第146話 売り切れ

「すみません、写真集は現在入荷待ちでして」


「えぇ、ないの!?」


「マジかよ〜!」


「よしっ、次の店行くぞ!!」


最近、こんな光景をよく見る。写真集を買い行くが売ってない。そして、次のお店、次のお店と旅をしていく。


「はぁぁぁぁ、なんでこんなに売れてんだよ!?」


俺は、我慢できず心の声が漏れた。


「仕方ないよ、波瑠ちゃん可愛いもん」


「うん、波瑠ちゃんは可愛いと思う」


「そうですわね。波瑠ちゃんは、反則だと思います」


「波瑠先輩も好きです!」


今日は、珍しく朝から全員揃っている。何故か登校中に全員が揃うという奇跡が起こったからだ。


しかし、よくよく考えると、奇跡でもなんでもなかったようだ。


「それにしても、ハルくんは何か渡す物があるんじゃないかなぁ??」


「うぐっ」


俺は、恵美さんから彼女達の分の写真集を事前にもらっていた。しかし、俺はまだそれを渡していない。むしろ、発売されることも黙っていた。


どうか、写真集が売れずに、誰も気づきませんように。淡い期待を抱いた俺が馬鹿だった。


写真集は、発売されたと思ったら、当日のうちに売り切れが相次ぎ、重版が決まった。そして、そのバカ売れ具合にHARUに続き100万部を突破するのでは?とテレビで特集を組まれるまでになった。


そうなると、隠し通せるはずもなく、その日の夜には彼女達からのメッセージが大量に俺のスマホに届いた。


『ハルくん、写真集出したんだって?』


『晴翔、私聞いてないよ』


『晴翔様、こういう時は一言連絡が欲しいです』


『晴翔先輩、安藤さんからお土産もらったって聞きましたよー!例のブツ下さい!』


『師匠〜、僕の分はないんすか??』


『私は写真提供者なので、発売前に貰いました。今度は一緒にコスプレしましょう!』


結果、前回と同じくみんなに写真集を渡すことになった。てか、いつの間に六花までグループに入りやがった。


俺は、頭を抱えながらも、明日の荷物として写真集が入った紙袋を鞄の横に置いた。


ーーーーーーーーーー


ある日のニュースで、『今話題の人』と題して街頭インタビューを行っていた。


「今、気になってる人はいますか?」という質問に、街の人々は口を揃えてこう答えた。


「波瑠ちゃんが気になります!」


ニュースでは、突然現れたニューヒロインの話で持ちきりだった。


「以前HARUさんの時にも特集を組みましたが、今回は前回以上の社会現象になっていますね」


「そうですね、HARUさんと名前が同じなのが、また火がついた要因かも知れませんね」


「今は、波瑠さんが誰なのか、気になる人が多いようですね。HARUさんの時は主に女性からの支持が大きかったですが、今回は男女問わず写真集を購入されているようです」


波瑠の写真集は、男性が主な購入者だと思われたが、比率で言うと女性の方が圧倒的に多かった。


「それにしても、初版が50万部って恐ろしいですよね」


「そうですね。それだけ売れる自信があったんでしょうね」


写真集は1万部売れれば元がとれると言われている中で、3万部〜4万部売れれば大ヒット。HARUは100万部を突破しているが、早くもそれを上回りそうな勢いである。


「これからどれだけ売れるのか、波瑠さんが今後どんな活動をしていくのか注目していきましょう」


「そうですね。では、今日はこの辺で」


波瑠の今後について言及する形でニュースへ締め括られた。


ーーーーーーーーーー


「じゃあ、今日昼休みに渡すから待っててくれ」


「うん、わかった!」


「楽しみにしてる」


「じゃあ生徒会室を使いましょう。あけておきますので」


「じゃあ、先輩方またお昼に会いましょう!」


お昼の約束を済ませた俺達は各々のクラスへ向かう。


なんだろう、教室に向かう廊下が、いつにも増して賑わっているように感じる。


「見て見て、ほら波瑠ちゃんの写真集っ!」


「えぇ、買えたの!?」


「凄い、見せて!」


なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がする。


「みんな波瑠ちゃんに夢中だねぇ」


「勘弁してくれよ」


「ほら、男子も持ってるよ」


クラスに入ると、町田が自慢げにみんなに見せびらかしている。


「ほら、今なかなか手に入らない波瑠ちゃんの写真集だぁ!」


「すげーっ!」


「俺にも見せてくれよ!」


町田に群がる陽キャどもめ。少しは打ち解けられたと思ったが、やはり相容れない存在だったか。


「ほら、ハルくんも見せてもらえば?」


「なんで自分の写真なんて」


まさに俺の黒歴史だ。あぁ、町田、やめてくれ。そんなに高々と俺の黒歴史を掲げないでくれぇぇぇぇ。


もはや俺のHPは、ほぼゼロだ。もう勘弁してくれぇ。


「おはよー、晴翔くん、香織ちゃん」


「おはよ、2人とも」


「あぁ、楓と彩芽か。おはよう」


「2人ともおはよー」


クラスにいる時は、何故かこの4人でいることが多くなった。いつも、俊介が羨ましそうにこちらを見ているので、正直気まずい。今度誘ってやるか。


俺が俊介に気を取られているうちに、2人は俺に近寄ると小声で話しかける。


「ねぇねぇ、波瑠ちゃんってさー」


「私も思った。あれは」


「「晴翔」「晴翔くん」だよね??」


「っぐ、な、何故そう思う?」


俺は諦めない。まだ誤魔化せると思い、2人に理由を聞いてみた。


「いや、だって晴翔くんの女装見たことあるしー」


「そうそう、学校でみた」


「諦めなよハルくん。わかる人にはわかるんだから。まぁでも気づいたのは女子だけみたいだけどね」


馬鹿みたいに写真集に群がるだけの男女とは違い、女子達はこちらをチラチラと見ている。俺と目が合うと、顔を真っ赤にして視線を逸らされてしまう。


「目が合っちゃったよー!」


「やっぱり、齋藤くんだよねっ!?」


「絶対そうだよっ!」


どうやら本当にバレてるようだ。しかし、世の夢見る男性達には、波瑠が男だと言うことはバレることはなかった。


HARUのファンは、誰に言われるでもなく、HARUのマイナスになるようなことはせず、公式に発表されていないことは、勝手に発信しないのが暗黙の了解となっていた。


「ハルくんは、幸せ者だねぇ。結構ファンに足引っ張られる芸能人も多いのにね」


「そうなのか?」


「うん、桃華ちゃんも結構苦労してるみたいだよ?追っかけとか凄いらしいし」


「早川さんがいるとはいえ、確かに大変そうだな」


今日は、男子の馬鹿騒ぎと、女子からの視線に気力を削られながら、俺はなんとか昼休みを迎えた。


ーーーーーーーーーー


昼休み、俺達は約束通りに生徒会室に集まっていた。


「じゃあ、これ」


俺は、渋々彼女達に写真集を渡していく。


「ありがとうハルくんー!」


「晴翔、いや波瑠ちゃん、ありがとう」


「晴翔様、ありがとうございます。宝物にします」


「ハル先輩、やばいです、可愛いすぎです!」


結局、彼女達は昼休みのあいだ、ご飯そっちのけで、写真集を堪能していた。


はぁ、これから波瑠の姿で映画の撮影があると思うと、ため息しか出ないな。


俺はこの日を境に、世間が波瑠に注目する中、映画の撮影が始まり、宣伝のための仕事に駆り出されることとなった。






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