第114話 不在の間に
「晴翔さん、僕、晴翔さんが好き」
俺は、呆然と隣に座る女の子を眺めていた。
たった今、この子はなんと言った?
あまりにも突然で、衝撃的な出来事に俺の頭はついてきてくれなかった。
俺は、ふと隣に座る女の子を見る。
顔を真っ赤にしながらも、こちら真っ直ぐに見つめる瞳にドキリとさせられる。
今まで、弟分として見てきた女の子からの告白に、俺はなんと返せばいいのだろう。いや、考える必要はない。今までと同じ、正直伝えるだけだ。
俺は、頭の中で考えをまとめると、重い口を開いた。
「六花、俺はーーー」
「ちょ、ちょっと待ったっす!」
突然、両手で口を覆われた俺は、これ以上喋ることは出来なかった。
「あ、あの、答えは、今じゃなくていいっす!」
俺は下さい口を抑えられているため、黙って聞いていた。
「えっと、その、突然のことで、驚いたと思いますし、その、よく考えて答えて欲しいっす。それに、僕大会が近いから、結果によっては、モチベーション維持出来ないっす」
捲し立てるように、六花は言葉を紡いでいく。きっと、俺の返事を聞くのが怖いのだろう。香織に告白した時のことを思い出す。俺も、あの時は心臓バクバクだったな。
「だ、だから、返事は大会が終わったら、聞かせて欲しいっす」
ここまで喋ると、六花はようやく俺の口を塞いでいた手を降ろした。
「わかったよ、それまでによく考えておくよ」
「はいっす!ありがとうございます、晴翔さん」
そう言っていつもの笑顔に戻る六花。俺は、この子に対して、どう思っているのだろうか。弟分?友達?いや、なんとなくしっかり来る言葉が見つからなかった。
俺は、もやもやしながらも、顔には出さずに観覧車を楽しむことにした。
観覧車を降りると、高校生が遊ぶには遅い時間になってきた。
「いやぁ、今日は楽しかったっす!ありがとうございましたっす!!」
「そりゃよかった。お前の優勝祝いだからな。喜んでくれてよかったよ」
「ふふふ、そりゃそうっすよ。好きな人とデートできるなんて、女の子はそれだけで嬉しいもんなんす」
「・・・六花」
「なんちゃって!それじゃ、今日はここで解散しましょう!晴翔さん、また」
「お、おい」
そう言い残して、六花は走って行ってしまった。彼女の笑顔と言葉が頭の中に鮮明に残されたまま、俺は彼女を呆然と見送った。
ーーーーーーーーーー
「ハルくん」
「・・・」
「ハルくん!」
「うおっ!?ど、どうした??」
「どうしたじゃないよ。ずっと話しかけてるのに返事しないし、心ここに在らずって感じ。何かあったの?」
「あ、あぁ」
俺は昨日の告白を、未だに消化しきれていなかった。答えが出て来ない。
俺は、心配そうにこちらを見る香織に、正直に話すことにした。香織に隠し事はしない。そう約束しているから。
「そっか、六花ちゃんがねぇ」
「あぁ、それで、大会が終わるまでには、答えを出そうと思ってるんだけど」
「別に、そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「ううん、なんでもない。答えはハルくんしかわからないんだから。よく考えて」
「まぁ、そうだよな。もうちょっと考えてみる」
六花が出場する大会まであと3週間。俺は、何をしていても、六花のことを忘れることはなかった。
学校に近づくと、以前よりも落ち着いてはいるものの、未だに人混みに揉みくちゃにされながら、進むことを余儀なくされる。
「香織、綾乃大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ、ハルくん」
「わ、私もなんとか」
俺は2人の手を離さずに、人混みをなんとか抜けた。下駄箱に着く頃には、囲まれることはなかったが、チラチラと視線を感じる。
「はぁ、ハルくん先に教室行ってて」
「どうした?」
「早く、私は綾乃ちゃんに用があるから」
「そうか?じゃあ先に行ってるぞ?」
「うん、すぐに行くから」
俺は、香織を残して下駄箱を後にする。チラッと振り返ると、確かに2人は下駄箱のところで話している。何かあったのだろうか?
ガラガラガラ
俺が教室に入ると、視線が一斉にこちらを向く。髪を切ってから、こんな感じなんだが、まだ慣れないな。
「おはよー、齋藤くん」
「おは、齋藤くん」
「おはよう、鳥居さん、南さん」
「西城さん達は?一緒じゃないの?」
「あぁ、下駄箱のところで別れたから」
「そっか、よく見てあげなよ?」
「そうそう、齋藤くんが居ない間は、私たちがフォローしといたけど、彼氏に頑張ってもらうしかないから」
「なにかあったのか?」
「うーん、あとで話すよ。ここだとちょっと」
「わかった、じゃあまた後で」
俺は2人と別れると席に着く。
「おっす、晴翔。元気だったか?」
「おはよう、俊介。俺は元気だよ」
「そりゃ何より。ところで、正登が連絡よこせって怒ってだぞ?なんかあったのか?」
「あ、忘れてた。すぐ連絡するよ」
「おう、そうしてやってくれ。なんか頼みたいことがあったみたいだから」
そういえば、正登に連絡してなかった。正直、彼の相談は面倒臭そうだから、関わりたくないんだけど無視も悪いよな。
俺は正登にメッセージを送った。
晴翔:久しぶり、晴翔です
正登:おせーよ!今まで何してやがった!
晴翔:ごめん、ごめん。仕事で海外行ってて
正登:それじゃ、仕方ねーか。それより、ちょっと相談があるんだが、今度会えないか?
晴翔:まぁ、大丈夫だけど
正登:よし、じゃあ今度の土曜日でどうだ?
晴翔:大丈夫だよ
正登:サンキュー!また連絡する
はぁ、なんでこうも次々と予定が埋まっていくのか。彼女達との時間が作れないな。
そんな時、校内放送が流れた。
『2年A組の齋藤晴翔くん、至急生徒会室までいらして下さい』
生徒会室?澪か?
俺は、時間を確認するとホームルームまではまだ少し時間があった。急いで行かなくちゃ。
俺は廊下に出ると、知らない子から何度か話しかけられるが、呼ばれているからとやんわり逃げる。
そんなことを繰り返しながら、俺はなんとか生徒会室までたどり着いた。
「失礼します」
「晴翔様、おはようございます。こちらにどうぞ」
「ありがとう、澪」
俺は椅子に座ると、そのすぐ隣に澪が座る。
「それで、どうしたの?」
「晴翔様がお仕事で不在の間、色々とありまして。香織さんから聞いてないですか?」
「特には何も」
「そうですか。本人が言わないのに、私が言っていいのかわかりませんが、香織さんと綾乃さんを助けてあげて下さい」
「どういうこと?」
「晴翔様が不在の間、2人は嫌がらせにあっていたようです」
「えっ、嫌がらせ!?」
嫌がらせ!?なんで2人が??
「私と同じクラスにいる西園寺さんを覚えてますか?あの、うざい男です」
「あぁ、覚えてるよ。パーティーで絡んできた人だよね。あの人がどうかしたの?」
「どうやら西園寺さんの彼女さん達から嫌がらせをされているようです。理由は定かではありませんが、おそらくはパーティーでの一件が原因ではないでしょうか?」
「そんなことで?でも、なんで俺じゃなくて香織と綾乃が?」
「晴翔様が不在の間、私には葛西が常に居ましたし、桃華さんは仕事で居ませんでした。そのため、2人をターゲットにしたようですね。自分の彼女にならないかと、しつこかったようですが、2人が全く靡かなかったので、プライドを傷つけたんでしょうかね」
「そんなことがあったのか。教えてくれてありがとう」
「いえ、なかなか証拠がなくて、対処に困っておりまして。晴翔様も協力してくれませんか?」
「もちろん。俺の大切な彼女だからね。澪もありがとうね、教えてくれて」
俺は、澪の頬にキスをする。
「ふぇっ!?い、いえ、婚約者として当然のことですから!!それと、お爺さまが手を貸してくれるそうなので、あとでうちに来て下さい」
「わかった。お爺さんには、いつも世話になってばっかりだな。いつか、恩返ししないとな」
「それは大丈夫ですよ。可愛いひ孫を見せてあげればいいのです。あ、べ、別に今すぐではないですからね!?」
「あはは、大丈夫、わかってるよ」
自分で言っておいて、照れている澪。いちいち可愛いな。
「澪の子なら間違いなく可愛いな」
ボソッと心の声が漏れてしまったが、澪に反応はなく、どうやら聞こえなかったようだ。良かった。
「〜〜〜!!」
晴翔が教室に戻ってから、澪ははしたなく思いながらも、机に突っ伏してバタバタと嬉しい感情を爆発させた。
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