第133話 綾乃の家④

「晴翔、髪乾かして〜」


「うん、いいよ」


俺は綾乃の髪をバスタオルで拭いていく。昔から、香織の髪をよく乾かしているので、もう慣れたものだ。


「ふにゃあぁぁぁ、最高〜」


「気持ちいいですか、お客さん?」


「うん、もう晴翔が手放せないね〜。毎日でもいいかも〜」


「ははは、そりゃよかった。気に入ってもらえたようで何より」


ある程度髪を乾かすと、今度はドライヤーで乾かしていく。


「はい、終わったよ」


「むふぅ、満足。ありがとう、晴翔」


俺達はリビングに向かうが、俺は目のやり場に困り、なるべく上の方を見て歩くことにした。


「麦茶、牛乳、コーヒー牛乳ならどれがいい?」


「うーん、じゃあコーヒー牛乳で」


「オッケー」


冷蔵庫を開ける綾乃は、手を伸ばして飲み物を手に取る。


「はい、晴翔」


「あ、ありがとう」


綾乃は左手を腰に当て、一気にコーヒー牛乳を流し込む。


「ぷはぁぁぁぁ、うまいっ!!」


「いい飲みっぷりだな」


俺も、綾乃に習ってコーヒー牛乳を流し込む。うん、確かにお風呂の後のコーヒー牛乳は格別だ。


「じゃあ洗っちゃうから、コップ貸して」


「はい」


コップを洗う綾乃に、俺はどうしても気になったことを聞く。


「なぁ、綾乃」


「なに?」


「その格好、どうにかならないか?」


綾乃は上はTシャツ、下は下着のみで先程から黒い布がチラチラと見え隠れしている。


「え〜、だって暑いじゃん。私、家だといつも下着なんだよね。Tシャツ着てるだけでもいい方だよ?」


「いやいや、でも俺も居るわけだしさ」


「いいの、見せてるんだから気にしないで」


ほら、と言って綾乃はシャツをぺらりと捲る。


「ちょっ、綾乃!?」


「サービスだよ、サービス〜」


はぁ、心臓に悪い。そして、下半身にも良くない。俺は深呼吸をして、気持ちを整える。


「よし、じゃあ部屋に行こ?」


俺達は、再び綾乃の部屋へと向かった。本日2回目の綾乃の部屋。なんとなく、さっきとは雰囲気が違う?


「ベッドにあったぬいぐるみ達は片付けたの」


「そうなんだ。どうりで、なんか違うと思ったよ」


綾乃は、ベッドに腰掛けると、ベッドを軽く叩く。隣に座れってことかな?俺は、綾乃の横に座る。


「晴翔、チュウして」


俺は、目を閉じて待っている綾乃に優しくキスをする。


「ふふ、好きぃ」


「綾乃はキスが好きだね」


「うん、幸せな気持ちになるから」


「そっか」


その後、俺達はいろんな話をしながら、寝るまでの時間を過ごしていた。


「あ、これ中学の卒アル?」


「そうだよ、見る?」


偶然視界に入った本棚にあった卒アルが気になった。やっぱり、好きな人の卒アルって気になるよね。


「はい、今と全然違うから笑わないでね?」


「笑わないよ」


「驚かないでね?」


俺は、綾乃に念を押されて、卒アルをめくっていく。


「綾乃は何組?」


「4組」


俺は4組のページを開く。しかし、俺の見知った姿は見られなかった。


「あれ?綾乃どれ?」


俺は順番に、顔写真を見ていくが、ギャルっぽい子は居なかった。


すぐにわかると思ったんだけど、俺は諦めて名前と写真を照らし合わせながら確認していく。


「えっ、もしかしてこの子!?」


「・・・う、うん」


「マジか」


大塚綾乃の名前の上にある写真は、黒髪ロングでメガネをかけた清楚な女の子だった。笑顔は若干引き攣っているが、それでも愛くるしい笑顔だ。


「いわゆる高校デビューってやつ?なんか、違うなって思って、ギャル始めたらしっくりきたっていうか」


「そうなんだ。なんか、似合い過ぎてて昔からギャルなんだと思ってた」


「いやいや、昔は勉強勉強で遊ぶ友達も居なくってさ。高校に入ったら、いっぱい遊びたかったんだ」


「そっか。どう?高校楽しめてる?」


「うんっ!晴翔に会えたし、めっちゃ楽しい」


屈託のない笑顔を見せる綾乃。なんというか、綾乃の知らない一面を見て、また彼女への気持ちが強くなった気がした。


「さて、晴翔」


「どうした?」


「寝ようか?」


「・・・さっきも言ったけど、普通に寝るよ?」


「ぶー、わかってるよ。あんなこと言われたら仕方ないじゃんか」


「あはは、ごめんな」


俺達は、お風呂で海の時にした『約束』について少し話した。確かに、約束をしたし、俺だって好きな子と出来たら嬉しい。


でも、今日は肝心な装備品がない。流石に、装着しないわけにはいかないので、今日は我慢してもらった。


「もう、晴翔の考えてることくらいすぐ分かるよ。香織のためでしょ?」


「え、いや、香織というか」


「いいよ、香織が初めての相手っていうのは、なんとなく理解できるし。私達はみんなで仲良くやっていきたいの。こんなことで、ぎすぎすするのはイヤ」


「・・・綾乃」


「まぁ、それに、香織からは来週まで待ってくれって頼まれてるんだ、本当は。なのに、ちょっと抜け駆けしようとしたの。ごめんね」


「いや、俺はまぁ。それに香織がそんなこと頼んでたなんて知らなかったよ」


「うん、来週の旅行で何か企んでるらしいよ。その時はちゃんと持っていきなよ、アレ。流石にもう待たないからね」


「ごめん。ありがとう」


不貞腐れているが、香織や俺のことを大事に思ってくれる彼女に、俺が今できることは、少しでも綾乃を不安にさせないことだ。


俺は、鞄から指輪の入ったケースを取り出す。


「綾乃」


「なに?」


そっぽを向いていた綾乃は、俺の呼びかけにこちらを向く。


「あのさ、綾乃に渡したいものがあるんだ」


「私に?」


「うん。俺、綾乃のこと本当に大好きなんだ。それはこれからも変わらないし、大切にしたいと思ってる」


俺が急に真剣な話をし出した為、綾乃はキョトンとしているが、茶化すことなく、相槌を打ち話を聞いてくれた。


「俺が綾乃を大切に想っていることを知ってもらいたくて、綾乃にこれを渡したいんだ」


俺はケースの蓋を開けて、中に入っていた指輪を見せる。綾乃は一瞬、なんのことか理解できなかったようで固まっていたが、しばしの静寂の後、突然綾乃の目からは雫が流れ落ちた。


「こ、これ、私に・・・?」


「うん、結婚を前提に付き合っていきたいんだ。受け取ってくれないか?」


「うん、うんっ。もちろんっ!」


綾乃は涙を流しながら、満面の笑みで頷てくれた。綾乃は余程嬉しかったのか、俺に勢いよく抱きつき、ベッドにそのまま押し倒した。


「晴翔、嬉しい。私、ずっと待ってた。香織と澪先輩が持ってるの知ってたから。ぐすっ、本当に、嬉しい、ありがと」


綾乃から何度となく降り注ぐキスの雨に、俺は抵抗せず綾乃を受け入れた。


その後もずっと興奮していた綾乃は疲れたのか、散々キスをした後、ぐっすりと寝てしまった。


いま俺の横には、可愛い彼女が眠っている。まだ、目頭には涙が溜まっているが、寝顔は満足そうな表情をしている。


綾乃は、左手の薬指に指輪をはめ、そのまま眠っている。大事そうに右手を覆いかぶせ、顔の前に手を持ってきて。


あとは、綾乃のご両親に、しっかりと挨拶をしないと。俺は、固く決心をすると、瞼を閉じて意識を手放した。


ーーーーーーーーーー


「あらやだぁ、心配して早く帰ってきてみれば。親の居ない間にイチャイチャして」


俺は、誰かの声に反応して目が覚める。なんだか聞き覚えのある声。誰だっけ?


俺は、まだしっかり開かない瞼を擦って、扉の前にいる人物を見る。


「おはよう、晴翔くん?」


「お、お母さん」


「ちゃんと説明してもらおうかしら?」


あ、やばい。眉間に皺がより、こめかみがピクピクしている。これは相当怒ってらっしゃる。まずはやましいことは何もしていないと説明しなくてわっ!!


「あ、あの、お母さんっ!決して、俺達はやましいことはしていませんっ!」


「・・・本当に?」


「はいっ」


俺とお母さんの間には、しばしの静寂が流れる。そして、そんな時に限って、綾乃の寝言が炸裂する。


「晴翔ぉ、おっきい。そんなの入んないよぉ」


・・・。


「とりあえず、リビングにいらっしゃい??」


なんとなく、お母さんの背後に般若の面を見た気がした。こ、これは、殺される。


俺は死ぬ覚悟を決め、綾乃を起こさないようにベッドから降りるとリビングへと向かった。

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