第137話 配役

「会長ー、質問良いですかー?」


「はい、どうぞ?」


手を上げた女子生徒は3年生のようだ。


「なんの演劇をやるんですか?」


「今回は、シンデレラがモチーフになった話のようですが、タイトルはついてませんね」


へぇ、シンデレラか。姫流先輩にしては、王道というか、ありきたりな設定だな。


しかし、生徒達からするとシンデレラがモチーフになったと聞けば、話の流れは大体理解できたようだ。


なるほど。短期的な集まりだからわかりやすい物語にしたのかな?


「シンデレラだって!」


「王子様は誰かな!?」


「絶対、齋藤先輩だって!」


「じゃあヒロインは!?」


もう、誰がなんの配役になるか予想をして楽しんでいる生徒がいた。意外と、和やかに進みそうで安心した。


「では、配役の発表からしますね」


そこから、澪が次々と配役を発表していくのだが、どこの学校でもメインの配役は、競争率が高いのは一緒だろう。やりたい人も多い。


姫流先輩の配役だと、王子様は俺、ヒロインが澪となっている。ヒロインの父親は西園寺、意地悪な継母と姉妹は西園寺の彼女の八乙女雪花と取り巻き達。なんだか、すごく似合うな。


そして、魔法使い役は姫流先輩。


ごく一部を除き、この場に居るほとんどの人物が文句はなかった。


「俺が、ヒロインの父親役?その役って、すぐ出番なくなるやつだろ?俺じゃなくてもいんじゃないかな?」


「そうよっ!それに、なんで私が意地悪な継母なのよ!?」


あの2人は明らかに、王子とシンデレラがやりたいと顔に書いてある。


そんな2人を見て、周りも冷めた視線を向ける。


「そんなこと言ったって、王子様は齋藤先輩しかないよねー?」


「うん、ヒロインも不知火先輩があってると思う」


「だよねー」


そんな後輩達の声が聞こえてきたのか、周りを睨む西園寺と八乙女。流石に、あの2人を敵に回すと厄介なことになる家の子も多いようで、すぐに視線を逸らす。


なんとなく気まずい雰囲気が流れる中、澪が一度この場を預かることになった。


「そうですねぇ、配役が決まらないと進みませんので、ここの場は私が一度お預かりいたします。佐倉さんにも相談が必要ですからね」


まぁ、配役も姫流先輩が決めてるからな。変更するなら先輩に聞くのは当然だな。


「俺はそれで構わないよ。俺に相応しい役が来ることを祈ってるよ」


「私も異論ありませんわ。・・・貴女には負けませんわ、不知火澪」


こうして、1回目の集まりは特に進展のないまま終わりを迎えた。


「晴翔様、私はちょっと姫流さんのところに行ってきますね。では皆さん、今日は解散ですっ!各クラスで準備に戻って下さいっ!」


「「「「はーい」」」」


俺と澪は鍵を閉めるため、最後に出ることにした。


「齋藤先輩、また会いましょう!」


「齋藤くん、またね」


体育館を出る生徒達は、皆一様に俺に挨拶をして出て行く。


「晴翔様は人気者ですねっ」


俺の横で、ぷくぅっと頬を膨らませる澪。普段の落ち着いた雰囲気とは違い、時折見せる年相応の可愛い顔。


このギャップにやられない男はこの世に居ないだろう。


「齋藤先輩、さよならー」


「先輩愛してまーす、さよならー」


「あはは、ありがとう」


俺は苦笑いしながらも、手を振って見送る。これで全員出たかな?


「私の方が愛してますけどねっ」


さっきよりも、さらに膨れている澪は愛らしくてたまらなかった。


「澪、こっち向いて」


「なんですーー!?」


俺は振り返る澪に、唇を軽く重ねるとポンポンと頭を叩く。


「は、晴翔様!?」


「ほら、機嫌直して。姫流先輩のところ行くんでしょ?」


「そ、そうでしたね」


頬を少し赤く染め、乱れてもいない髪を両手で何度も整える澪。


「い、行ってきますね、旦那様♪」


「行ってらっしゃい」


澪を笑顔で、見送った俺は鍵を閉めると、職員室へと向かう。


ーーーーーーーーーー


「えーっと、姫流さんはどこでしょうか?」


姫流さんに会うのは簡単なことではありません。姫流さんは気に入った人の前には度々現れるそうですが、こちらが探して会える人ではありません。


「晴翔様は、いったいどうやって見つけているのでしょうか?」


最近は、私が一人で生徒会室に居ると、ひょっこり顔を出しに来てくれるのですが・・・見当もつきませんね。


私は観念して、晴翔様に連絡を取ることにしました。


『もしもし?』


「あ、晴翔様。澪です、今お時間大丈夫でしょうか?」


『大丈夫だよ、姫流先輩見つかった?』


流石、晴翔様。よくわかってらっしゃる。


「まさに、その件で電話したのですが。全く見つからなくて、いつもどうやって見つけてるのですか?」


『んー、俺もなんとなく見つけてるんだよなぁ。そうだなぁ、生徒会室は鍵かけた?』


「えっ、いえ。今日は貴重品がないですし、この後戻るので開けてありますが」


『だったら、生徒会室に居ると思うよ』


「えっ、本当ですか!?」


『うん、多分居ると思う』


「わ、わかりました。行ってみますね」


私は電話を切ると、言われた通りに生徒会室へ向かいました。流石に晴翔様の言うことでも、半信半疑でしたが、信じて向かうことにしました。


ガラガラガラ


「姫流さんー?」


返事はありませんね。電気もついてないし、カーテンが閉まってて、暗いままです。冷房も効いているから寝るにはうってつけですね。


私は一通り見渡したあと、自分のデスクに向かいました。すると、私のデスクの下で丸まっている姫流さんを発見しました。


私のデスクは、かなり大きめで二、三人なら机の下に隠れられます。でも、ここで寝てる人は初めてみましたね。


「本当に居ましたね。流石、晴翔様」


驚きつつも、丸まって寝ている姫流さんを観察します。こうしてみると、本当に猫みたいですね。ネコミミとシッポをつけたいくらいですね。


気持ちよさそうに寝ている姫流さんをしばらく観察していると、むくっと起き上がる。


「あれ、澪っち。おはよう。どうだった?」


喋りながらも、ネタ帳を書き続ける姫流さん。これはもう職業病ですね。


「それが、姫流さんが言ってた通り、一部から抗議の声が上がりまして」


「・・・西園寺と八乙女でしょ?」


「流石ですね、その通りです」


「・・・だったら、こっちの台本で行こう」


そう言って手渡されたのは、同じくシンデレラ風の台本でした。


「えっ、これって」


「・・・面白いでしょ?」


「あの2人の姿を想像すると、笑いが堪えられませんね。これで行きましょう」


私は、新しく設定された台本を受け取ると、さっそく人数分を印刷することにしました。


「・・・それにしても、よくここがわかったね、澪っち」


「いえ、晴翔様がたぶんここだろうって教えてくれたんです」


「・・・そう、晴翔が」


私は、晴翔様の名前をつぶやく姫流さんの表情に、驚きを隠せませんでした。


姫流さんは、良くも悪くもポーカーフェイスで、こんなふうに笑った顔なんて見たことなかったのですが。


晴翔様のことを考えている彼女の顔には、乙女の表情が見てとれた。晴翔様はちょっと合わない間に、厄介な病を振りまいているようですね。


「姫流さん、もしかして晴翔様のこと」


「晴翔は私のビジネスパートナー。それだけ」


そう言って、いつもの表情に戻った姫流さんは、スタスタと出口に向かって歩いて行く。


「痛っ」


「・・・なっ」


「いでっ」


出口までは、当たるような物は無いのですが、姫流さんはいろんなものにぶつかりながら、なんとか生徒会室を出て行った。


「・・・やっと出れた。澪っち、生徒会室もう少し整理した方がいい。歩くだけで大変」


「ふふ、わかりました。・・・姫流さんも女の子なんですねぇ」


澪は自分も周りから同じように思われているとも知らずに、姫流のことを微笑ましく見ていたのだった。


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