第126話 仕事帰り

「ハルくん、今日から仕事だったよね?」


「悪いな。澪には言ってあるから、あんまり1人にならないようにな。綾乃のこともよろしく頼むよ」


「うん、わかった。それと、綾乃ちゃん家に遊びに行くんだって?」


「み、耳が早いな」


「ふふふ、私達は秘密を作らないのだよ」


なるほど、例のグループで共有してるのか。それにしても、どこに遊びに行くとかも報告しあってるんだな。


「最近、私を放置しすぎじゃないかい?」


ぷくっと頬を膨らませ、抗議をする香織。本当に可愛いな。ヤバい、仕事休みたくなってきた。


「俺が香織を蔑ろにするわけないだろ?」


「本当かなぁ?」


「ちゃんと時間作るよ。待ってて」


「うん。行ってらっしゃい!」


「行ってきます」


ちょうど話が終わったタイミングで、恵美さんが迎えに来てくれた。


今日は、今後の仕事の打ち合わせを行うため、まず事務所へ向かう。


最近は事務所に来ることも少なくなっていたが、いつの間にか社員さんが結構増えていた。


「驚いた?」


「えぇ、何かあったんですか?」


正直言って、この事務所は桃華のために作られたもので、芸能事務所として雇っていた社員はは10人にも満たなかった。


それが、パッと見ただけでも30人以上はいるだろうか?何かの研修かな?一箇所に固まって話をしている。


「いやぁ、うちの事務所は桃華ちゃんの為に作ったから、他部署から人員を確保してたんだけど、正式に事務とマネージャーを雇うことになったのよ」


「そうなんですね。でも、うちの事務所に入りたがる人なんて居たんですね」


正直言って、うちの事務所は弱小だ。大手事務所の方が人気があるだろうに。


「何言ってんのよ。本当に自覚がないわよね、晴翔くんは」


恵美さんは、額に手をあてて深いため息を吐き、呆れたように言う。


「うちの事務所は確かに大手に比べれば、所属タレントが少ないわ。でもね、質が違うの、質が!」


「な、なるほど」


恵美さんに、だんだんと熱が入るのがわかる。顔が高い。もう少し離れてくれると助かるのだが。


「今、若手女優でトップクラスの桃華ちゃん。元ミューズの人気アイドル六花ちゃん。そして、いま日本中の乙女の視線を独り占めにしている晴翔くん。この3人が同じ事務所に居るだけでも話題としては十分よ!」


「そ、そうですか?」


「そうなのよ!ちょっと募集かけたら、1時間で200人以上の応募があったわ。流石に対処できないから、その時点で打ち切ったけど。放っておいたら酷いことになってたわ、きっと」


じゃあ、ここに居る人たちは、その競争を勝ち抜いた人達なのか。


「あ、あの人!」


「HARUさんだ!」


「凄い、本物だ!」


や、やばい、見つかってしまった。


「手ぐらい振ってあげれば?」


「え、手ですか?」


「ほらほら」


俺は恵美さんに言われるがまま、手を振ってみる。


「きゃー!!手振ってくれたよー!」


「この事務所に入ってよかったぁ!」


今回の新入社員さんの9割は女性らしい。ちょっとした騒ぎを起こしてしまったが、指導係の社員さんは、笑って見守っていた。


これ以上迷惑をかけないように、俺はさっさとミーティングルームに入った。


ーーーーーーーーーー


「もう、恵美さんのせいで、皆さんに迷惑かけちゃいましたよ!」


「あはは、ごめんね。でも、自分の影響力を理解してもらう為には、身を持って知ってもらうのが一番だからね」


ま、まぁ、自分が思っていたより、俺の知名度?影響力はあるのだろう。それは理解した。


「だから、私生活から気をつけるのよ?特に女性問題や暴力なんかは気をつけてね」


「わかりました」


「さて、そろそろ打ち合わせしようか」


「はい」


俺は恵美さんの対面に座ると、鞄からスケジュール帳を取り出す。仕事をするまでは、自分がスケジュール帳を持ち歩くとは思わなかったな。


俺はペラペラと手帳をめくる。10月には学園祭があるし、11月には修学旅行がある。まだまだ楽しそうなイベントは多く残ってる。


来年には受験が控えているし、澪は卒業か。なんだか急に寂しい気持ちになった。


「さてと、まずは連絡事項から。ドラマ『青い鳥』が来週で最終回を迎えるわ。今のところ今期最高視聴率の28%を記録してるわ」


「結構伸びましたね」


「そうね。元々の小説も良かったけど、主人公とヒロインが役にハマったのが大きかったわ。それに、最終回はさらに期待できるわ。クライマックスが良く撮れてたから、だいぶ力を入れた宣伝してるからね」


クライマックスは桃華とのキスシーンか。そういえば、あそこはアドリブだったんだよな。


「そして、今後の話なんだけど。まずは、今日雑誌のインタビューが入ってるわ。あと、映画とドラマの話が来てるわ。それで申し訳ないけど、明日はミーティングを開くわ」


「急ですね。何かあったんですか?」


「んー、昨日急に連絡があってね。原作者さんが主人公を晴翔くんに変更して欲しいって連絡があったみたいで。でも、色々と問題があったみたいで、保留になってるの」


「そうなんですか。理由はなんだったんですか?」


「んー、それが、まだ詳しく聞いてないから、よく分からないのよねぇ。原作者さんも謎の多い人みたいで」


「ちなみに、その原作者さんって誰なんですか?」


「『青い鳥』の人と同じだよ。名前は桜小路さくらこうじって人。名前以外は何も分からないんだけどね」


「そうなんですか」


理由がわからないなら仕方ないな。とりあえず、明日のミーティングで理由を聞いてみるか。


「じゃあ、とりあえず今日はこんなところかな。この後、雑誌の記者さん来るから、しっかり受け答えしてね」


「わかりました」


待つことおよそ30分ほど。


約束の時間の10分前に、記者の方がいらっしゃった。インタビューは、これまでにも何度か経験しており、流石に慣れてきた俺は、今までのインタビューと矛盾が無いように、無難に受け答えをした。


さほど時間もかからず、インタビューは終わり、この日の仕事は呆気なく終了した。


俺は、いつもなら仕事が終わると恵美さんに送ってもらうのだが、時間に余裕があるため歩いて帰ることにした。


事務所から家までの道のりには、大きな商店街があるのだが、そこには香織とよく行っていた為、たまに1人でも行くことが多くなった。


今日も、商店街を通って帰ることにした俺は、香織とよく行く本屋に目が行った。


そういえば、そろそろ読む本がなくなるな。


俺は月に3冊は必ず小説を読んでいる。単に面白いだけでなく、読むだけで勉強になることも多いからだ。


俺は、新しい出会いを求めて、本屋へと向かったのだが、俺が出会ったのは本ではなかった。


ーーーーーーーーーー


「・・・やぁ、また会ったね」


「あれ?今日は学校では?」


いつもなら学校で出会うはずの姫流先輩に本屋で会うことになるとは。


「・・・今日は、仕事で休みをもらったの。だからサボりじゃない」


「そうなんですか。俺も、仕事帰りですよ」


いつもの制服姿も綺麗だが、私服は何というか可愛らしい。


上はダボっとしたパーカーで、猫耳が付いたフードをかぶっている。下は短パンのため、一瞬履いてないかと思うほど、生脚を出している。


「・・・女の子をジロジロ見ない。ちょっと、恥ずかしいわ」


「す、すみません!」


「・・・まぁ、いいわ。ところで、何か探してるの?」


「はい、桜小路って方の本を探してまして」


「・・・晴翔は見る目がある。あっちに特集されてるからすぐ分かるよ。じゃあ、またね」


「はい、ありがとうございます」


先輩はやっぱり眠いのか、ふらふらしながら本屋を出て行った。あれで問題なく家まで辿り着くのだろうか?


俺は心配しながらも、桜小路さんの本を探すことにした。言われた通り、でかでかと特集が組まれており、すぐにわかった。


「本当に凄い人なんだなぁ」


『青い鳥』はもちろん、他にもドラマや映画化された作品が数多くある。そして、昨年大ヒットした恋愛小説『ペルソナ』が映画化決定と書かれている。


「そういえば、これ読んでないんだよなぁ」


俺は迷わず『ペルソナ』を手に取り、レジに並んだ。


そして


「先輩、起きてください」


「・・・むにゃ・・・」


「こんなところで寝てたら、危ないですよ」


猫さんパーカーを着た姫流先輩は、商店街を出た所にある公園にいた。滑り台の滑り切ったところで、すっぽりハマって寝ていた。気持ちよさそうに寝ているところ悪いが、俺は容赦なく起こすことにした。


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