たないぞ?」
私は、ピタリと動きを止める。ずっと聴きたかった声だ。
私はゆっくり振り返ると、そこには待ちに待った師匠の姿があった。
「師匠〜、遅いっすよぉ」
私は、半泣きになりながら師匠に抱きついた。
ーーーーーーーーーー
「師匠〜、遅いっすよぉ」
「悪かったよ。仕事が押しちゃってさ」
「むぅ、それはわかるっすけど。それでも、早く会いたかったっす」
俺の胸元に顔を埋めて、六花は弱音を吐く。1人で頑張ってるんだもんな。俺は、優しく抱き寄せて、背中を軽く叩く。
しばらくこの状態で居たが、流石に人が集まってきたな。
「ねぇ、あれHARU様じゃない??」
「本当だ!?」
そろそろ、離れないとやばいな。
「六花、そろそろ落ち着いたか?」
「・・・まだ足りないっすけど、まぁ仕方ないっすね」
六花はぶつぶつ言いながらも、名残惜しそうに俺から離れる。
「師匠、少し組手お願いするっす」
「はいよ、じゃあ場所を移そう」
俺達は、試合が始まるまで軽く身体を動かした。うん、これだけ動ければ良い勝負ができるだろう。
俺は、応援席に移動すると、六花の試合を見守ることにした。
六花は順調に勝ち進み、とうとう決勝戦にまで駒を進めた。ここまで来れば、負けても世界選手権の切符は手に入るが、出来れば優勝して弾みをつけたいところ。
「頑張れよ、六花」
誰にも聞こえないくらいの小さな声は、この広い会場の中に消えていった。
決勝は、実力が拮抗している為、お互いに有効打がないまま延長えと進んだ。
流石に簡単には勝たせてもらえないな。
お互いのファン達の応援も力が入る。さっきまで、見守るだけだった人達も、声を出して応援し始める。
「私達も、六花ちゃん応援しようよ」
「でも、私達が来るのは内緒だし、周りにバレると六花に迷惑だよ」
あの2人は、確か六花が居たグループのメンバーか。どうやら内緒で来ているようだ。
サングラスにマスクと、ぱっと見は誰かわからないが、六花なら気づくだろうな。
仕方ない。
「六花っ!」
周りの声と比べても、そこまで大きな声を出したわけではないが、それでも六花は俺の声に反応してこちらを見る。
俺は、六花に見えるようにある場所を指差す。
六花は素直にその方向を見ると、元メンバーの姿を見つけたようだ。
一瞬固まっていたが、直ぐに笑顔になる。
やっぱり、お前は笑顔が一番似合うよ。
延長戦に向かう六花に、俺は最後のエールを送った。
「頑張れ、六花・・・好きだよ」
俺は聞こえない程度の声で、つぶやいた。
六花には届かないはずだが、一瞬六花が笑ったような気がした。まぁ気のせいだろ。
その後、今まで苦戦していたのが嘘のような圧倒劇を演じた六花は、見事優勝を飾った。
そして、表彰式の前に優勝者のインタビューが会場のど真ん中で行われた。
「六花さん、見事優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「途中まで、苦戦しているように見えましたが、最後は素晴らしい動きでした。何か勝因はあったのでしょうか?」
うん、それは俺も聞きたい。あの動きは、六花の実力以上が出ていた気がする。
「それはもちろん」
「もちろん?」
「愛の力っす!」
「あ、愛ですか?」
「そうっす!師匠〜、僕も大好きっす!愛してるっすよ〜!!」
眩しい笑顔と共に、大きく両手を広げる六花は可愛くて、十分に魅力的なのだが。
今はやめてくれぇ!!
結局、表彰式のあと、六花だけでなく俺もインタビューに呼ばれることになってしまい。ひと騒動起きることになった。
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