第142話 隣の部屋

「ぷはぁ、やっぱり温泉の後のコーヒー牛乳は格別だなぁ」


俺は熱った身体に、キンキンに冷えたコーヒー牛乳を流し込む。至福のひと時だ。


さて、途中で出て来ちゃったから、みんなはまだまだ出てこないだろう。何してようかな?


俺は、とりあえず売店に向かうと、俺と香織用にお菓子と飲み物を調達することにした。


「やっぱり、炭酸は欠かせないよな。あとは、塩っぱいのと甘いものをいくつか買って」


うん、我ながら良いセンス。これなら、無限に食べ続けられる気がするな。俺はお会計を済ませると、ベンチで香織を待つことにした。


「見つけたっ!」


「ん?」


突然聞こえた大声に、俺はビクッとしながらも声の出どころを確認する。するとそこには、まだ髪も乾かしていないのか、全体的にしっとりとした様子の香織がいた。


「お、おい、もう少しちゃんと拭けよ。風邪ひいたらどうするんだよ」


「え、あ、ごめん」


俺は、香織の手からタオルを取ると、髪を拭く。んー、やっぱりドライヤーがあった方がいいな。


「ほら、早く部屋に行くぞ」


「えっ、ちょっと、まだ言いたいことが・・・もうっ!!タイミング逃したよっ!!」


なんだか文句を言いながらも、後をついてくる香織。そういえば、さっきなんか叫んでた気がするな。


まぁ、こういう時は絶対良いことはないから、うやむやにしよう。俺は、さっさと部屋に戻ることにした。


ーーーーーーーーーー


俺は、部屋に着くとドライヤーをセットして、香織を座らせる。


「ほら、早く」


「むぅ、髪乾かしたら話あるからねっ」


「はいはい、じゃあ乾かすぞー」


俺は、慣れた手つきで香織の髪を乾かしていく。何度もやっているせいか、特に何も考えずに体が動く。


「やっぱり、ハルくんにやってもらうのが一番いいねー」


「そう?」


「うん、幸せぇ」


全体的にとろんと、溶けた雪だるまのようになっている香織。なんだか綾乃と似てるな。


「ほら、乾いたぞ」


「ありがとう〜、ハルくん。大好きぃ」


そう言って、抱きついてくる香織。よし、このままさっきの話は忘れてもらおう。


俺は、ドライヤーを片付けながら香織が離れるのを待ったが、一向に離れる気配がない。


「香織?ちょっと離してもらってもいいか?」


「だめ」


「なんで?」


「話があるって言ったでしょ?」


さっきまでの幸せそうな表情はどこに行ってしまったのか。これは完全に怒ってるな。


「今日のロケは、誰と一緒だったのかなぁ?」


「あ、あれぇ?言ってなかったっけ?」


俺はとぼけた様子で言ってみるが、逆効果だったらしい。


「言ってないよっ!!」


「す、すみません」


「いや、仕事だから仕方ないんだけどさ、問題はこの写真でしょっ!?」


そう言って見せられた写真は、七五三木さんとのツーショットだ。ま、まあ、これはちょっとアレだよな。


「この人裸でしょ!?なんで何も着てないの!?こういうロケって、普通なんか着るんじゃないの!?」


「それは俺も思ったけど、七五三木さんは着ない主義らしい」


俺は、七五三木さんから聞いた通り真面目に答えたが、香織には通じなかった。


「とりあえず、気をつけてよね」


「はい、すみません」


写真に関しては不可抗力だと思うが、確かに気をつけるに越したことはないな。今後は気をつけよう。


俺が香織から小言を聞いているうちに、大人達も戻ってきた。


「おい、なにやってるんだ晴翔?」


「今度はなにしたんだい晴翔くん?」


男どもは、俺が怒られているところを楽しそうに笑いながら素通りして行った。どうやら、子供よりも晩酌に意識が向いているようだ。


「あー、ごめんね晴翔くん」


「晴翔、ごめんね」


「えっ、何が?」


母さんと明日香さんは、なぜか俺に謝りながら、やっぱり素通りしていった。父さん達の晩酌に付き合うようだ。


「お母さん、忘れてないよね?」


「も、もちろんよ。ねぇ真奈?」


「ま、任せておいて。じゃんじゃん飲ませておくから」


女性陣3人は、お互いに視線を合わせると、頷きながら親指を立てた。


なんだか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。俺の知らぬ間に、何かが起ころうとしている。


その後、香織から解放された俺は、香織と2人でテレビを見ながらお菓子を食べていた。


「ハルくんはお菓子選びのセンスがいいね。ずっと食べてられそうだよー」


「だろ?俺も自分で自分が怖い」


「それにしても、大人達は盛り上がってるねぇ」


「そうだな。そんなにお酒が美味いのかね?」


こればっかりは飲んでみないことにはわからない。早く経験してみたいな。


それから1時間くらいだっただろうか?


母さんと明日香がこちらに来て、香織に鍵を手渡した。


「これ、隣の部屋の鍵」


「え、なんで隣の部屋?」


「女性と男性で2部屋予約しておいたの。だけど、この調子だとまだ終わりそうにないから、あんた達は先に隣の部屋で寝てなさい」


「え、別にまだ眠くないけど」


「いいから、行きなさい」


俺も香織も別にまだ眠くはないのだが、なぜか必死に俺達を追い出そうとする母さんと明日香さん。


「香織、どうする?」


「え、えと、い、いいんじゃない??少し、眠くなってきたかも」


「え、マジで?」


「・・・うん」


なんとなく、いつもの香織と様子が違う。なんか顔も若干赤い気がする。もしかして、風邪か?だとしたら、早く寝かせてあげた方がいいか。


「じゃあ先に寝てるか」


「う、うん。ハルくん、先に行ってて」


「ん?わかった。早く来いよ?」


俺は香織の言う通り、先に隣の部屋へ向かった。


ーーーーーーーーーー


「これ、隣の部屋の鍵」


「え、なんで隣の部屋?」


真奈さんは、ハルくんに隣の部屋の鍵を手渡した。もちろん、2部屋予約してあるのは知っていた。


「女性と男性で2部屋予約しておいたの。だけど、この調子だとまだ終わりそうにないから、あんた達は先に隣の部屋で寝てなさい」


「え、別にまだ眠くないけど」


「いいから、行きなさい」


確かに、私達はまだ眠くないのだが、これは真奈さんとお母さんからの無言のメッセージ。


『2人にしてやるから、頑張れ』と。


「香織、どうする?」


ハルくんは、そんなこと知る由もなく、私にどうするか訊ねてきた。


もちろん、私は隣に移動したい。だから、眠くもないのに、あくびをしてみたりした。


「え、えと、い、いいんじゃない??少し、眠くなってきたかも」


「え、マジで?」


「・・・うん」


や、やばい、緊張してきた。どうしよう、なんだか顔が熱い気がする。


「じゃあ先に寝てるか」


「う、うん。ハルくん、先に行ってて」


「ん?わかった。早く来いよ?」


先に隣へ向かったハルくんを見送り、私は急いで2人にアドバイスを聞いた。


「あ、あのっ!」


「大丈夫よ、香織。落ち着いて」


「で、でも、この後どうしたらいいか!?」


私はすごくテンパっていた。自分から頼んでセッティングしてもらったが、ここに来て臆病風に吹かれる。


「真奈さん、どうしたらいいですかっ!?」


「香織ちゃん、こういうのはムードが大切よ」


「ムード!?」


「そう、世間話から始めて、徐々に手を握ったり、キスしたり、場を温めるの」


「な、なるほど」


結局のところ、全然わからないけど、なんか大人な気がする!!


「香織ちゃん、大丈夫。こういうのは流れに身を任せればなんとかなるわ!」


「そうよ、晴翔くんは奥手みたいだから、グイグイいくのよっ!?」


「わ、わかった!行ってくる!」


私は、2人に見送られ、ハルくんが待つ隣の部屋へ向かった。


扉を開けると、そこには布団で横たわって、テレビを見ているハルくんの姿があった。


早まる心臓の鼓動を、抑えるように何度か深呼吸をすると、私は部屋の電気とテレビを消してハルくんの隣の布団に横になった。


「ハルくん、手繋いで寝てもいい?」


私の一世一代の戦いが幕を開けた。


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