第136話 演劇
「綾ちゃん、そろそろ起きなさい」
「・・・」
綾乃は、相変わらず俺の膝の上で寝ている。綾乃が寝てから、大塚家の事情を色々と聞いたが、中々に複雑なようだ。
重婚に関しては、俺もしっかり勉強した方がいいかもしれないな。
「綾ちゃん、起きないの?」
「・・・」
お義母さんが何度か揺すってみるが、起きる気配がない。すると、お義母さんはニヤリと笑うと、俺の腕に抱きついた。
「晴翔くん、綾ちゃん起きないから2人で混浴でも行きましょうか?」
「えっ!?」
突然のお誘いに驚いたが、俺以上に驚いた人物がいた。
「なんでよっ!?ダメだからね!?」
ガバッと起きた綾乃は、お義母さんを俺の腕から引き離す。
「だったら、初めから寝たフリなんてしないことね。わかった?」
「うっ、は、はい。てか、バラすなし」
「えっ、寝てなかったの??」
「い、いや、初めは寝てたんだけど、ちょっとしたら起きちゃって。てへへ」
申し訳なさそうに、苦笑いをする綾乃。まぁ寝たフリでも俺は構わないのだが。
「でも、なんでわかったの?」
「あんたね。晴翔くんからは見えてなくても、こっちからはニヤニヤしてるのバレバレだから」
「えっ、ウソ、そんなにわかりやすかった?」
「そうね。それよりも、そろそろ戻るわよ。明日からまた学校でしょ?」
「そっか。晴翔も学校くるよね?」
「もちろん」
そういえば、もうすぐ六花の大会があったな。応援に行ってやった方がいいんだろうな。なんとか時間作って行ってやるか。
俺達は、お義母さんの車で大塚宅まで戻る。俺は特に用はなかったが、今日は用事があると言ってお暇することにした。
「本当に帰っちゃうの?」
「ごめんな。明日、学校で会えるから」
「うん。晴翔」
綾乃は、俺の頬を両手で包むようにそえると、少し背伸びをして、優しくキスをする。
「あらあら、見せつけてくれちゃって」
「ふふ、これで今日は許してあげる。明日も明後日も、これからは毎日する」
「えっ、毎日?」
「うん、楽しみにしてて♪」
俺は嬉しく思う反面、面倒ごとに巻き込まれそうで、内心びくびくしていた。
ーーーーーーーーーー
「ハルくん〜、おはよう〜」
「おはよう、香織。どうした?珍しく眠そうだな」
「うん、さっき起きたばっかりでさ〜」
「寝坊か?」
「うん、今日はお母さんが忙しくてっさ、さっきやっと起こしてくれたんだよ〜」
「そ、そうか」
香織の部屋と、俺の部屋は窓を開ければ手が届くくらいの距離にある。だから、ちょっと大きな音がしたり、大きな声を出すと聞こえるのだ。
つまり、あの大量の目覚ましの中、30分以上も爆睡していたってことか。考えただけで耳が痛くなってきた。ある意味では、こいつも姫流先輩に匹敵する睡眠欲なのでは?
「ふわぁぁぁ。それより、綾乃の家はどうだった?お泊まりしたんでしょ?」
「よく知ってんな」
「渡せたの、指輪?」
「あぁ、渡せたよ。それに、お義母さんからも良い返事が貰えたしね」
「そっか、よかったねっ!」
香織は、自分のことのように喜んでくれた。それがまた、たまらなく嬉しかった。
暦は秋になったとはいえ、まだまだ暑い日が続いている。綾乃を待たせるわけにもいかないので、俺達は待ち合わせ場所に急いだ。
「綾乃ちゃん〜、おはよう」
「おはよ、香織」
2人はこの暑い中、いつも通りおはようのハグをする。この挨拶は、エミーが来てからもう日常化している。
「晴翔」
「ん?」
綾乃は何も言わず、ただ両手を大きく広げてニコニコしている。
「早くっ。晴翔もハグ」
「ハルくん、ほらほら」
俺は2人に腕を引かれ、2人の元へ引き寄せられる。そして、2人に抱きしめられる。
「あの3人、朝からラブラブだね〜」
「もう見慣れちゃったね」
「私もあんな彼氏欲しいぃ」
登校時間のため、見知った顔に遭遇する。うん、恥ずかしいから早く離れてくれ。
「くそっ、朝から見せつけやがって!」
「アイツが学校に来ると、俺達は出会いが無くなる」
「イケメン許すまじ」
最近は、女子からは好意的に思われているようだが、男子からは以前に増して、妬まれている気がする。
「な、なぁ、早く行こうぜ」
「なに、照れてるのハルくん〜?」
「可愛いな晴翔は」
2人は満足したのか、俺から離れる。
「ほら、行くよ〜」
香織が先に歩き始める。俺もすぐに後を追おうとするが、腕を後ろに引かれる。俺は綾乃の方へ振り向くと、不意に唇に柔らかい感触が伝わる。
「えへへ、おはようのキスだよ?毎日するって言ったでしょ?」
「えっ?」
それだけ言うと、綾乃も先に行ってしまい、俺だけが取り残された。
「ハルくん〜」
少し離れた場所から手を振る2人を見て、俺は慌てるように小走りで向かう。朝から綾乃の言動に振り回されながら、俺の1日が始まった。
ーーーーーーーーーー
俺達は、学校に着くとそれぞれの教室へ向かう。各教室は学園祭一色で、それぞれ作った物が隅に追いやられている。
授業のコマ数は、通常時より少なくなっており、午後の授業は学園祭の準備に当てられている。
そして、今日も学園祭の準備が始まる。
「これ、どうすればいい?」
「あー、それはこっち置いておいて。それより、当日出すメニューはどうする?」
「実行委員ー、どうする?」
うちはコスプレ喫茶に決まったので、準備のほとんどは内装と衣装、飲食のメニューだけだった。
内装の方は、もう方針は決まっていて、材料も買ってあるので後はコツコツ作るのみ。
衣装に関しても、エミーが全面協力してくれるので、ほぼ完了している。残るは、当日に出す食事のみだった。
「んー、それがさぁ。結構、ダメな食材とかもあってさ、食中毒になりやすい物は取り扱えないみたいなんだ」
「だから、定番の物しかだせないかも」
実行員の俊介と楓は、申し訳なさそうにみんなに報告する。
「まぁ、そりゃそうだけどなー」
「とりあえず、何が出せるか考えてみるか」
「そうだね」
「ちょっと考えてみようよ」
何というか、このクラスも最近は穏やかな雰囲気が流れている。前は結構クラス内カーストが激しかったが、今はみんなが楽しんでいるのがわかる。ごく一部を除けばだが。
学園祭の準備が始まってから、町田と彼女の海老原さん、それに取り巻き数人は顔を出していない。どこかで油を売っているのだろう。
かく言う俺も、準備にはさほど参加出来ておらず、今日こそは何かしようと思った矢先、校内放送が流れ始める。
『お知らせです。この度、学園祭の新しい試みとして、各学年から数人ずつを集めて、演劇を行うこととなりました』
そういえば、澪が言ってたな。先生達が、生徒達の交流の機会を作るためとかで、決めたって言ってたやつだ。
『そこで、今回脚本はもう出来上がっておりまして、キャスティングの方も済んでおります。今から呼ばれた生徒は、体育館に集合して下さい』
そこから、各学年ごとに名前が発表され、それぞれ体育館へと向かうことになった。
ーーーーーーーーーー
「齋藤先輩、今日も格好いいですねっ!」
「先輩、一緒に写真撮っても良いですか!?」
「サイン下さい!」
俺はいま、放送で呼ばれたため体育館へと来ているのだが、演劇の責任者がまだ来ておらず、俺は生徒達に囲まれてしまった。
特に、普段会う機会の少ない一年生は興味津々のようだ。
「ツーショットはあれだから、みんなで撮ろうか?」
「「「「「はーいっ!」」」」」
みんな聞き分けのいい子でよかった。最近は、学校でのツーショットは取らないようにしているので、揉めなくて助かった。
「先輩、ありがとうございました!」
「部屋に飾りますねっ!」
「応援してるので、頑張って下さい!」
みんな、言うだけ言って「きゃーっ!」と黄色い声をあげて離れていった。一体何だったんだろうか。
「・・・晴翔はモテモテね」
「うぉっ!?急に現れないで下さいよぉ」
「・・・ごめんなさい。とりあえず、澪っちに台本渡しておいたから、それ通りにやっておいて。私は、ちょっと寝てくるから」
「えっ、姫流先輩??」
それだけ言い残すと、誰にもバレることなくその場を居なくなる先輩。あの人は隠密能力があるのだろうか。
そして、入れ替わるように澪がやってきた。
「皆さん、お待たせしました。今回、私が責任者となります。監督は他に居るのですが、諸事情で顔を出しませんので、私が中継役となります」
やっぱり、澪に丸投げかあの人。
「それでは、まず配役の確認からしていきましょうか?」
そうして、今回の演劇の配役が発表された。
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