第141話 温泉にて

「ただいま〜」


「香織、おかえり。あら、その浴衣どうしたの?」


「うん、なんか宣伝のために無料で貸出ししてくれるってさ」


「そうなの?羨ましいわねぇ。晴翔くんも格好いいわね」


「ありがとうございます」


部屋に戻ると、明日香さんだけが部屋にいて、うちの両親と貴史さんは居なかった。


「あれ、お母さんだけ?」


「うん、ちょっと買い出しに行ったわ。私は、2人が帰ってきてもいいように残ってたの」


「そうなんだ、ごめんねお母さん」


「母さんも残れば良かったのに」


母さんが残れば、明日香さんを1人にしなくて済んだのに、全く。


「いいのよ。伊織さんは運転だし、貴史さんがお金くらい出すって着いてっちゃったから。それに、真奈は伊織さんから離れないもの」


微笑ましいわねぇ、と気にした様子のない明日香さん。確かに、2人が揃う時は家の中でもずっと一緒に居たな。


その後、3人でみんなの帰りを待つこと15分ほど、大量のお夜食を持って帰ってきた。


「おっ、晴翔帰ってきてたのか」


「香織ちゃん、おかえりなさい。デート楽しかった?」


「香織、おかえり。明日香、これしまっといてくれ」


「はいはい」


この6人で居るのも、もはや違和感がない。もう10年以上の付き合いになるからな。もう家族同然である。


全員が集まってすぐに、夕飯の時間となり豪華な料理が運ばれて来た。旅行に行っても、うちはバイキングが多いから、こういう会席料理?は初めてだった。


「んー、美味かったなぁ。うちはバイキングばっかりだけど、こういうのもいいな」


「そうね、晴翔はどうだった?」


「うん、美味しかったよ。でも、バイキングの方が好きなだけ食べれていいかも」


「ハルくんは好きな物をたくさん食べたい人だもんね」


ご飯の余韻に浸っていた俺達だが、大人達は温泉に入って、また飲み直したいようだ。


「よし、晴翔、貴史さん温泉行きましょ」


「そうですね。出たらまた飲み直しましょう」


そんなにお酒が美味しいのだろうか?俺も早く飲んでみたいな。


「じゃあ、私達も行きましょ?」


「そうね、香織も行こ」


「うん」


俺達はそれぞれ男湯、女湯へ向かった。


ーーーーーーーーーー


「おぉ、立派なもんだな。露天風呂もあるぞ」


「凄いですね。テレビで紹介されるだけありますね」


確かに、さっき仕事で行った温泉に比べると、少し見劣りするが、これはこれでいい雰囲気だ。俺はこっちの方が落ち着くかも。


身体を洗い終わると、俺達は湯船に浸かる。


「晴翔くん、香織とはどうなんだい?」


「そうだぞ、うまくいってんのか?」


「まぁ、ぼちぼち?」


なんで父さんと彼女のお父さんに、言わなきゃならん。まぁ、心配してくれてるのはありがたいが。


「俺の可愛い香織が、婚約だもんなぁ。晴翔くん、絶対に幸せにしてくれよ?」


「は、はいっ!もちろんですっ!」


「うん、うん。君だから、許したんだからね。しっかりしてくれよ?他の男だったら、婚約なんて、ぜっっっったいに許さなかったよ」


婚約の話が出た時に、お父さんは確かに最後まで渋ってたからな。香織のことが心配だったんだな。


「ところで、香織ちゃんとはどこまでやったんだ?」


「はぁっ!?な、何いってんだよ、父さん!?」


貴史さんが居るんだぞ!?


俺は、恐る恐る貴史さんを見ると、特に変わった様子はなく、普段通りの表情だった。あれ?聞こえてなかったのかな?


「晴翔くん、真面目な話だけどさ」


「は、はい」


「別にもう高校生だし、親がガミガミ言うことじゃないけど、ただ香織のことを大切にしてあげてくれ」


「も、もちろんです!」


「うん、いい返事だ。君のことは心配してないよ。ただ避妊はちゃんとするんだよ。まだ高校生だからね」


「そうだぞ、もう働いてるとはいえ、2人とも大学とかもあるんだからな」


「わかってるよ。それに、俺まだ誰ともしたことないし」


「「・・・」」


な、なんで黙るんだよっ!!


「おい、マジかよ」


「晴翔くん、そっちなの!?」


「ち、違いますよっ!?俺は普通です!」


「そ、そうだよねっ。よかったぁ」


「そんな調子だと、他の彼女にも愛想尽かされるぞ。しっかりしろよ?」


「まぁ、ぼちぼち、頑張る」


その後、2人に散々いじられる俺は、早々に温泉から出ることにした。全く、人のこと馬鹿にしやがって。


俺は、気持ちを落ち着かせるため、コーヒー牛乳を一気に飲み干した。


ーーーーーーーーーー


「うわぁ凄い、広いねー」


「本当ねー」


温泉に興奮する大人達。私は、そこまで感動しなかったが、確かに良い温泉だとは思う。


私はハルくんと一緒なら、うちのお風呂でもいいんだけどなぁ。


あぁ、ハルくんも今頃温泉に入ってるのかなぁ。


「ねぇねぇ、香織」


「何、お母さん?」


最近お母さんは、やたらと私とハルくんのことを聞きたがる。どうせ、今日のデートのことを聞きたいのだろう。


「晴翔くん、テレビ出るって本当??」


「えっ、なんのテレビ?」


「今日、温泉のロケあったんでしょ?」


あぁ、そういえばそんなこともあった。確か、誰かの代役だって言ってっけ。


「うん、急に決まったみたい。なんか、出るはずの人が怪我したとかで。でも、なんで知ってるの?」


「あぁ、さっき真奈がSNSで、珊瑚さんの投稿を見つけてね。珊瑚さんと真奈は相互フォローしてるから」


「珊瑚さんって、あの温泉女優の?」


「そうそう」


「珊瑚さんとハルくんになんの関係があるの?」


私の疑問は当然のものだが、私の問いに答えは帰ってこなかった。


「か、香織ちゃん!!そ、そういえば、デートは楽しかった!?」


「真奈さん、ちょっと待ってて下さい。ねぇお母さん、あの人とハルくんの関係について」


「いや、あの、真奈っ、助けて!!」


真奈さんの後ろに隠れるお母さんを、私は視線で追う。


「あ、あのね、晴翔が出た番組が、珊瑚がやってる温泉コーナーでね。・・・あとは晴翔に聞いて」


「あっ、ちょっと、待って・・・もうっ!」


それじゃ!!と凄い勢いで、温泉を出て行った2人。どうやら露天風呂に逃げたようだけど、もうどうでもいい。


SNSで検索すれば全てがわかるはず。待ってなさいよ、ハルくん!?


私は急いで脱衣所に向かうと、身体をろくに拭かずにスマホを取り出した。


「えーっと、珊瑚、珊瑚・・・あった!」


私が見つけたのは、珊瑚さんが温泉ロケに行ったことを報告するためアップしている画像だ。


一緒に行った人と写真を撮っているのか。何度かスクロールすると、ハルくんが映った写真が出てくる。


「こ、これかっ!?」


ハルくんはもちろん腰にタオルを巻いているが、この痴女はタオル巻いてないんじゃないの!?


明らかにこの人のと思わしきタオルが床に落ちている。


わ、私が、控室で待ってる間に、一緒に温泉に入ってたってこと!?


私は急いで身支度を整えると、ハルくんを探して飛び出した。


一方、露天風呂に逃げた2人はというと。


「ねぇ、晴翔くん大丈夫かしら?」


「ま、まぁ、これは不幸な事故よ。私達は静かに見守りましょう?」


「そ、そうね、触らぬ神に祟りなしって言うからね」


2人はこれ以上干渉しないことを決めたが、ここで真奈はあることを思い出す。


「あれ?でも、今日はあの日じゃなかった!?」


「あっ、そ、そうよ。今日は香織が大人になるって息巻いてた日よ!」


事前に香織から相談を受けていた2人は、香織に協力することになっていた。


「ど、どうする?」


「こ、ここは、約束通り旦那達を遠ざけるしかないわ。出来るだけ2人っきりになれるようにしましょう」


「そ、そうね」


2人は、香織との約束通り2人っきりになれる時間を作ってあげることにした。


『頑張るのよ、香織』


『男を見せるのよ、晴翔!』

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