第135話 大塚家の事情

「ちぇ、せっかく温泉に来たんだったら晴翔と混浴入りたかったなぁ。ここって確かあったよね??」


「そうね。もちろんあるけど、今日はそのためだけに来たわけじゃないからね。早く入るわよ」


「はーい」


私がここに来るのは3回目くらいかな?


お母さんはよく一人で日帰り温泉に行っているのだが、たまに休みがあうと連れていかれることがあった。


まぁ、私に何か話があるんだろうな、というのは感じる。お母さんは、大事な話がある時とかは、なんとなく雰囲気が違う。家族だからわかる変化かもしれないけど、確かに違う。


きっと晴翔とのことだろうけど。


「たまには頭洗ってあげようか?」


「いいよ、むしろ私がお母さんの背中流してあげるよ」


「あら、いいの?」


「早く早くっ」


私がお母さんの背中を洗うのは、いつ以来だろうか??


もう2、3年はしてないかも。なんだか、懐かしい感じがする。


「今日はどうしたの?晴翔も連れてくるなんて、何かあるわけ?」


「あら、よくわかるわね。流石綾ちゃん」


私がお母さんの背中を洗い終えると、今度はお返しに私の背中を流してくれた。


「はい、じゃあ露天風呂のほう行きましょ。ちょうど誰も居ないみたいだし」


「そうだね」


私達は、露天風呂の方に向かうと、貸し切り状態の温泉を満喫した。しばらくの間、まったりしているとお母さんから話を切り出した。


「ねぇ、綾ちゃん」


「なぁに〜?」


「本当に晴翔くんでいいの?」


「・・・どういう意味?」


お母さんがふざけてないことはわかってるけど、なんだかいい気はしなかった。


「別に悪い意味じゃないのよ?晴翔くんは、稀に見る好青年だし、将来有望株よ?でも、彼がこれから何人の女性と関係を持つか分からないじゃない。それでもいいの?」


「まぁ、お母さんの言いたいことは、わかるよ。でも、私は、いや、私達はそれでもやって行けるって皆思ってる」


「・・・」


お母さんは、いつもみたいに茶化すことなく、真剣な顔で私の方を見ている。


「晴翔は、お父さんとは違うよ」


「・・・そうよね」


「ごめんね、お母さん」


「ううん、いいの。本当の事だから。私に見る目がなかっただけ。それだけなんだけどね。どうしても、心配になるの」


「うん」


お母さんは、なんだか吹っ切れたような、清々しい表情を見せると、大きなため息を吐いた。


「ハァ、心配してた私が馬鹿みたいじゃない。いいわねぇラブラブで。羨ましいわ」


「えへへ、まぁね♪」


「晴翔くんの彼女達も、みんな良い子なんでしょうね」


「うん、皆大好き。晴翔だけじゃなくて、皆ずっと一緒に居たい。晴翔にはまだ内緒だけど、卒業したら皆んなで住める家を建てるって澪先輩が張り切っててさ」


「ふふふ、楽しそうね」


こんなにお母さんと話したのは久しぶりだった。今日は来てよかったなぁ。私も、いい気分転換になったかも。最近、ちょっと焦ってたのかもなぁ。


「お母さん、先に出ていい?」


「いいわよ、晴翔くん見つけたら部屋で待っててね。ご飯食べましょ」


「わかった!」


私は晴翔を探すために、急いで身体を拭いて、浴衣に着替える。浴衣かぁ。晴翔は浴衣好きかなぁ?


私は、少しの間男湯の近くのベンチで座って晴翔を待った。けど、いくら待っても晴翔が出てこない。


「おっかしいなぁ。もう、部屋に戻ったのかな?」


私は、晴翔に電話をかけてみるが出ない。やっぱりまだ入ってるのかなぁ?


確かに晴翔は長風呂って香織が言ってたし、待つしかないか。


私は、男湯の近くにいるのも気まずいので、ロビー近くの自販機でコーヒー牛乳を飲んで待つことにした。


すると、たまたま近くを通りかかった2人組の女性の話が聞こえてきた。


「HARUさん凄かったね」


「身体バッキバキ!」


えっ、HARU??


「あの、すみません。HARUさんにあったんですか?」


私は気づいたら2人組の女性に話しかけていた。


「えぇ、さっき混浴で」


「混浴!?」


な、なな、なんでそんなところに居るのよ!?


「あのー?」


「はい、なんですか?」


私は早く晴翔の元へ向かいたいのに、先程の女性に止められてしまった。


「もしかして、海の家の焼きそばの人ですか!?」


「えっ、ま、まぁたぶん私の事だと思いますけど」


そういえば、SNSで話題になったとか言ってたのを思い出した。


「私も食べに行ったんですよ!」


「美味しかったです!来年も行きますね!!」


「あ、ありがとうございます」


何というか、変わった人達だったなぁ。私は2人に別れを告げると急いで混浴の方へ向かう。


全く、方向が真逆じゃない!


何でこっちに来てるのよ!?


私がちょうど、脱衣所の近くに着くタイミングで、晴翔が出てきた。


「ちょっと、晴翔!」


「えっ、綾乃?よかったぁ、これからどうしようかと思ったよ」


「はぁ?どういうこと?」


それから私は、すぐ近くのベンチで晴翔から詳しく話を聞いた。


どうやら道に迷った晴翔は、さっきの2人に道を訊ねたところ混浴に案内されてしまったとのことらしい。


なんなのよ、あの2人は!?


「で、あの2人は誰なのよ?」


「あぁ、そういえば名刺が入ってたな」


「名刺?」


晴翔が渡されたという名刺を見ながら、名前を教えてくれた。


「えっと、神代奏海かみしろ かなみさんと、神代優海かみしろ ゆみさんだって。やっぱり双子だったんだな」


「へぇ、それであの人達と何してたのよ?」


「えっ?」


ーーーーーーーーーー


「い、いや、別に何もしてないよ?」


「本当に!?」


「う、うん。なんか名刺渡されただけ。それだけなら、廊下でもらったのにね」


「怪しいわね」


「そうでもないと思うけどな」


「なんでよ?」


「なんとなく」


俺は貰った名刺を見る。


困ったことがあったら連絡っていうのはこういうことか。彼女達の名刺には、弁護士事務所と書かれていた。


それに、神代弁護士は顔を見るのは初めてだけど、母さんから話は聞いたことあるから、信用しても大丈夫だろう。


「もう、たぶんお母さんが部屋で待ってるから行こ?」


「あぁ、うん」


俺は綾乃に連れられて、無事元の部屋へと戻ることが出来た。この温泉、造りが複雑で、道が覚えにくい。聞くところによると、初めてのお客さんの半分以上は迷子になるらしい。


「あらあら、だったら一緒に行けばよかったわね。ごめんね、晴翔くん」


「いえ、大丈夫ですよ。結果的に温泉には入れましたから」


「よかったわね。このラッキースケベ」


なんのことだか、お母さんには話していないため、首をかしげる。


「そ、それより、お昼はどうしますか?」


「あぁ、ご飯ならもう頼んであるの。2人が遅いから先に注文しておいたわ」


「ありがとうございます」


「ありがとう、お母さん」


その後、数分ほどで料理が届き、俺達はお昼ご飯にした。


ご飯を食べ終わると、綾乃は疲れが溜まっているのか、俺の膝に頭を乗せて寝てしまった。


なんだか体育祭の時とは逆になっちゃったな。俺は、思い出しながら、優しく綾乃の頭を撫でた。


「彼女の親の前で、堂々としてるわね?」


「あ、いえ、すみません」


完全にお母さんのことを忘れてしまっていた。流石に怒られるかなぁ?


「まぁ、いいわよ。それより、さっき綾乃とは2人で話したんだけどね、晴翔くんともう一度話したかったからちょうどよかったわ」


「話し、ですか?」


「そう。さっき少し旦那のことを話したでしょ?覚えてる?」


「あぁ、はい。覚えてます」


覚えているが、こちらから踏み込んでいい話題なのかは、悩みどころだ。


「綾ちゃんと話して、ちょっと踏ん切りがついたと言うか、気持ちに整理がついたのよ」


「そう、ですか」


「さっきも話したけど、原則離婚は出来ないことになってるの」


「はい、言ってましたね」


「うん。でも、条件を満たせば出来ないこともないの」


「なるほど。それで、悩んでたんですね」


「あはは、勘がいいね。そう、もう条件は満たしてるの。だけど、気持ちがね。晴翔くん、綾ちゃんのこと、よろしくね」


「・・・はい」


「ありがと。良い子だね君は」


そう言って、ニコッと笑う表情は綾乃そっくりで、俺が見た中で一番スッキリした表情をしていた。

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