第127話 先輩のノート
「先輩、起きてください」
いつもなら、声をかけると起きるのだが、今回は中々起きない。
どうしようかな??
まぁ、別に起こす必要もないんだろうけど、流石に危ないよな。
俺は、再度起こしてみることにした。先程、声をかけただけではダメだったので、少し体を揺すってみる。
「先輩、起きてください」
「・・・ん〜、いいところだったのに」
やっと起きた先輩は、不機嫌そうにこちらをみる。
「こんなところで寝てたら危ないですよ?」
「・・・だって」
「だって?」
「・・・眠かったんだもん」
これは、ダメそうだ。両目を閉じて、頭がいろんな方向にふらふらと動いている。いつ寝てもおかしくない状況だ。
「先輩、家で寝た方がいいですよ」
「・・・うん」
先輩は、ノートを一枚破くと、サラサラと何かを描き始める。
す、凄い。全く目が開いてないのに、筆が止まらない。
「・・・はい、これ」
「これは、地図ですか?」
俺が問いかけると、先輩はコクリと頷いた。
俺は渡された紙を見ると、現在地からおそらく先輩の家だと思われる場所までの道のりが描かれていた。
そして、先輩は俺の方に向かって両手を広げた。
「・・・おんぶ」
「えっ、もしかして、俺が連れて行くんですか!?」
「・・・私はもう少し寝る。私の安全は晴翔にかかってる」
そう言って、先輩は立ち上がると、俺の背後に回る。俺はその様子を黙ってみていたが、先輩は俺の背中を叩く。
「・・・早く屈む」
「ちょ、わ、わかりましたよ」
俺は、言われるがままその場にしゃがみ込む。すると、先輩は俺の背中に覆いかぶさる。
「・・・もう少し寝るから、安全運転でよろしくね」
先輩は、「おやすみ」と言い残し、本当に寝てしまったようだ。
さて、俺はさっき描いてもらった地図を確認する。
「げっ!俺ん家と正反対」
俺は出発前から心が折れかけたが、ぐっすり眠る先輩を放っておく訳にはいかず、俺は先輩の家を目指して歩き出す。
「ねぇ、見て見てカップルかな?」
「彼女寝ちゃったのかな?猫さん可愛い〜」
周りからの視線が痛い。俺の背中の猫さんはやたらと目立つようだ。周りからは、顔がよく見えてないようだが、眠る姿は可愛く見えるらしい。
「ん〜、これはなかなか」
「先輩?起きました?」
突然喋り出した先輩だが、どうやら寝言のようだ。どんな夢を見ているのだろうか。
へにゃっとだらしない笑顔を浮かべて、夢を満喫している先輩。余程いい夢なのだろうか?
「えへ、ハルちゃん、可愛い〜」
「お、俺か?」
「んっ!晴翔、降りる」
「えっ、先輩!?」
急に起きたと思ったら、俺の背中から飛び降りる先輩。そして、どこからか取り出したノートを広げると、その場で何かを書き出した。
いつも何を書いているんだろうか?
「・・・ふぅ、今日は仕事が捗るわ」
「先輩、どこからノート出したんですか?」
「・・・ここよ」
先輩はガバッとパーカーを捲ると、ズボンに刺しこんだ。パーカーを元に戻すと、お腹の辺りをポンポンと叩く。
「・・・猫と言えば、お腹のポケットでしょ?」
「いや、それはポケットでは・・・」
「・・・晴翔、ここからは一緒に歩く」
「え、俺ん家反対なんですけど」
「・・・晴翔は、私を放って帰るの?」
先輩はノートに『拾って下さい』と書いてこちらに見せる。段ボールがあれば完璧だったな。
「ハァ、今日だけですよ?俺も忙しいんですからね」
「・・・もちろんよ」
そこから、先輩はスッキリしたのか、眠気はどこかへいったようだ。
「先輩、いつもノートに何を書いてるんですか?」
「・・・知りたい?」
「はい。正直気になります」
「・・・晴翔だけ、教えてあげる。私は、1日18時間以上寝てる。というか、眠いの」
そ、そんなに寝てるのか。たまたま、会った時寝てるだけかと思ったが、大きな間違いだったようだ。
「・・・私はちょっとした睡眠でも、よく夢を見るの。それに、その夢がすごく面白い」
「はぁ、そうなんですか?」
「・・・うん。だから、その夢を忘れる前に、書き残しておくの。後で仕事のネタにする」
「仕事のネタ、ですか」
「・・・そう。安心して、そのうちわかるよ。仕事で会うと思うから」
「え、どういうことですか?」
「・・・残念だけど、今日はここまで。ここ、私の家」
先輩が指差す先には、平家の一軒家が建っていた。和風の一軒家で、どことなく澪の家を思い出す。
俺はもう少し話を聞きたかったが、先輩は構うことなく家へと向かった。
先輩が家に入るのを見届けると、俺は今度こそ自宅へと歩き出した。
ーーーーーーーーーー
一方、晴翔が帰宅した後の事務所では、所属タレントについてのミーティングが開かれていた。
今回のミーティングは、各タレントのマネージャーを含めた数名で行われている。
「さて、まずは各タレントの報告をお願いします」
それぞれのマネージャーが、担当のタレントの仕事状況と今後の展望を話す。
桃華は、現在女優としての立ち位置を確立しつつあり、ドラマやバラエティの仕事を多くもらっている。
映画への出演はまだ少なく、今後はオーディションへの参加も増やしていく予定とのこと。
六花は、基本的に体育会系のバラエティに呼ばれることが多い。現在は、空手の大会に合わせて仕事を調整中。
落ち着いたら、音楽の仕事を入れていく予定とのこと。どうしても晴翔と歌いたいらしいので、ソロだけでなくデュエットも考えているらしい。
そして、晴翔くんは。
「晴翔くんは、順調そのものです。写真集の売り上げも100万部を突破し、主演ドラマは今年の最高視聴率を更新しています。現在は、CMやモデルの仕事を中心に行なっていますが、ドラマと映画の話も来ています」
うん、晴翔くんは順調そのもの。しかし、ここで一個引っかかることが。
「それで、明日晴翔くんともミーティングを開くのですが、映画の話が保留になっている件なんですが、なにか問題でもありましたか?」
私は、晴翔くんに良い仕事をさせてあげたい。そのためには、少しでも問題のある仕事は避けたい。
しかし、返ってきた答えは、私が思っていたのとは全く違かった。
「えっと、今回保留になっている理由としては、まず原作者から晴翔くんが良いと指名があったのですが、その原作が問題なんです」
そう言って、原作となる本を机に取り出す。その本は昨年大ヒットした小説で、今回の映画化も注目を浴びていた。
「皆さんもご存知だと思いますが、この『ペルソナ』という小説は大人気作品で、うちの事務所から主演が出るなら喜ばしい限りです」
『なるほど、そういうことか』
ここまで話を聞いて、この場の全員が理由を理解した。何故ならこの本の主人公は。
「もうわかったと思いますが、主人公は女性なのです。なのに、晴翔くんにと話が来ています。原作者さんは、彼なら大丈夫との話で、むしろ晴翔くんじゃないと、この話は断ると言っています」
「いや、でも流石に女性役は無理があるのでは?」
「私もそう思っているのですが、明日のミーティングには桜小路さんも参加してくださるようなので、よく話を聞いて下さい」
「わ、わかりました」
一抹の不安を抱えながら、今日のミーティングは終わった。
「んー、晴翔くんが女性になったら」
私は頭の中で想像する。やっぱり真奈さんみたいになるのかしら?それだったら全然ありね。
そうだ、こういう時はあの子に聞くのが一番ね。晴翔くんのことは香織ちゃんが一番良くわかってるものね。
私はスマホを取り出すと、時間を確認して、香織ちゃんに電話をかけた。
「あ、もしもし安藤です。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
その後、少し話を聞いたあと、参考資料と題した写真が送られてきた。
「うわ、凄い美人。これなら、確かにヒロインもイケるかも」
そ、それにしても、可愛いわね。今度写真集出しても売れるんじゃないかしら?
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