第125話 屋上

「ハルくん、おはよー!」


「おはよう、香織。朝から元気だね」


毎朝のこととはいえ、香織は朝から元気がいい。俺が登校し始めて、嫌がらせはだいぶ減ったが、俺が仕事でいない時は、度々突っかかって来ているらしい。


俺が居ない時は、澪が牽制してくれているので、香織にも綾乃にも被害はほぼないようだ。


俺の彼女達は、仲間想いな子達で、俺は幸せ者だと思う。


「そういえば、学園祭の準備はどう?一応言われた物は、この前買ってきたんだけど」


「うん、今のところ大丈夫かな。ハルくんは、当日頑張ってもらうから、準備は私達が頑張るからね」


「あんまり、変なことはやりたくないぞ?必ず、前もって教えてくれよ?」


「わかってるよ。それより例の件はどう?」


「あぁ、あれか。今度、綾乃にもちゃんと話そうと思ってるんだ。なかなか、勇気が出ないけど」


「今更何言ってんだか。頑張ってよね。綾乃ちゃんだって、ずっと待ってるんだから」


「わかってるよ」


自分でもわかってる。綾乃を待たせていることは。でも、こればっかりは、何度やっても緊張するもので、気持ちとタイミングが重要だ。


俺は、綾乃に渡せずにいる指輪を、常に持ち歩いていた。学園祭までには必ず。


俺は、そう決心して学校へと向かう。


ーーーーーーーーーー


「ハル先輩、今日は珍しく1人ですか??」


珍しく購買でパンを買っていると、背後から聞き馴染みのある声が聞こえる。


「親衛隊のみなさんはどうされたんですか?」


「香織はお前の母親に呼ばれて職員室に行ったよ。それと、綾乃は澪に呼ばれて生徒会室に行ってる」


「あぁ、そういえば校内放送で、お母さんの声が聞こえてたような気がしますね」


「学校でお母さんって言うと、また怒られるぞ?」


「大丈夫ですって、ここには居ませんから」


桃華は購買でパンを購入すると、俺と再び合流して一緒に食べることにした。


食堂は生徒で溢れかえっていたし、教室に行くのも色々と面倒だ。俺達は、屋上に移動して食べることにした。


屋上は、原則立ち入り禁止だが、鍵は閉まっておらず、誰でも出入りができる状態である。問題が起こった時のことを考えると、しっかり施錠した方がいい気がするが、俺としては助かっている。


「ここなら大丈夫ですかね」


「そうだな」


最近は、普通にご飯を食べてても話しかけられる事が増えたため、休まる時間が減ってしまった。


「さっさと、食べようか」


「あっ、飲み物買ってくるの忘れました!」


飲み物を買い忘れた桃華は、急いで自販機まで向かった。


思わぬお預けをくらった俺は、桃華を待つことにした。


俺は何気なく、出入り口の上を眺めると、なんとなく感じたことのある気配を感じる。


「・・・もしかして、姫流先輩居ます?」


俺は、入口の横に設置されているハシゴを登る。すると、そこには寝袋に包まれている姫流先輩を見つけた。


この人は、いつ会っても寝てるな。てか、学校に寝袋って、どうなんだ??


それにしても、よく寝てる。


「ん?ノート?」


そういえば、前回家庭科室で会った時も横にノートがあった気がした。


寝てる彼女の横に何故ノートが?


気にはなるが、流石に勝手に見るわけにはいかず、諦めることにした。


「ん〜〜〜、よく寝た」


「あ、姫流先輩」


「・・・誰?なんで、私の名前」


先輩は、半分しか開いていない目でこちらを見る。まだ、寝ぼけているのかな?


「えっと、前回会った時に、名前を教えてもらったんですけど」


「・・・嘘、私達は初対面」


前回は女装してたから、気づいてないのか?


「前回は、家庭科室であったんですけど。その時は、その、女装させられてまして」


「・・・もしかして、ハルちゃん?」


「そうです。良かった、覚えててくれて」


「・・・凄い。七不思議の一つ。でも、そっか。ちょうど良かった。君に会って見たかったの、HARUくん」


「えっ、どう言うことですか?」


今はもう隠してないから、すぐに俺がHARUだとわかるだろうけど、会いたかったっていうのが気になる。


「・・・『青い鳥』見た。君、主人公にピッタリだった」


「見てくれたんですか、ありがとうございます」


なんだ、ドラマを見たから会いたかったのか。そういえば、そろそろ最終回を迎えるんだよな。


視聴率は20%以上をキープしていて、好調だった。そのおかげで、次のドラマの話も俺のところに来ていた。嬉しい限りだ。


「・・・あ、ちょっと待ってて」


姫流先輩は、徐にノートを手に取ると、凄いスピードで何かを書き始めた。いったい、何を書いてるんだろう?


「・・・お待たせ。これ、私の仕事。気にしないで」


先輩はだんだんと、目が細くなっていく。どうやら眠いようだ。


「俺、そろそろ行きますよ。また会えたら話しましょう。お邪魔しました」


「・・・うん、ごめんね。私は可愛い子にしか興味ないけど、君は特別。見かけたら話しかけて。・・・おやすみ」


それだけ言うと、先輩はノートを置いて再び眠りについた。本当によく寝る人だな。


ガチャ


「あれ、ハル先輩?どこですか??」


お、ちょうど桃華が帰ってきた。俺は姫流先輩を起こさないように、静かにハシゴを降りた。


「桃華、こっちこっち」


「あ、ハル先輩!上に何かあるんですか?」


桃華は上を見上げるが、姫流先輩には気づかなかったようだ。その後、何事もなかったように、俺達はお昼ご飯を食べ始めた。


ーーーーーーーーーー


その日の放課後。


今日は久しぶりに、下校時に俺と彼女達5人が揃った。全員が揃うのはいつぶりだろうか?


「ハルくん、明日からお仕事だっけ?」


「そうだね。しばらく学校は休むかな」


「桃華もまた仕事です!朝は居るかもしれませんが」


「お2人とも忙しいですね。お身体にはお気をつけて下さいね?」


「晴翔も桃華も、身体が資本だからね」


みんなで和気藹々と話しながら下校するのは、久しぶりで楽しかった。途中で、桃華は早川さんが、澪は美涼さんが迎えに来て帰って行った。


残った俺達は綾乃の家を回って、帰宅することにした。


綾乃の家に着いた時、香織がお手洗いを借りるため綾乃の家にお邪魔することにした。


俺と綾乃は、その間玄関の所で待っていた。


「ね、ねぇ、晴翔」


「なに?」


綾乃は香織がトイレに入るのを確認すると、俺に話しかけてきた。


「そ、その、今度うちに遊びに来ない?」


「綾乃の家?いいよ。みんなにも聞いてみるか」


「え、いや、今度は晴翔だけで」


「俺だけ?」


「う、うん。だめかな?」


頬をほんのり赤く染める綾乃。すぐに返事をしようと思ったのだが。


「ごめんね、お待たせ!」


「い、いや、大丈夫だよ。それじゃ、気をつけて帰って」


香織が戻って来てしまい、有耶無耶なまま綾乃と解散することになった。


その日の夜。


なんとなく、返事をした方がいいと思い、俺は綾乃にメッセージを送った。


『起きてるか?』


『起きてるよ』


『昼間の件だけど、週末なら予定空いてるけど』


『本当?来てくれるの?』


『綾乃が良ければ行くよ』


『うん、来てほしい』


『わかった』


俺達のスマホでのやり取りは、いつもこんな感じで、あっさりしている。でも、お互いにスマホ越しに相手の表情が、確かに見える気がしていて、寂しくはなかった。


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