第128話 桜小路さん

遡ること少し前。


私が晴翔を初めて知った日。あの日は確か、体育倉庫で寝てたっけ。マットの上は寝心地最高だったなぁ。


その日、自由気ままに寝床を探す私は、体育館へ来ていた。


「・・・ここは天国か」


私はいつも寝袋を持ち歩いているが、ここにはマットが敷かれている。私に寝てくれと言っているの??


「・・・これは、いい夢が見れそうね」


私は、マットの上で横になると、ものの5秒で夢の中へと誘われた。


それからどれだけの時間寝ただろうか?この日、体育館を使うクラスはなく、私の眠りを邪魔する者は居なかった。


「ふわぁぁぁぁ、よく寝た」


私は、起きるとすぐに、近くに置いておいたノートを手に取った。凄いわ、こんなに寝たのはいつぶりかしら。


睡眠の時間と質によって、私が見る夢は雲泥の差がある。しかし、勿体無いので書いたメモは家に帰ってから、必ず一度は確認することにしている。


物によっては小学生が考えたのか、てくらいに酷い物語をメモしていることもあるが、『青い鳥』や『ペルソナ』のような大作を引き当てることもある。


なので、私は質の良い睡眠をとるため、日々寝床を探している。もちろん、学校にもちゃんと許可は取っている。


初めは、先生にもガチギレされたけど、出版社の人達が頑張ってくれたおかげで、こうして私の睡眠は守られている。


トゥルルルルルル


電話?


私はスマホの画面を確認する。うわ、会社からだ。どうせ、あの話だろうなぁ。


私は無視するわけにもいかず、渋々電話にでる。


「・・・もしもし」


「あ、桜小路先生、もしかして寝てました?」


この能天気な人は、私の担当編集者で増渕ますぶちさん。私は正直この人が苦手だ。私が苦手なタイプの陽キャで、ネタは古いし、絡みがウザい。


「・・・いや、大丈夫。それで?」


「そろそろ『青い鳥』のキャストを決めてくれないと、仕事出来ないんですよー。やっぱり、監督達に任せちゃいますか?」


「絶対、ダメ」


「す、すみません」


私は普段、話のテンポが遅い。決してわざとやっているわけではない。正直話なんてしたくないんだから。


でも、どうしても譲れない時や怒ってる時は、むしろ早口になってしまう。感情が抑えられないようだ。


私の喋り方で、周りの人達は私の機嫌をはかっているようだ。


「・・・私が決めた人じゃないなら、別に見たくない。小説のままで十分。別に映像化したい訳じゃないの。そこはよく考えて」


「わかりました。すみませんでした。でも、なるべく来週中には決めていただけると助かります。それでは、失礼します」


あのオジサン、言いたいことだけ言って切った。後で編集長に文句言ってやる。


はぁ、それにしても『鳴海』役の俳優さんが見つからない。ヒロインは田沢桃華で問題ない。他のキャストも、ほぼ埋まった。


こんなところで考えてても、解決する訳ないし、情報収集しに行きますか。


私は、職員室に向かうと、体育館の鍵を返し、担任の先生に挨拶に行く。


「・・・先生、今日はそろそろ帰ります」


「おぉ、佐倉さくらか。わかった、もう下校時刻だし帰っていいぞ。それと、テストだけはちゃんとやれよ?保健室でいいから」


「・・・わかりました。それじゃ」


私は、いつも登校時と下校時に先生に挨拶に行くことになっている。ちゃんと学校にいたと認識してもらうためだ。これをサボると欠席にされてしまう。


私は、今すぐにでも寝たい衝動を抑え、ショッピングモールへ向かう。人通りが多いところで、それっぽい人を探す。


なんとなくインスピレーションを感じれればそれでいい。誰か居ないかしら。


そんな私の視界にある男性が入り込む。


えっ!?


その男性は、一人で買い物をしている。周りの人達も彼に見惚れている。彼には人を惹きつける何かがある。そして、私もその一人。


まるで、夢で見た『鳴海』そのものだった。すごい、あの人にやってもらいたい。私はすぐにそう思った。


しかし、素人に頼むわけにはいかない。はぁ、あの人が芸能人だったらなぁ。


諦めムードの私は、気晴らしに本屋へと向かう。自分が書いた小説が紹介されているコーナーを見ると、俄然やる気が出てくる。


私は、自分でも気づいていなかったが、顔がニヤついてきたようだ。特集された嬉しさが隠せていなかったようだ。


「ねぇ、あの猫さん可愛くない?」


「可愛い〜、女子高生かな??」


「ニヤけた顔がまた良い!」


な、なんだ!?


色んなところから視線を感じる。私は、本を置くとそそくさと本屋を出た。


「・・・結局、収穫なしか」


仕方ない、今回は『青い鳥』の映像化は諦めるか。でも、今更断ったら怒られるだろうなぁ。


私は気持ちを切り替えるため、ベンチで少し仮眠をすることにした。


「・・・うるさい」


30分ほど寝ただろうか?


周りがうるさくて起きてしまった。良いところだったのに。一体、なにがあったのだろうか?事件かしら?


私は人だかりが出来ているところへ向かう。


「・・・全く見えないわね」


私は2階に上がると、上から覗き込むんだ。


あ、あの人。もしかして芸能人だったのかな?さっきの彼が撮影をしている。もしかしたらモデルとか?


撮影が終わると、彼はすぐに帰ってしまったが、彼に名刺を渡していたあの人なら話が聞けるかも!


しかし、人だかりが凄くて近寄ることができなかった。結局、名刺の人に接触することは出来なかった。


「・・・でも、大丈夫。会社は覚えた。雑誌が出るのを待てばいい」


ーーーーーーーーーー


「・・・やっぱり、彼に任せて正解だった」


私は、自室で『青い鳥』のドラマを見ていた。結果から言うと、無事HARUさんに頼むことが出来た。


発売された雑誌から、会社に電話をしてキャスティングしてもらった。


私は可愛い女の子が大好きで、イケメンに興味はないが、彼は私の作品に欠かせない。それに、なんとなく彼が気になってしょうがない。別に特別な意味はないが、一度会ってみたい。


『青い鳥』の視聴率はうなぎのぼりで、今年の最高視聴率を記録した。そして、最終回はさらに期待できる。


先に見せてもらった映像では、ラストのセリフが少し違ったが、むしろ良くなっていた。ヒロインの気持ちが痛いほどに伝わった。


「・・・桃華ちゃん、可愛い。そんな彼女が好きな相手」


気になる。会ってみたいな。


この日も、私は家庭科室で仕事をしていた。意外と家庭科室はいい匂いがしてよく眠れる。


これは大作の予感。しかし、私の眠りはある人物によって妨げられた。


人の気配がして、目を覚ますと一人の女の子が目の前にいた。今日家庭科室を使うクラスはないはず。


「・・・君、誰?」


「えっ、俺は」


「俺?」


今、俺って言った?もしかして、こんな可愛いくせに男!?いやいや、そんなはずわ。


「んんっ!私はハルです」


「・・・ハル?初めて見た。君、可愛いね」


うん、声も女の子だし、こんな可愛い子が男な訳ない。あぁ、それにしても可愛い〜。私の推しの澪ちゃんより可愛いかも。


「・・・何年生?」


「2年です」


「・・・年下」


いい。年下の女の子に甘えられるシチュエーションもあり。


「あ、先輩なんですね。よろしくお願いします。あの、名前はなんて言うんですか?」


「・・・私?うーん、君可愛いから特別。姫流めるって呼んでいい」


私は基本的に名前を教えない。みんなからは佐倉さんって呼ばれてる。姫流って呼ぶのは、私が気に入った女の子だけ。


「わ、わかりました、姫流先輩」


「・・・うん。私もう少し寝る」


「あ、はい」


ふふ、これはいい夢が見れそうだわ。出来れば、ハルちゃんを抱いて寝たいところだけど、嫌われたら嫌だから、またの機会にしよう。


私はなんとなく、また会える気がした。


そして、私が次に会った時、彼女は男になっていた。可愛い男の子もアリかも。


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