第130話 綾乃の家①
「晴翔、いらっしゃい」
「お邪魔します」
俺は今、綾乃の家に来ている。
静まり返る廊下。俺達以外に人の気配はなく、物音もしない。静寂が包み込んでいた。
それもそのはず、今日は俺達しか居ないのだ。
週末に行くって言ったのは俺だけど、まさか親が居ないなんて聞いていなかった。初めにわかっていれば、理由をつけて日付をずらしたのに。
「本当に誰も居ないんだな」
「ごめんね、騙したみたいになっちゃって。でも、言ったら来なかったでしょ?」
「ぐっ、ま、まぁね」
お見通しか。流石に今から帰りますとは言えないしなぁ。仕方ない。親御さんの信頼を裏切らないように気をつけよう。
「とりあえず、こっち来て」
綾乃に言われるがまま、リビングへと向かう。大塚家は全体的に白や黒などのシンプルな色合いで統一されており、とても落ち着く。
「飲み物持ってくるから、ソファにでも座ってて」
「わかった」
俺は素直にテレビの前のソファに座った。ソファの前にはテーブルがあり、リモコンが並んでいる。
「はい、お茶」
「ありがとう」
お茶を持ってくると、綾乃は俺のすぐ隣に腰掛ける。香織や桃華と違い、綾乃の場合は密着せず、ほんの少し間を空けて座っている。
最近、密着されることが多いからか、とても新鮮な感じがする。そして、逆にこの距離感が妙に胸を騒つかせる。
「あのさ、家に来てすぐで申し訳ないんだけどさ。ちょっと出かけない?」
「ん?別に構わないけど、どこに出かけるの?」
「最近、近所に雑貨屋さんが出来たんだけどさ、一緒に行かない?」
「あぁ、もう出来たのか。俺が見た時はまだオープンしてなかったけど」
確か香織が行きたがってたお店だったよな。予習のために行っておくか。
「うん、結構若者向けでさ、良いのがあれば買いたいんだよね。それに晴翔の物も買いたくて」
「俺の?」
「うん。食器類とか色々。お母さんが今度揃えておけって、うるさくてさ」
「えっ、なんで??」
「どうせ彼氏なら泊まりに来るだろうからってさ。歯ブラシとか?」
「お泊まりが前提なんだね。でも、今日は着替えないから泊まらないよ」
「むぅ、寂しいけど仕方ないね」
俺達は、お茶を飲んで十分に身体を落ち着けると、近所の雑貨屋さんへと向かった。
ーーーーーーーーーー
さっきまで、部屋着だった綾乃は、部屋に戻って着替えてきたのだが、目のやり場に困るな。
「本当にその格好で行くのか?」
「えっ?うん、そうだよ。どこか変?」
「いや、変じゃないけどさ」
綾乃の今日のコーデは、キャップに白のオフショルダーのブラウス、デニムのショートパンツである。
健康的に、ほんのり焼けた肌とよく似合っているが、肩周りやおへそ、生脚と露出が多い。
「もし、嫌だったら変えてくるよ?」
「いや、すごく可愛いんだけどさ。ちょっと露出が多くない?」
「そっか、可愛いのか。うん、ならよかった」
「えっ?なんか言った?」
「ううん。それよりも、別に肌が見えるくらい問題ないよ。むしろ見せてるんだし」
「綾乃が良くても、俺は嫌だよ。他の人が見ると思うと、ちょっと」
俺は、自分で言ってて恥ずかしくなってしまい、最後の方はもごもごと喋っていた。
あれ?
さっきまで目の前に居た綾乃は、しゃがんで両手で顔を覆ってていた。
「ど、どうした?」
「なに、もう〜。晴翔が可愛くてしょうがない〜!!」
決めたっ!これで行く!!と言って立ち上がった綾乃は、結局着替えてくれなかった。
「ほら、行くよ晴翔!」
綾乃は俺の手を握ると、笑顔で歩き出す。俺は、手を引かれて後を追った。
ま、綾乃が楽しそうだからそれで良いか。
俺は、綾乃の横に並ぶと、一度手を解き、恋人繋ぎに直して雑貨屋を目指した。
「うおっ、あの子可愛くね!?」
「確かに可愛いけど、デート中は他の子見ないでよ!!」
「わ、悪かったよ」
俺達が歩き始めてから、何組かのカップルに遭遇したが、男性陣は綾乃の姿に目を奪われていた。そして、隣の彼女に怒られると言う流れが続いている。
「綾乃が可愛いから、みんな見てるな」
「そんなにさらっと、可愛いとか言うなし。晴翔のばーか」
「だって、本当のことでしょ?」
「もういいってば!!私からすれば、女の子はみんな晴翔を見てると思うよ?か、かっこいいから」
「ありがとう」
「ど、どういたしまして!」
綾乃は何か気に入らなかったのか、ふんっと口を尖らせ、そっぽを向いてしまった。それでも、雑貨屋までは無事にたどり着くことが出来た。
雑貨屋までは、綾乃の家から徒歩10分ほどだった。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、若い定員さんの明るい声が響く。内装もかなり明るめで、若者に人気があるのも頷ける。
「すごい、可愛い」
珍しく、綾乃が可愛い物に目を輝かせている。付き合う前は、可愛い物好きなのを隠していたみたいだったし、だいぶ自分に正直になったな。
「こ、これは」
綾乃がゴクリと息を呑む。
綾乃が手に持っているのは、デカデカとハートが描かれたカップである。歯ブラシとセットで売られている。
「晴翔、ど、どうかな?」
「いや、普通のにしよう」
しょんぼりとコップを元の位置に戻す綾乃。こればっかりは恥ずかしいので、勘弁してもらおう。
結局、コップと歯ブラシは無難な物を揃えたが、歯ブラシは色違いにした。
「あとは、晴翔のお茶碗と箸、それから部屋着もスウェットとか買っておこう?」
「部屋着は別にいいんじゃない?」
「何があるかわからないし、それに、部屋に置いときたいって言うか」
「ま、それもそうか。じゃあ買うか」
「うんっ!」
あんまり買い物を楽しいと思うことはないのだが、綾乃との買い物は、なんだかすごく楽しくて、時間が経つのを忘れていた。
「ん、あれは?」
「どうしたの、晴翔?」
「ちょっと、こっち来て」
「えっ?」
俺は綾乃の手を引いて、奥の棚の後ろに移動して様子を見る。
「どうしたの?」
「ん?ちょっと知り合いがいてさ」
俺達の視線の先には、俺のクラスメイトの姿があった。俊介と楓だ。なんだかんだ言って、あの2人上手くやってんのかな?
「み、南さん、これなんか可愛いんじゃないかな?」
「ん、確かに可愛い。けど、なにか足りない」
どうやら2人はお弁当箱を見ているようだ。
「あの2人付き合ってたの?」
「いや、俺が知る限りではまだのはずだけど」
俺達が、しばらく様子を見守っていると、突然楓が振り返る。咄嗟に俺達は身を隠す。
「ど、どうしたの、南さん?」
「いや、今イケメンの気配が・・・気のせい?」
「誰も居ないみたいだよ?」
「おかしいな」
俊介のデートをまた邪魔するのは悪いので、俺達はバレないように買い物を済ませて、綾乃の家に戻ることにした。
ーーーーーーーーーー
「どう、美味しい?」
「うんっ、うまいっ!」
お昼ご飯は綾乃が作ってくれた、冷やし中華を堪能していた。
「よかった、じゃあ私も食べよ」
綾乃は料理が上手で、何を作っても美味しい。こんなに美味しいご飯が食べられるなんて俺は幸せ者だな。
「綾乃は、いいお嫁さんになるな」
俺は、冷やし中華を堪能しつつ、ボソッとつぶやいた。
「ふ、ふーん、じゃあ私と付き合ってる晴翔は幸せ者だね?」
照れ笑いしながら、俺を揶揄ってくる綾乃。しかし、本当のことだから仕方ない。
「そうだね。本当に綾乃が彼女でよかったよ。結婚したらずっと美味しいご飯が食べられるしね」
「そ、そうだね。てか、ご飯くらい毎日作ってあげるし。お弁当とか」
「本当に?」
「うん、作って欲しい?」
「綾乃が良ければ是非っ!」
俺は迷うことなく即答した。それが嬉しかったのか、綾乃は笑顔で頷いた。そして、その後も俺達はお昼ご飯を堪能した。
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